現場に着いてそうそう私は焦っていた
「よーしそれじゃあ弓麻、頑張れー」
私の後ろから感情のこもってない声援を送ってくる甘羅さんに私は慌てて振り返って叫ぶ
「待ってください待ってください待ってくださいっ!!」
「どうした?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!! いきなり、こ、これと戦えと!?」
私達の目の前にいるのはバカでかい牛鬼
それなりに力のある陰陽師であればそこまでは苦労はしないであろうが私みたいな底辺では一口でパクりだ
もしくは一振でグシャッ
それと戦えと言うこの人のほうがよほど鬼ではないか?
「その通り、オレは実践派だからな、下手こいて死ぬなよー」
「なっ……」
「これ主人! 大丈夫じゃ弓麻、もしもの時は我が助けてやる、だから自分の出来る限りで頑張ればよい」
そこに助け船を出してくれたのは月さんだった
「月さん……」
一瞬安心したが月さんは見た限り普通の猫の式神
式神とは普通主人の援護をするもの
この牛鬼を主人である甘羅さん無しに月さん単体で止められるのだろうか
申し訳ないが
本当に申し訳ないがあのもふっこいキュートな見た目の月さんに牛鬼を倒せるようには見えない
「お主今失礼なことを考えたな?」
月さんが察したのか少しムッとする
「す、すいません……」
「おい遊んでないで早く対応しろよー、死ぬぞ」
「おい主人何をするっ」
月さんに謝っていると隣にいた甘羅さんが月さんを抱き上げた
月さんは暴れるが甘羅さんは下ろす気はないようで
これではもしもの時の月さんも頼れない
私は覚悟を決めると札を取り出して牛鬼のほうをむく
すると悲しきかな既に臨戦態勢だった牛鬼は目前まで迫って来ておりこのままだとあの巨体にぶつかられて弾き飛ばされる
一瞬の判断
私は札を構えた
自分の霊力で術が発動したことはない
それは霊力が足りないから
それでも術を使う為の練習はかかさずしてきた
この札には甘羅さんの霊力が練り込まれているのだちゃんと今までの練習通りにすれば出来る筈だ
「壁!!!」
目の前に大きな壁をイメージして構えた札を振り下ろした
ガキィンッ!!!
「……え」
私は驚いて間の抜けた声を漏らす
牛鬼は透明な壁にぶつかりその勢いで後ろに後退する
私は別に実際に術が発動したことに驚いた訳ではない
何故これほどまでに大きな壁を作ることが出来たのかに驚いたのだ
だが牛鬼は既にまた攻撃の体制に入っておりそんなことを悠々と考えている時間はなかった
「つ、次は、攻撃……! しまっ……」
慌てて札をもう一枚取り出そうとしたが掴んだ札は手から滑り落ちてしまった
牛鬼の口が迫る
だが私は何も出来ない
ヤバい、死んだかも
そんなことを悠長に思っていれば強い力で後ろへと引き寄せられた
目の前で牛鬼の口が閉まる
「一発成功なら及第点どころか完全合格だな、弓麻お前素質あるよ、それじゃあ後はオレが取り持とう」
そう言って私を庇うように前へ出た甘羅さんが札を構える
「ば一一」
「主人!!」
術を発動しようとした甘羅さんの腕に何故か月さんが噛みつく
「痛った!!」
「こちらに近づく別の陰陽師の力を感じる、分かっているな?」
「……ああわかってる」
意味深なことを言う月さんをチラリと見ると先ほどとはうって変わってダルそうに札を構えると術を唱えた
「……縛」
牛鬼を捕縛するように空間が捻れて出現した鎖は牛鬼を捕縛するどころかへにゃへにゃと色んな方向に延びるとパリンっと砕けてしまった
「ありゃ失敗ー」
そして棒読みで甘羅さんは言うともう一枚札を構える
だが
「おいおい、落ちこぼれはこんな基本の術すら使えねーのか、なぁ?」
「全くもってその通り、お前は下がっていろ」
そんな甘羅さんを突き飛ばすように現れた二人の陰陽師だと思われる男達が今度は牛鬼へと向かっていく
「いやー、いつも悪いね、見ての通りオレはダメダメだから後よろしく」
散々の言われようなのに甘羅さんは怒ることもなく簡単に前戦を譲って私のほうを向く
「大丈夫か? 怪我とかない?」
甘羅さんは言いながら私の腕や足をべたべた触って確認する
女性の身体にそうむやみに触るものではないと注意したいがそんなことより腹の立っていることがある
「あり、ませんけど! 何であんなこと言われて怒らないんですかっ!」
そう、あのままであれば甘羅さんが牛鬼を倒していた、筈
確かに術には失敗していたが最初に現場に到着していたのは私達
状況を確認してその後の対応を決めるのであればわかる
ただ暴言を吐いて甘羅さんを突き飛ばしてこの場を勝手に占拠するなど言語道断
マナーがなっていない
「だって事実だしー」
そんな私の苦言に甘羅さんは特に気にする様子もない
「ですが甘羅さんならっ」
本気を出せば倒せるのではないか
そう言おうとしたが思い悩んでから、止めた
甘羅さんの霊力を練り込んだ札はあんなにも強力に発動した
だから甘羅さんなら牛鬼ぐらい倒せる
そう思ったがもしかしたら何か理由があるのかも知れないと思ったからだ
術が上手く発動しなかったこともしかりもしかしたら甘羅さんは霊力は強いがそのコントロールが苦手とか
他の理由かもしれないが決めつけるのは良いことではない
「まぁ弓麻や、落ち着くのだ、我々の今回の目的は他の陰陽師が来るまであの牛鬼に被害を出させず足止めすることとお主の実技がどの程度かの確認、全て滞りなく済んだであろう」
そんな私をたしなめたのは月さんだった
「そう、だったんですか……でも何故足止めまでなんですか?」
実践派だと言っていた時点で実技のレベルを計るためだったというのは理解できる
だがそこまでして何故足止めで止めるのか
それが私にはどうしても理解出来なかった
「端的に言えば目立ちたくないから、それに俺弱いから足止めくらいが丁度いいってね」
甘羅さんは全く主人は、と嘆く月さんを抱き上げて帰るぞと踵を返して歩きだしてしまった
「え、最後までいなくていいんですか?」
「めんどくさいからいい、あとはあいつらに任せればいいっしょ、一応顔見知りだがまぁ負けないと思うし」
甘羅さんは本当にこれ以上口出しする気はないうで歩を止めることはなかった
甘羅さんにその気がないのであればこれ以上口出しも出来ない
私も慌ててその後を追うのだった