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第17話 偏見と本当

「ごめん、楓」

 数日後、航太の部屋で夕食をとっている最中に彼が謝ってきた。

「え、何? 何かあったか?」

 戸惑うオレへ航太は説明した。

「この前の話を開発部に伝えたんだ。でも、僕の手柄にしたくなくて、つい楓の名前を出してしまった」

「……ああ」

 何だ、そんなことか。少し拍子抜けするオレだが、航太は本気で悪かったと思っている様子だ。

「名前を出すなと言われていたのに、本当にすまない」

 と、表情を暗く沈ませる。どうやら、まだ何かありそうだ。

 オレは刺身に箸を伸ばしながら言う。

「で、どうだった?」

 はっと顔を上げて航太は返した。

「ああ、検討してくれるって言ってた。でも、その……お前のアイデアだと話すと、開発部の人たちが言ったんだ。だからこんな無茶な発想ができたのか、って」

 賢い航太がどこに引っかかったのか、オレはすぐに理解する。

「何が、だから、だよ」

「うん、僕もそう思った。あれは無茶な発想ではなく、効率を重視した合理的な発想だ。もちろん、楓が偏見で見られたり、誤解されがちなのは気づいていた。でも、開発部の人たちも偏見で見るのを知って……楓が嫌がったのは、研究者になることじゃなくて、そっちだったんじゃないか?」

 航太は賢くて優しい。だから、オレのためにこんな顔をしてくれる。

 できるだけ明るい調子でオレは返した。

「まあ、それもあるかもな。けど、お前が辛くなる話じゃないだろ。オレは慣れてるし、気にしなくていいって」

「でも、楓……」

「いいんだって。高校を中退した時点で、オレは道を踏み外してるんだ。今でも好きで派手な格好してるし、死神なんて陰口叩かれてるのも知ってる」

「……」

「でもさ、偏見はどうしようもねぇんだよ」

 宇宙育ちで同年代とのコミュニケーションがないまま大人になったオレは、どうやっても普通にはなれない。

 どんなに荒れても状況がよくなることもなく、家にも帰りづらくなった。そんな頃、オレは「幕引き人」になったのだ。独身寮と人殺し放題の文句につられて。

「オレが漢字を読めないのを馬鹿にするやつもいれば、流暢りゅうちょうな英語をしゃべることから、妙な噂を立てたやつもいた。宇宙育ちであの田村博士の子どもだって知れば、途端に手のひら返してすり寄ってくるやつもいた。オレのこと、何も知らないくせにな」

 高校時代は毎日が最悪だった。けど、学んだこともいくつかある。

「だけど、オレのことを知らないやつらには、勝手に言わせておけばいいんだ。オレが傷ついてること、覚えてるやつなんて一人もいねぇんだから」

 あいつらはすぐに忘れる。自分の言動が誰かを傷つけても、すぐに忘れてまた誰かを無自覚に傷つける。哀れで愚かな地球人。

「……ごめん、楓。だから、もう話さなくていい。泣かないで」

 航太の手がオレの頬に触れたかと思うと、指先で涙を拭われた。はっとしてまばたきをすると、涙の粒がこぼれ落ちる。

「別に、泣いてなんて……」

 そっぽを向くと何だか笑えてきた。明らかに泣いているのに、オレは何を言ってるんだか。

 すると航太もつられるようにしてくすりと笑った。

「楓は素直じゃないな。でも、本当は繊細せんさいで優しくて、すごく頭がいい。恥ずかしがりで口も態度も悪いけど、そこが可愛いんだ」

「急に何だよ。航太は意地悪でサディストだよな」

「でも?」

 と、航太が期待するように目を見てくる。

「……オレに対してだけで、本当は穏やかで優しい。冷静だし、料理は上手だし、頭もいいのに運動神経もいい。あと、顔もいい」

 恥ずかしさに耐えつつ正直に答えてやると、航太が「顔?」と意外そうにした。めずらしく頬を紅潮させており、無自覚だったらしいことが分かる。

 オレは小さく「クソイケメンだろ」と毒づいて、止まっていた箸を動かすのだった。

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