楓が酒を飲んだことがないと言うので、泊まりに来た日に飲ませてみた。コンビニで買ったスパークリングワインだ。
最初こそ「美味い」と、ご満悦な様子だったのだが……。
「おーい、楓。大丈夫かー?」
僕の向かいで楓は目をとろんとさせていた。頭も心なしかふらふらと揺れている。
まだグラスの半分ほどしか飲んでいないのに、もう酔ったらしい。
「だい、じょぶ……」
ふにゃっとした笑顔で返す彼を見て、これはもうダメだと思った。相手をしていたら僕の理性が崩壊する。
「もう眠いんじゃないか? 寝た方がいいぞ」
「ねむく、ない」
「ダメだ、寝てくれ」
「うーん?」
とりあえず楓の手からグラスを取り上げる。
「もうお酒は終わりにして」
「おわり?」
「そう、終わりだ。僕の理性が終わる前に、どうか大人しく眠ってくれ」
言いながら立ち上がり、楓のそばへ移動した。
「ほら、立って」
じっと僕を見上げた楓は、普段は見せない無邪気な顔で笑った。
「だっこー!」
「何だって?」
楓は両腕をこちらへ伸ばし、駄々っ子のように繰り返す。
「だっこして、こーた」
「待て待て待て待て」
本当に理性が終わりそうになってきた。やばい、これはまずいぞ。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、しぶしぶ楓を姫抱きにする。知っていたが、軽い。
「えへへ」
嬉しそうに笑い、ぎゅっと抱きついてくる楓。
酒を飲むと本性が出るとはよく言うが、こんなに甘えん坊だったとは。いや、薄々気づいてはいたけれど。
隣の部屋のベッドまで運び、そっと下ろす。
「ほら、横になって」
「うん」
大人しく寝転がる楓だが、視線はずっと僕を見ている。
「こーたのにおい、すき」
くすくすと笑いながら楓がつぶやき、取り戻したはずの理性に再びひびが入る。
「お前の匂いだってまざってるよ」
と、わざと呆れたように言ってから、彼の体にタオルケットをかけてやった。
「おやすみ、楓」
と、ベッドから離れようとした直後、楓が言った。
「おやすみのちゅーは?」
「は!?」
あまりに不意打ちすぎて、僕らしくない声を出してしまった。
見ると、楓は両目を閉じて唇をこちらに突き出している。
……そういえば、いつもキスをしてから眠ってたな。僕の自己満足だと思っていたが、楓もまんざらではなかったらしい。
「分かった」
僕は床へ膝をつき、そっと唇を重ねた。すぐに離して立ち上がり、部屋を出ようとすると。
「こーた」
名前を呼ばれると同時に、今度は手をつかまれた。
「何だ?」
そろそろ理性が終わりそうなので早いところ離れたいのだが、楓はにこにこと嬉しそうに微笑みながら言った。
「だいすき。おやすみ」
と、僕の手を離す。
「……おやすみ」
真顔で返してからダイニングへ戻り、部屋の扉をそっと閉める。
「……」
抑えていた心臓が一気に高鳴り始めた。
何なんだ、さっきのは! 可愛すぎないか!? アトラリスス語だけでなく、酒を飲ませても好きって言ってくれるのか!?
どうして普段はあんなに頑ななんだ! いや、もう全然理解してるけど! でもやっぱり、直接好きって言われたらドキドキしちゃうじゃないか!!
その場にしゃがみ込み、僕は熱くなった頬を押さえながらため息をつく。
「何なんだよ、本当。ますます好きになっちゃうじゃないか……」
可愛すぎる。でも、もう酒を飲ませるのはやめようと、僕は心に決めたのだった。