あれから三日後、父が勤めている会社のインターンシップの日がやってきた。行くのは憂鬱だったが、行かなければ何を言われるかわからない。
僕は会社に着いてから、支給された作業服を着て、工場へと向かった。
工場内は大きな機械が忙しく動いており、人もそれに合わせてせわしなく動いている。人の動きが速すぎて僕はおどおどと辺りをみることしかできなかった。
感覚過敏の僕にとって大音量の機械音は地獄のような空間だった。キーンとした、耳をつんざく音、ドリルで穴を開けられたような音は特に怖い。
頭がずきずきと痛くなって、眉間にしわが寄る。それらの音のせいで工場長が話している内容が全くもって聞き取れなかった。
インターンシップに来た他の子達はメモをとったり、質問をしたりしている。僕もちゃんと話を聞こうとしたが、機械の大きな音がどうしても勝ってしまう。
「では早速、説明した通りの作業をやってみよう」
話が全く聞き取れなかった僕は、何から始めていいのかさっぱりわからず、とにかく他の人についていってみる。
だが、他の人たちは二手に分かれて作業を始めてしまった。おろおろとしていた僕に、工場長が話しかける。
「話聞いてた?」
「あ、あの、すみません。音のせいで、あまり聞き取れなくて」
「だから、君はまずは原料をあそこからをとって、秤量していくんだよ。秤量の計算はわかるよね? 全体の重さを量って、減らした分の量もシールで貼っておくこと。そしたら……○×△@□」
ダメだ。あそこがどこかよくわからないし、話が長くて覚えられない。とりあえず、ゆっくり説明してもらうしかない。
「あ、あの、あそこってどこのことですか?」
僕が何気なく質問すると、工場長の顔が強ばり、頭をかく。
「君、高瀬課長の息子さんだっけ?」
「は、はい」
「お父さんが会社にいるからって、ふざけてないよね? あそこくらい見ればわかるでしょ」
「す、すみません」
なぜだろう。
質問しただけなのに、ふざけてると思われてしまった。
僕はしぶしぶ自分が思うあそこから原料バルクを持って秤量しようと試みる。だが、機械音がどうしても気になり、秤量の途中で原料の袋を盛大に溢してしまった。
「あーあー。原料を秤量するだけじゃん。どうするのこれ。もう使えないよぉ」
「すみません」
「それに秤量する前に全体の重さを量るって言ったよね?」
「すみません」
他のインターンシップ生や工場にいる人の冷ややかな目が僕に集まる。工場長はイライラしてるのか、腕を組んでこちらを睨んでいた。
「悪いけど、君のお父さんにも報告するからね」
「すみませんでした……」
今日は謝ってばかりで、最悪の日だった。
その後も、秤量した計算の仕方が違っていて怒られたり、混ぜる手順を間違えて呆れられたりと散々だった。
2日目は1日目と同じ作業なのに、覚えていなくて怒られてしまった。僕にとっては同じ作業だと思っていなかったのに。さらに頭がパニックになって動きが悪くなっていった。
「やる気がないなら、もう来なくてもいいんだよ!」
とうとう工場長から来なくていいと言われてしまい、僕はまたすみませんと謝る。
昼休憩には、父がやって来て、頭を思いっきり叩かれた。
「この恥さらしが! これくらいの仕事もできんのかお前は! 本当にお前には呆れるよ」
やりたくてもできないんだって言い返したとしても、言い訳にしか聞こえないだろう。僕はただ黙って説教を聞くことしかできなかった。
最終日のインターンシップは、商品のシール貼りしかやらせてもらえなかった。工場長は僕に見向きもせずに、他のインターンシップ生に笑いかけながら仕事を教えていた。
シール貼りが今までの仕事の中でとても安心できてそして楽だった。
だけど、なんだかとても寂しかった。
インターンシップをやってて良かったと思っている。高校を卒業したら、僕にはこの地獄のような現実が待っているのだ。
仕事ができないレッテルを貼られて、ひたすら怒られて失敗してを繰り返す。最後には端に追いやられてしまた人生を送る。
誰からも話しかけられず、興味も持たれない。
空気のような存在にしかなれないのだ。
疲れきった体で部屋に戻り、キャンパスの前に座って絵を描く。絵を描いていくうちに、涙が溢れて僕はキャンパスをぎゅっと抱き締めた。
自分を抱き締めるように、慰めるように、はらはらと泣いてキャンパスの縁を擦る。
辛かった。
悲しかった。
悔しかった。
寂しかった。
その気持ちをわかってくれるのはこのキャンパスの中に描かれた絵だけ。
そうか。
絵は僕の分身なんだ。
作品というのは、自分の分身。
絵があるから、僕は存在していけるんだ。
僕はキャンパスに描いてある絵を丁寧に剥がして、新しい紙を貼る。それから深呼吸をして、下絵を描かずに筆をとった。
Morherの審査まで残りわずか。
それまでにこの作品を完成させたい。
僕の全てを注ぎ込んだこの作品を。
僕の最後の作品を。
誰のためでもない、自分のために描きたいんだ。