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第10話 萩本アキのターン①


 Motherの第一審査開始まで二週間。

 左の手の平には、うっすらと審査までのカウントダウン表示が刻まれていた。


 第一審査。

 自分の特技をMotherに捧げること。

 私の目立った特技が思い付かない。私にとっての一番の特技を改めて考えなければならなかった。


 二週間もあるのだから、のんびりと考えよう。 

 私にとって二週間はとても長く感じてしまうそうだ。


 私の特技が消えたところで、メンタルダメージはあまりない。


 この審査は楽勝だ。


 Motherの審査が始まっても学校には行っており、今までと変わらない生活を送っている。審査を待つためにアパートに居続けるなんてできるわけがなかった。


 放課後になって、下校をする時間になる。アパートに帰るのも嫌だから、今日は行きつけの本屋にでも寄ろう。


 そう考えていた時、一番会いたくも干渉もしたくもない男、繁崎透が教室にやってきて私に手招きした。


 あのMotherの屋敷に繁崎がいた時は、初めとても驚いた。

 なぜ彼がMotherの候補者の中にいたのか、彼がなぜ愛と幸福を手に入れたいのか。今はどうでもいいと思うようにしている。私には関係ない話なのだからだ。


 だが、あちらとしてはどうでもよくなかったのだろう。私は、はぁとため息をついて繁崎についていった。


 誰もいない屋上に着くと、繁崎は私をフェンスに押し付けて逃げられないようにした。


「なぜお前があそこに、Motherの屋敷にいた」

「繁崎先生には関係のない話です。私は先生があそこにいたことを干渉するつもりはありませんから、ご安心ください。私達はMotherに選ばれた候補者。先生も生徒の関係はなし、ただの候補者ってだけ。それだけです」

「悩みがあるなら、聞くと言ったはずだ! それで解決できるだろう」

「先生に言って解決できる話じゃありませんから」


 繁崎はさらに両手でフェンスを押さえ、私の顔を覗き込む。


「だからって、あんなよくわからないものの候補者にならなくても。そんなに愛と幸福が欲しいのか? 今のお前にはないものなのか? よくよく考えたのか?」

「それはこちらも同じことが言えます。先生だって愛と幸福が欲しくて候補者になった。Motherの候補者になった理由は聞きませんけど、目的は同じです」

「お前にはまだ未来がある。将来があるだろう」

「私に未来なんてありません。愛も幸福も。この先の未来に希望も何もない。生き地獄を味わうくらいなら、私はMotherの子供になるための候補者になると決心したんです」


 私はキッと繁崎を睨むが、彼の冷たい瞳に負けてしまい、視線を反らす。


「何視線を反らしている。ちゃんとこっちを見て話をしろ」

「これ以上話すことなんてありません。ジェンダーが言ってましたよね? 審査が始まれば、リタイアはもうできないって。後戻りはできないのだから、各々自分のために動けばいいじゃないですか。もうほっておいてください」


 繁崎の腕からするりと抜けて、屋上から出ようと歩いていたが、彼は私の腕を掴んだ。


「ほうっておけるわけないだろ」


 また彼の顔を見てしまった。

 繁崎の冷たい黒い瞳に吸い込まれてしまいそうになる。実際どれほどまでに冷たいのか手で触って感じてみたいものだが、彼の手はこちらが火傷しそうなほどに熱かった。


「先生には何もできません。Motherにしか解決できない話です」 

「お前、血の繋がっていない母親と暮らしてるんだろ? それが辛いってだけでこれからの未来が暗いと思ってるのか」


 たいしたことないような言い方をされて、私はカッとなり、繁崎の手を振り払った。


「あなたに何がわかるの! いい大学を出て、教師になって女子生徒から人気のあるあなたになんかわからないわよ! 生まれたことが間違いたと言われてきた私の気持ちなんてわかるわけないじゃない!」


「萩本、落ち着いて話をしよう」


「私は父とその愛人の間に生まれた子。愛人は私を出産した時に死に、父はあの人に育てるように懇願してそれからすぐに愛人を追うように自殺したわ。だから義理の母は私を憎んでいる。

 私はあの人に振り向いてもらおうと必死になって生きてきたのに。それも叶わなかった。それどころか私を追い出そうとしている。なんで生まれてきたのだろうってひたすら考えたこともあったわよ。そんな孤独の中でMotherに会えた。これは必然なのよ。やるしかないじゃない!」


「萩本……俺はただ」


「あなたには負けない。必ず私が、Motherの愛と幸福を獲得してみせるんだから!」


 私は怒りのままに吐き捨てて、屋上を降りる。

 繁崎が追いかけてくるかと思い、急いで教室から鞄をとって学校から出た。


 自分の家庭環境について担任以外話をしたことがないのに。繁崎はなぜ知っていたのだろう。あってはならないことなのだろうけど、職員室で話題になったのだろうか。


 本屋に寄ろうとしたが、その気がなくなってしまい、いつもの公園へと向かう。老朽化したブランコに座って、ボーッと夕焼けを眺めて自分の特技について考えた。


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