「はぁー、また買っちゃった」
私は仕事の帰路でコンビニに寄ると一箱のタバコを買った
銘柄はいつも決まっていて、タールの多いやつだ
継千帝家を出てからいつだったかは覚えていないけど吸うようになって、御霊陰陽局に所属してからは禁煙して、順調だった筈なのに、気づけばまた買っていた
別に美味しいものでもないが吸うとこう、何か気持ちがスッとするのだ
「これ、喜んでくれるかな……」
タバコと一緒に買ったものを袋から取り出す
それは犬用のちょっとお高めのおやつ
黒ちゃんはいつでもあそこにいるから癒してもらいがてらいつものお礼にあげようと買ったもの
ただ黒ちゃんは結構な偏食なのできっと食べないとは思うけど
「黒ちゃーん」
私はいつものように茂みの中へ入っていくと黒ちゃんの寝床へと直行する
「キャンキャン!」
寝床で寝そべっていた黒ちゃんは私を見つけるや否や立ち上がってこちらへと駆け寄ってくる
思えば黒ちゃんとも長い付き合いになる
私がまだ継千帝の家にいる時から、それこそ幼少の頃から私の唯一の友達だった
継千帝という名家の出のせいで学校では距離を置かれていたし、その癖力はないものだから同じような名家の出の子達からは見下されていた
そんな中出会ったのが黒ちゃんだった
黒ちゃんは何も言わずに私に寄り添ってくれるし、私をバカにしたりもしない
唯一の心の拠り所だった
「黒ちゃん、これ、買ってみたんだけど食べれそう?」
私は手に持っていたパウチの封を切る
これは確か、今流行っている犬用の液状のおやつだ
「あ、食べてくれた」
くんくんと最初は匂いを確認していた黒ちゃんだが暫くするとペロペロと食べ始めた
「……私は、どうしたらいいんだろうね」
おやつに夢中になっている黒ちゃんに私はふと、問いかける
返事が返ってこないと分かっているからこそ、こういう弱音も吐きやすい
甘羅さんの提案を最初は簡単な気持ちで請け負った
いろんなところで断られて疲れていたのもあったし修行をつけてくれるならそれでもいいかと思ったのだ
それがまさかフーリンカムイを討伐したことになるなんて思ってもいなかったのだ
そして何よりも、スケープゴートをしているのに毎回私だけのけ者にされるのがどうしようもなく辛かった
甘羅さんと月さんの付き合いが長いのだろうということは見ていてよく分かる
それでも、同じ局に所属して大切な秘密を共有しているのに他の秘密に触れようとすれば私自身が関係していてもスルリとかわされてしまう
それがどうしようもなくやるせない
昔、家でも学校でも仲間はずれにされていたことを思い出すからだろうか
私がもっと強くなれば二人も仲間だと認めてくれるだろうか
「どう思う? 黒ちゃん」
「ボクと一緒に来ればいいと思うよ」
「っ……!!」
返事が黒ちゃんからではないということはすぐに分かった
自身の真後ろから聞こえたその声に反射的に黒ちゃんを抱えて振り返りながら距離を取り札を構える
「おっと、そんなに警戒する必要ないじゃん、今日は月が綺麗だね、お姉さん」
「あなたは……誰?」
だがそんなことは意に介した様子も見せずに月明かりの中立つ少年は笑ってそう言った
真っ白な頭髪に赤い瞳
一度見たら忘れられそうにないその容姿と貼り付けられた笑顔に冷や汗が頬を伝う
「……風流じゃないねなってない、そういう時は死んでもいいわって返さないと」
少年は笑顔のまま指摘してこちらへと近付いてくる
「グルルルル……」
私の腕の中で黒ちゃんが唸る
人間なのかあやかしなのかも分からない少年は黒ちゃんのほうをじとりと見るとまた笑った
「君も、久しぶり、だけど今日用事があるのはお姉さんなんだよね」
そしてまた私に一歩近付く
次に近付いてきたら術を発動させる
そう、覚悟して札を持つ手に力を込める
「だからそんなに警戒しないで、それならまずは自己紹介からしようか、ボクは修羅、あやかしからは刹那って呼ばれてるよ」
「あなたがっ……修羅……! 私を殺しに来たの?」
修羅、という名前に自分が今いかに窮地に立たされているのかを嫌でも理解する
本当に彼が修羅ならば、私では到底敵わない
プレッシャーを放っているわけでもないのに以前フーリンカムイと相対した時よりも緊張するのは隣に甘羅さんや月さんがいないからだろうか
「いやいや、言葉が悪いねそれだと、殺そうとも考えたけど……それよりいい方法を思い付いたんだ、ねぇ弓麻、君はボクと来るべきだと思うんだよね」
「えっ……」
修羅の突然の提案に私はつい声を漏らす
「今君は劣等感と孤独感に苛まれている、ボクと来ればそれは解消される、ボクは君に隠し事もしないし君自身の力を底上げしてあげられる、他の人の霊力を使ったり術具に頼らなくても戦えるようにしてあげられる、君を見下していた人達を本当の意味で見返すことが出来る、だから、一緒に来るといい、一緒に世界を変えよう」
修羅はそう言うと、迷うことなく私のほうへと手を差し伸べた
「っ……」
私は、その手を取るべきなのだろうか
下法に落ちた彼の提案に迷ってしまった自分が嫌になる
でも、だからこそ、私はその手を取ることを拒んだ
「私はあなたと共には行きません、あなたに力を底上げしてもらってもそれは私本人の力ではない、そんなことをするぐらいなら甘羅さんの元で鍛練を積み、立派な術具使いになって、甘羅さん達が私を無視できないようにするまでです」
結果として私は既に決めていたのだろう
自分自身の力に固執するのはただの執着で、術具や甘羅さんの札を使うのが嫌なのもただの無意味な意地だ
だからこそそんな意地はかなぐり捨てて、局の一員として力付くでも認めさせて見せる
そう思った時点で、あの場所に居場所を求めていたのだ
ただそれを認めるのが怖かっただけ
術を使えないと知った時の家族の反応を思い出してしまっただけ
術具を使ってもその程度かと思われるのが怖かっただけだ
だが元来そんなことで悩むのは私らしくないと、教えてくれたのは皮肉にも修羅だった
「あー、そう、残念だよ、本当に……せっかく自我を持ったまま生きる術を与えてあげようとしたのに本当に残念、仕方ない……持ち帰ってからバラすか」
「っ……」
貼り付けた笑顔のまま修羅は懐に手を差し込む
札か、それとも術具か、私は少しずつ後退しながら札をいつでも発動できるようにする
しかしその必要はなく
「よく言った、弓麻!」
いつもよりもなんトーンか高い声でそう叫びながら月さんに乗った甘羅さんが私と修羅の間に割ってはいるように天から降りてきて着地したのだ
「甘羅さん、月さん!」
私は安心感からつい二人の名前を叫ぶ
「それでこそ、オレの弟子だ」
甘羅さんは月さんから降りるとそんな私の頭にポンッと手を置いて嬉しそうに笑った