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16話 陰陽局統括の二人

 その日も私は出勤すると事務作業をしていた

「弓麻や、最近あまり浮かれない表情ばかりだが、やはり修羅のことが心配かの?」

 事務作業をしている私の前で同じく事務作業をする月さんが心配そうに聞いてくる

「あ、いえ、そういうことでは、ないんですけど……」

 確かに修羅に狙われているというのは心配の1つではある

 だが私が悩んでいるのはどちらかと言えばそちらではない

「じゃあどうしたのだ? 我に出来ることであれば言って欲しいものだ」

「あー、えっと……」

 月さんは言いながら資料を机に置いて私の元へと歩いてきて顔を覗く

 こんな風に心配してくれている月さんに果たして本音を言ってもいいのだろうか

「やっぱそういうところ月ちゃん動物だよねー、自分の力に見合わない周りからの名声が重荷なんでしょ」

「……」

 悩んでいれば甘羅さんが的を射たことを言ってくる

 分かっているのであれば何故この人は何もしないのだろうか

「それでは主人のせいではないか!」

「ぐっ……、いやいや、でもそういう約束だしー、オレは自由に動けてありがたいよ」

 私の代わりにといわんばかりに月さんはソファに寝転がる甘羅さんに強い一撃を食らわせる

「そう思うのであれば約束通りもっとしっかりと鍛練をつけてやればよいではないか!」

 そして追撃に甘羅さんのお腹の上でバタバタと地団駄を踏む

「痛っ、痛いって! してる、やってるから!」

 流石に勘弁ならなかったのか甘羅さんは月さんを抱き上げてソファから起き上がる

「え……?」

 今この人はしてると言っただろうか

「え、何……オレ何もしてないと弓麻も思ってたわけ?」

 私が漏らした言葉に甘羅さんは心外というように呟く

「……だって、ずっとソファに沈んでるだけじゃないですか」

「いやいや、ちゃんとやってるから、弓麻の霊力の根元ちゃんと測ってるから」

「測ってる……」

 測られている感じは一度も感じなかったわけだが

「そ、弓麻はだなぁ」

 言いながら甘羅さんは机に置いてあった書類を一枚拾ってひっくり返すとペンで何かを書き始める

「これ、まず第一にあやかしが見える時点で才能はあるわけ」

 おそらく大切な筈の書類の後ろにでかでかも才能、と書いて丸をつける

「第一段階は突破してるってこと、で、次に弓麻にはあやかしを祓うほどの霊力がない、これがまず間違いなわけだ」

 そして今度は霊力と書き込んでまた丸をつける

「え?」

 霊力があるのであれば何故自分の力で札を発動出来ないのかが説明出来ない

「霊力がないんじゃなくて上手く霊力を作れないように身体の中で呪いがぐるぐる巡ってるから霊力にむらがあって継千帝みたいな高家が使う高等技術の必要になってくる術が使えないんだよ、あ、呪いは生まれながらに持ってたものだと思うから何で呪いなんて、って聞くのは無しな」

 甘羅さんは言いながら霊力という言葉の周りにぐるぐるといびつな丸を書き込み一番聞きたいことを事前に聞けないように釘を指される

「そして、オレの霊力を混ぜ込んだ札で散々術を使う感覚を身体に馴染ませたから……まぁ術を発動する練習自体は独学でもしてたようだけど、これならオレの霊力無しでも基礎術は使えるようになってると思うぞー、まぁむらのある霊力では大きい術が出たり逆に出なかったりとかあるだろうから、はいこれ」

 甘羅さんはごそごそと胸元を探るとひとつの可愛らしい白猫の根付けを取り出した

「これは……」

 そしてそれを私のほうへと押し付ける

「オレが作った呪いを押さえる形代、弓麻の身体のなかの呪いを押さえる代わりにいつだって均等な力で術が発動するようになる、だからこそ大きい術が特例で発動する、なんてことも無くなるけど、それを持った状態でこれからは少しずつ自分の霊力で術を使うようにしていく、勿論大型と戦うときなんかは弓麻の力では足りないからオレの札も併用して戦うことになるけどな、それに慣れていけば名実共に最強を目指せるだろ、そうしたら今の状況に押し潰されそうになることもない」

「そう、でしょうか……」

 甘羅さんの言う言葉に間違いはないと思う

 それでも私ははいそうですかと肯定することは出来なかった

「何で?」

 心底理解出来ないというように甘羅さんは頭に疑問符を浮かべる

「……あくまで大型と戦うときに使うのは甘羅さんの霊力を練り込んだ札、霊力を作り出せるのもこの形代のおかげ、それは私の力とは……言えるのか、わかりません」

「いや、お前の力だろ、術を組み込んだ術具を使う陰陽師は沢山いるし、そのなかの一種で……そこまで考えることでは、痛っ!!」

 私の返答に怪訝そうに答える甘羅さんに今度は月さんががぶりと噛みつく

 私だって分かっている

 術具をメインとして使い戦う陰陽師で、強い人だって知っている

 それでも何かに頼ることが私にはどうしても憚られたのだ

「主人や、今は何を言っても通じんだろう、主人はどう転んでも出来る側の人間なのだ、出来ないものの気持ちなんていうものはどう足掻いても分からない……弓麻や、修羅に狙われていると分かった以上は……嫌でもその形代は持っていたほうがよいぞ」

「月さん……わかりました」

 私は月さんの言葉を聞いて根付けを受け取る

 月さんの言葉には、まるで自身が経験してきたような感情がない交ぜになっており、すんなりと受け取る気にさせてくれた

 トントントン

 私が根付けを札入れに着けていればドアが規則的に三回ノックされた

「と、珍しいな客か」

「我が出よう、どなたかな……そなた達は……」

 動こうとしない甘羅さんの代わりに月さんが器用にドアノブに飛び付いてドアを開く

「月ちゃん誰だった……げ」

 だが入ってきた二人を見て甘羅さんはあからさまに顔をしかめた

「お久しぶりですね甘羅さん、今日は大切なお話があって訪ねさせていただきました」

 スーツをかっちりと着込んだ男女は部屋に入ってくる前にペコリと礼節丁寧に頭を下げる

「陰陽局管轄が一体全体なんの話があるのかね、帰って欲しいぐらいだが……早く入って扉閉めろよ」

 だがそんな二人に甘羅さんが投げ掛けたのは刺々しい敵意の丸出しの言葉だった

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