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第11話 萩本アキのターン②


 繁崎と屋上で話し合って以降、私は繁崎のファンたちから目をつけられてしまった。


 机の中に、虫の死骸が大量に入っていたり、生ゴミが入れられていたり、挙げ句の果てに「透に近づくな」と教科書に落書きされる始末。


 まぁ、なんて愛されてること愛されてること。

 そんな繁崎が愛と幸福を手に入れたいだなんて、なんて贅沢なことだろうと呆れてしまう。


 私は自分を守るために繁崎を徹底的に避けることにした。繁崎が担当している英語の授業でも当てられれば答えるが、それ以外は教科書をずっと見つめる。廊下ですれ違っても、挨拶せずに走り去った。


 だが繁崎を避ける行為を繰り返しても、ファンたちはいじめをやめずに、さらにエスカレートしていった。


 一週間が経ったある日、ファンたちが取り囲んできて私を校庭の裏につれていく。それから女の子たちが気が済むまで、私を蹴ったり殴ったりした。


 ファンのリーダーであろう茶色の長髪を流した女が、倒れている私の髪をぐっと持ち上げた。


「二人で屋上にいくところを見たわ。何してたのよ。言いなさい」


 私はにっと余裕ありげに笑ってみせた。


「進路相談ってところね」

「なんで屋上なのよ。あんたが透を誘ったんでしょ? とんだアバズレ女ね。あんた誰でもいいんでしょ? 今日はね、ちょうどいい男を連れてきたわ。たっぷりと楽しませてあげる」


 女子たちの後ろから、髪の毛を緑色に染めた他校の男がやってくる。彼は片手にカッターナイフを持ってニヤニヤとこちらを見ていた。

 女子たちはポケットからスマホを取り出し、録画を回し始める。


 流石にこれはまずいと思い、急いで逃げようとしたが、残りの女子生徒が私を羽交い締めにして押さえつけた。


「なぁ、まゆみ。本当に何してもいいのか? 俺、女の白くて綺麗な肌をスパッと切ってみたかったんだよ」


 男がファンのリーダーに尋ねると、彼女は自分の髪の一部をいじりながら、どうぞと答えた。


「好きなようにやっちゃっていいわよ。なんなら再起不能にするくらいに遊んでやって」

「!」


 緑髪の男はやりぃ!と喜ぶと、カッターナイフを器用に回して私の肩に押し付けた。


「たくさん楽しもうや。後で可愛がってやるよ。まずは俺が楽しむ番だ」


 左肩にピッと刃物が当たり、制服が切れる。

 幸い肌は切れずに済んだが、今度は刃を使ってゆっくりと私の頬を撫でる。


 わずかに頬から血が滴り、頬から目もとにかけて長い傷ができる。男はぺろりとナイフを舐めると、目つきを変えた。


「本番はここから。ちょっとだけ舌切らせてくれよな」


 恐怖で胃から内容物が出そうになる。

 女子が私の顔を掴んで口を開けさせる。女子の人数が多く、私の抵抗は空しく終わってしまった。


「二枚舌にでもしてみっかな。その後で、キスでもして、動きを確かめてやる。器用に動くといいんだけどな」


 男が私の首を掴んで、カッターナイフを口に近づける。


 私はここまでかとぐっと目を瞑った。


「お遊びはそこまでにしろ」


 次の瞬間、骨が折れたような音が聞こえ、私は、はっと目を開ける。


 繁崎が緑髪の男に蹴り飛ばしたようだった。

 繁崎ファンのリーダーは、おろおろしながら透に駆け寄る。


「と、透! 違うのよ。私はいじめを止めようとしただけで……」


 繁崎は今までにないほどの鋭い目で、女を見下ろした。


「お前たち、退学は覚悟しておけよ」


 後から生徒指導の先生三人が急いで駆けつけ、繁崎のファンたちと緑髪の男を職員室へ連行して行く。


 私は終わった安心からか、急に呼吸が荒くなるのを感じた。心臓がバクバクと大きな音を立て始めて、私は死ぬのではないかと怖くなり、自分自身を抱き締めた。


「落ち着け。過呼吸を起こしてる」


 繁崎は自分の上着を脱いで、私の肩に羽織らせる。それから私の背中をゆっくりと擦った。


「俺のせいですまない。怖かったな、もう大丈夫だ」


 繁崎の低い声が妙に落ち着く。擦られていくうちに次第に呼吸のリズムが元に戻っていった。 


「保健室で手当てをしよう。その頬の傷が残らないといいが」


 それから私と繁崎は保健室に向かった。

 保健室の先生はたまたまおらず、繁崎は救急セットを持って私を椅子に座らせた。


 私の顎を優しく持って、消毒を始める。

 彼の息が顔にかかって、少し恥ずかしく思った。


「しばらくは残りそうだが、そんなに深くはない。良かった」


 頬にガーゼを当てて、サージカルテープを貼っていく。また、繁崎の目を見てしまう。いつもの彼の目は黒い宝石のように冷たいはずだが、今日の目はどこかもの悲しく見える。


 見ていたのがばれたのか、繁崎も私と目を合わせてきた。


「お前は強いんだな。怖かったなら、泣いてもいいんだぞ」


 本当はわっと泣いて、とてつもなく怖かったと繁崎に飛び付いて叫びたかった。


 だが、私の心の要塞がそれを阻み、涙の一滴でさへも出すことができない。自分の事なのになんだか哀れに感じてしまい、フッと自分を嘲笑してしまう。


「助けてくださって、ありがとうございます。でももう大丈夫ですから」

「まだ手が震えてるぞ。今日は家まで車で送るから」

「いいえいいえ。大丈夫ですから」

「今日くらい言うことを聞け。いいな。お前の荷物を取りに行こう」


 繁崎は私の手を引くと、教室に戻って荷物をまとめる。彼は黙って私を待っていた。


 それから黒色の車の助手席に乗り込み、繁崎が運転席に座って車を発進させた。


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