繁崎と屋上で話し合って以降、私は繁崎のファンたちから目をつけられてしまった。
机の中に、虫の死骸が大量に入っていたり、生ゴミが入れられていたり、挙げ句の果てに「透に近づくな」と教科書に落書きされる始末。
まぁ、なんて愛されてること愛されてること。
そんな繁崎が愛と幸福を手に入れたいだなんて、なんて贅沢なことだろうと呆れてしまう。
私は自分を守るために繁崎を徹底的に避けることにした。繁崎が担当している英語の授業でも当てられれば答えるが、それ以外は教科書をずっと見つめる。廊下ですれ違っても、挨拶せずに走り去った。
だが繁崎を避ける行為を繰り返しても、ファンたちはいじめをやめずに、さらにエスカレートしていった。
一週間が経ったある日、ファンたちが取り囲んできて私を校庭の裏につれていく。それから女の子たちが気が済むまで、私を蹴ったり殴ったりした。
ファンのリーダーであろう茶色の長髪を流した女が、倒れている私の髪をぐっと持ち上げた。
「二人で屋上にいくところを見たわ。何してたのよ。言いなさい」
私はにっと余裕ありげに笑ってみせた。
「進路相談ってところね」
「なんで屋上なのよ。あんたが透を誘ったんでしょ? とんだアバズレ女ね。あんた誰でもいいんでしょ? 今日はね、ちょうどいい男を連れてきたわ。たっぷりと楽しませてあげる」
女子たちの後ろから、髪の毛を緑色に染めた他校の男がやってくる。彼は片手にカッターナイフを持ってニヤニヤとこちらを見ていた。
女子たちはポケットからスマホを取り出し、録画を回し始める。
流石にこれはまずいと思い、急いで逃げようとしたが、残りの女子生徒が私を羽交い締めにして押さえつけた。
「なぁ、まゆみ。本当に何してもいいのか? 俺、女の白くて綺麗な肌をスパッと切ってみたかったんだよ」
男がファンのリーダーに尋ねると、彼女は自分の髪の一部をいじりながら、どうぞと答えた。
「好きなようにやっちゃっていいわよ。なんなら再起不能にするくらいに遊んでやって」
「!」
緑髪の男はやりぃ!と喜ぶと、カッターナイフを器用に回して私の肩に押し付けた。
「たくさん楽しもうや。後で可愛がってやるよ。まずは俺が楽しむ番だ」
左肩にピッと刃物が当たり、制服が切れる。
幸い肌は切れずに済んだが、今度は刃を使ってゆっくりと私の頬を撫でる。
わずかに頬から血が滴り、頬から目もとにかけて長い傷ができる。男はぺろりとナイフを舐めると、目つきを変えた。
「本番はここから。ちょっとだけ舌切らせてくれよな」
恐怖で胃から内容物が出そうになる。
女子が私の顔を掴んで口を開けさせる。女子の人数が多く、私の抵抗は空しく終わってしまった。
「二枚舌にでもしてみっかな。その後で、キスでもして、動きを確かめてやる。器用に動くといいんだけどな」
男が私の首を掴んで、カッターナイフを口に近づける。
私はここまでかとぐっと目を瞑った。
「お遊びはそこまでにしろ」
次の瞬間、骨が折れたような音が聞こえ、私は、はっと目を開ける。
繁崎が緑髪の男に蹴り飛ばしたようだった。
繁崎ファンのリーダーは、おろおろしながら透に駆け寄る。
「と、透! 違うのよ。私はいじめを止めようとしただけで……」
繁崎は今までにないほどの鋭い目で、女を見下ろした。
「お前たち、退学は覚悟しておけよ」
後から生徒指導の先生三人が急いで駆けつけ、繁崎のファンたちと緑髪の男を職員室へ連行して行く。
私は終わった安心からか、急に呼吸が荒くなるのを感じた。心臓がバクバクと大きな音を立て始めて、私は死ぬのではないかと怖くなり、自分自身を抱き締めた。
「落ち着け。過呼吸を起こしてる」
繁崎は自分の上着を脱いで、私の肩に羽織らせる。それから私の背中をゆっくりと擦った。
「俺のせいですまない。怖かったな、もう大丈夫だ」
繁崎の低い声が妙に落ち着く。擦られていくうちに次第に呼吸のリズムが元に戻っていった。
「保健室で手当てをしよう。その頬の傷が残らないといいが」
それから私と繁崎は保健室に向かった。
保健室の先生はたまたまおらず、繁崎は救急セットを持って私を椅子に座らせた。
私の顎を優しく持って、消毒を始める。
彼の息が顔にかかって、少し恥ずかしく思った。
「しばらくは残りそうだが、そんなに深くはない。良かった」
頬にガーゼを当てて、サージカルテープを貼っていく。また、繁崎の目を見てしまう。いつもの彼の目は黒い宝石のように冷たいはずだが、今日の目はどこかもの悲しく見える。
見ていたのがばれたのか、繁崎も私と目を合わせてきた。
「お前は強いんだな。怖かったなら、泣いてもいいんだぞ」
本当はわっと泣いて、とてつもなく怖かったと繁崎に飛び付いて叫びたかった。
だが、私の心の要塞がそれを阻み、涙の一滴でさへも出すことができない。自分の事なのになんだか哀れに感じてしまい、フッと自分を嘲笑してしまう。
「助けてくださって、ありがとうございます。でももう大丈夫ですから」
「まだ手が震えてるぞ。今日は家まで車で送るから」
「いいえいいえ。大丈夫ですから」
「今日くらい言うことを聞け。いいな。お前の荷物を取りに行こう」
繁崎は私の手を引くと、教室に戻って荷物をまとめる。彼は黙って私を待っていた。
それから黒色の車の助手席に乗り込み、繁崎が運転席に座って車を発進させた。