「そうか……それなら試しに一度術を見せてみなさい」
誰も何も言えないなか、無言の均衡を崩したのは鳳炎兄様だった
「え……今、ですか?」
出奔する前からあまり話しかけられることのなかった鳳炎兄様に声をかけられてつい萎縮してしまう
「ああ、どれ程成長したのか、陰陽師としての価値を見いだせたのか、それを確認したい」
価値、という言葉に嫌でも心臓が痛くなる
「おいおい、なんだよその物言いは……弓麻は継千帝の家を出奔した身だお前には何かを関係ないことだろ」
何も言えない私の代わりに甘羅さんが少し機嫌悪そうに鳳炎兄様に文句をつける
「……家を出ても妹であることに変わりない、生まれながらに持つ縁はそう簡単に切れるものではない」
「……やっぱり似てねーな」
それでもぶれることのない兄様に甘羅さんは複雑そうな表情を浮かべる
「誰と比べているのかも知らないが、貴公こそ他人、口出しは無用」
鳳炎兄様は昔から口数の少ない人であったが今日はやけによく喋る気がする
私のことだって出奔する時すら何も言うことはなかったのに
「それこそ残念なことに弓麻は今はオレの局に所属しているのでね、無関係ではないし、それからもう1つ残念なことにだが……危機に瀕したことで発生した眠っていた実力だ、もう一度やれと言われておいそれとやれることではない、だから見たかったらもうしばらく待つといい、その間にオレが鍛えてやるからな」
「……そうか」
甘羅さんのそれっぽい言い様に鳳炎兄様はそれだけ溢すと何か考えた様子の後に身を引いた
「お前達のやることは1つだけ、お前達は今のことを覚えて、頭に刻み、そして上層部に報告するだけだ、散々落ちこぼれだと馬鹿にしていた妹が水龍の子を救い、暴走したフーリンカムイを制圧してみせた、とな」
「んだとこいつ……!!」
甘羅さんの挑発的な物言いに弓近兄様が憤慨した様子で身を乗り出すが鳳炎兄様がそれを制する
「やめなさい、私達より先に現着し龍の子を守り龍の怒りを買うことを阻止したのは事実、貴公は陰陽局管轄を好んでいないという話を聞いた覚えがある、頬っておけば上層部に伝えることもしないだろう」
「よく分かってるじゃん」
鳳炎兄様の言葉に甘羅さんは笑いながら頷く
確かに、陰陽局管轄関連のことは全て月さんが対応していた気がする
まぁ元より基本的な事務作業は全て月さんと私がしているのだが
だがそんなことよりも甘羅さんと鳳炎兄様がそこまで顔見知りであったことには驚きを隠せない
継千帝家の次期当主である兄様と小規模とはいえ陰陽局の社長、会合などで顔を合わせることもあるのだろうか
「……今回の件に関しては私が責任を持って報告しておこう、フーリンカムイの身元も……継千帝の者に対応させる、龍の子は……」
「それはオレが責任もって送り届けるんで大丈夫」
「そうであれば、頼むことにしよう」
端的に甘羅さんと話をつけた鳳炎兄様がちらりとこちらを見やる
「っ……」
その視線に自ずと身体が硬直する
「フーリンカムイを倒せたぐらいでは……まだ遠いな」
それから少しだけ、私を見た後にそれだけ言うと弓近兄様と風麻姉様を引き連れて足早に山を降りていった
「なんじゃあの男は! 弓麻よ、気にすることはないからの」
三人が去っていったのを見送ってから甘羅さんの腕のなかで月さんが心外というように怒る
その姿からは先ほどの畏怖すら感じさせる大狐の姿は全然想像がつかない
「大丈夫です、気にしてませんから、そもそも私が倒したわけでもないのに過剰評価されても困ります」
そう、私は甘羅さんとの約束……いや、陰陽の力を培ってもらうという取引の元にこの偉大な貢献を自分のものにすることになったというだけ
だからこそこれで兄様達が私のことを認めても、それは何の意味も持たない
そんな私の気持ちを察したのか甘羅さんはいつかのように私の頭に手を乗せる
「大丈夫だって、お前ならフーリンカムイぐらい簡単に倒せるようになる、オレには分かるって何度も言ってるだろー、今はただ、あいつらの顔思い出して笑ってりゃいい、これからもっと名声を手に入れることになるが……手に入れただけで満足なんてしないだろ?」
それからぐしゃぐしゃと雑に撫でるとパッと頭から手を離した
前も思ったが女性の身体にそう簡単に触るものではない、筈なのに何故か嫌な感じをさせないのが甘羅さんの不思議なところだ
「甘羅さん……」
「あ、あとは、何度も言うけどオレの力は周りには他言無用だからな、何でそんなこと出来るんですか的な質問もNGー」
それから甘羅さんは先手を取って私の質問したかったことを封じると月さんを私の腕に押し付けた
「わ、わかりました……」
私は返事を返しながら月さんを受け取る
「それじゃあ暁、話を聞こう……と言いたいところだけどとりあえずはこの山降りるか、話はそれからだ、ちゃんとついてこいよー」
そしてそれだけ言うと甘羅さんは先人を切って山を下り始めた