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第18話 パスティーシュ

「土屋さん、ストップしてもらっていいですか?」

 いつものように虚構世界へ入り、消去すべき住人を確認した直後だった。突然、航太が言い出した。

「どうしたのよ、千葉くん」

 困惑した様子で土屋さんが振り返り、航太は真面目な顔で言う。

「この虚構、おそらくホームズのパスティーシュです。消したくありません」

「はあ!?」

 まるで意味が分からず、オレは思わず大声を上げてしまった。

 すると航太は冷静に説明する。

「現実世界で解読された情報からして、そんな気はしてたんです。でも、実際に入ってみるとパスティーシュとしてのレベル、いや、作者のアーサー・コナン・ドイルへの愛と尊敬が、見事なまでに満ちています」

 眼鏡越しに、航太の目がらんらんと輝いているのが分かる。こんなことは初めてだ。

 オレは土屋さんと顔を見合わせた。

「たぶんあいつ、変なスイッチ入っちゃってますね」

「そういえば彼、ミステリーが好きだったわね」

 と、土屋さんも呆れた表情だ。

「どうするんすか?」

「かまわないわ。やっちゃいましょう」

「うす」

 虚構だと知らされて怯える住人たちへ向かって、オレは大きな鎌を振り上げる。

「とっとと死ね!」

「やめろ!」

 背後から航太に抱きしめられて動きが止まる。

「えっ、ちょ……」

「たしかにこの物語は日の目を見なかったし、作者にも忘れ去られているかもしれない。でも消すのはあまりにもったいない!」

「馬鹿言うなよ、航太! 仕事中だぞ!?」

「分かっている。だが……」

 ぎゅうと強く抱きしめられたら、何だか気力が失せてしまった。鎌を一時的にしまい、オレは大人しくなる。

「分かってくれたか、ありがとう」

「別に、お前を尊重したわけじゃねぇよ」

 でも、後ろから抱きしめられるのも悪くない。むしろ、普段より包まれている感じが強くていい。

 すると土屋さんが住人へ向けて拳銃を連射した。

「あっ!」

 的確に撃ち抜かれた住民たちがその場に倒れ、苦しみのうめき声とともに息絶える。

「何してるんですか、土屋さん!」

 と、航太がオレを離すとともに彼女を振り返る。

 土屋さんは冷めた目をして、低い声で返した。

「何してるのはこっちの台詞。千葉くん、今回のあなたの行動は『幕引き人』にとって、あってはならないものよ。ついでにわたしの目の前でいちゃつかないで」

「す、すみません……」

「この件は上層部に報告するからそのつもりで。まあ、あなたのことだから、せいぜい口頭注意で済ませられるんでしょうけど」

 嫌味たっぷりなのは、航太が上層部から目をかけられているのを知っているからだ。もしも「幕引き人」をやめさせられても、開発部か研究部に引き抜かれるだろう。

「分かりました。すみませんでした」

 それでも真面目な航太はきちんと土屋さんへ謝罪をする。

 オレはどちらの肩を持つ気にもなれず、とりあえず言うのだった。

「消去できたんだし、早く戻りましょう」

「ええ、そうね。でも田村くん、千葉くんにバックハグされたからって仕事を放棄するのはダメよ」

「えっ、オレは別に放棄したわけじゃねぇっすよ!」

「あなたのことは報告しないでおいてあげるから、今後は気をつけてね」

「うぅ、分かりました……」

 とんだとばっちりだ。航太にはしっかり反省してもらおう、と思って彼を見る。

 航太は消えゆく景色を名残なごり惜しそうに、どこか悲しい顔をしてながめていた。

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