それからも何回か甘羅さんはいきなり起き上がっては仕事だと言ってあやかし退治に赴く
そんな日々が続いた
甘羅さんが動く時は決まって中級以上のあやかしが現れたときで毎回決まって私に術の練習をさせては私が危なくなるとすんでのところで前の時のように引っ張ったりして助けてくれては別の陰陽師が現れると簡単に場を明け渡して帰路につくのが毎回だった
その日もいきなりソファから起き上がると仕事だと言って準備を始めた
そうして到着したのは八多比原という比較的小物のあやかしが住みかとしている場所だった
到着してから辺りを見渡しても特段悪意のあるあやかしは見当たらない
「あの、敵意のあるあやかしがいませんが今回は何をしに?」
「まぁ見ててみ、もうすぐ降ってくる」
そう言って甘羅さんは天を示した
「ほら、来た」
「あ、え……う、嘘……」
それとほぼ同時に空高くから降りてきたのは荘厳な雰囲気を帯びている青い龍だった
龍は高位のあやかし
場所によっては神獣として神格化されていることも多い存在だ
本来であればこんな場所にいるようなあやかしではない
断じて、絶対に
「誰だお主は? 頭が高いぞ、小娘、我は今大変気が立っておる」
バチバチと攻撃的な霊力を全身から発しながら龍がこちらを一瞥するとそう言って唸った
そんな私を庇うように甘羅さんが前に出る
「まぁ落ち着けよ蒼緋、一体今日はどうしたんだ?」
そして甘羅さんはまるで親しい友人にでも話しかけるようにそう言ってのけた
蒼緋とはこの龍の名前だろうか
「なんだ羅刹がいるとなれば話は早かろう、我らが守り育てていた次代の龍の子が消えた、人間に拐かされたのだろう、早急に返還されないようであればここら一帯を焼きの原とする」
龍は言い切るとブルブルと息を漏らす
本来龍に手を出すことはご法度
例えば何か悪さをして陰陽管轄から直に討伐命令でも出ない限りは
つまり龍の子供を拐うのもまたご法度であるということ
であれば龍の子を盗んだのはおそらく密輸者、もしくは下法に落ちた陰陽師、となるだろう
拐われた時間にもよるが相手が密輸者であれば殺して既に解体して売り払われている可能性もある
それになにより誰が拐ったのかわからない
完璧に人間サイドが悪いとはいえすぐに返せという龍の要望に答えられるとは思えない
「……蒼緋、悪いことは言わない、一旦帰るべきだ」
「なんだと……?」
「子龍の件に関しては人間が拐ったのであれば完全にこちらの落ち度、謝ることしかできない、だがここら一帯を焼けば必ずお前に対する討伐命令が下されるだろう、そうなればオレ達は否応にもお前を退治しなければいけなくなる、オレはそうなって欲しくない、もちろん龍の子はオレが全力をかけて探す、でもあまりいい感じがしないから、最悪の事態を想定して欲しいしさらにそれよりも最悪な事態を招きたくない」
甘羅さんの必死の訴えかけに龍も悩む様子を見せる
「それに先ほどの高い敵意のある霊力の放出、感のいい奴なんかは既にこの地を目指している可能性もある、だから早めに帰ったほうがいい、それに龍の子の件もそうだが最近厄介な神獣狩りを行なっている胡散臭い密輸人が増えてる、そいつらに見つかるのも厄介だ、だから今回ばかりはオレの顔を立ててくれないか?」
甘羅さんはそこまで言い切ると龍に大して深く頭を下げる
ハキハキと喋りそんな丁寧な所作をする甘羅さんが私にはまるで今までの甘羅さんとは別人に見えた
「……羅刹がそこまで言うのであれば今回限りは焼の原にすることは止めておこう、だが我はあくまで猶予を与えたに過ぎぬ、龍の子は神聖な龍の中でもさらに神聖な存在、しっかり探し、遺体になっていたとしても連れ帰ってくることを約束せよ」
龍は少しの逡巡の後に深いため息と共に苦々しく吐き捨てた
「わかった約束しよう、たとえどんな姿になっていてもここへ連れ戻すことを、龍の子を見つけて保護したらまたここへ連れてくる、月に合図の狼煙を上げさせるからそうしたらまたここへ来てくれるか?」
「承知した、羅刹じきじきに頭を下げたからこちらも待つ、しかしあまり長いことたされるのはこの蒼緋の性分に合わぬ、気が変わらぬうちにここへ連れてくるように……」
龍はしっかりと甘羅さんの瞳を見ながらそう言うと降りてきた時のように身体全体にバチバチと強力な霊力を纏わせながら空に出来た雲の上へと消えていってしまった
「行ったか、こりゃ忙しくなるな」
龍が天へと登ったのをしっかり確認すると甘羅さんはふうっと息を吐き出してから肩を回した
「甘、羅さん、大丈夫なんですかあんな約束して、っていうかなぜ龍と知り合い……それに羅刹って」
「あー、一気に捲し立てない、ちゃんと説明するから、一つ、オレなら龍の子を探せるから問題ない、一つ、あいつは蒼緋、現水龍の長、オレの昔馴染みで少し顔が利く、一つ、羅刹は……昔の呼び名みたいなもん、これで説明は全部、これ以上はもうなんも聞くなよー」
甘羅さんはそこまで言うと大げさに両手でバツを作ると月さんに声をかけて帰路につこうとしたその時だった
「あ゛? 龍が降りてきたって聞いたからわざわざ来たってんのにどういうことだこりゃ一体」
退路から現れた人物に私の足が地面に縫い付けられたように動かなくなる
「これはこれは、御霊陰陽局様じゃないの、龍が現れたとして、貴方に何か出来るとは思わないのだけれど、これ本当は龍なんていなかったんじゃないの? ねぇ兄様?」
「いや、そんな筈もあるまい、我々皆が確実に霊力を確認している、そして現在いるのは貴公のみ、つまり貴公が何かをした、そう私は踏んでいるがどうなのだ甘羅殿」
現れた3人は確実にこちらを視認している
目だって合った
まぁ合ってすぐこちらから反らしてしまったのだが
それでも'また'私は無視されいないものとして扱われている、いつものこと、気にすることではない
「龍はいた、気まぐれに降りてきてたまたまオレが近くにいたから対応にあたって天に戻っていただいただけだ、何もなかったよ、っていうかそんなこと気にするくらいならこいつを気にしてやれよ、妹が龍と相対したんだ心配もしないのか、なぁ継千帝の3人よ」
そう、この3人は私の兄弟
兄様2人と姉様
私とは違って、優秀で
次代の継千帝として他方の陰陽師から目をかけられている存在だ