「ごめん、楓」
数日後、航太の部屋で夕食をとっている最中に彼が謝ってきた。
「え、何? 何かあったか?」
戸惑うオレへ航太は説明した。
「この前の話を開発部に伝えたんだ。でも、僕の手柄にしたくなくて、つい楓の名前を出してしまった」
「……ああ」
何だ、そんなことか。少し拍子抜けするオレだが、航太は本気で悪かったと思っている様子だ。
「名前を出すなと言われていたのに、本当にすまない」
と、表情を暗く沈ませる。どうやら、まだ何かありそうだ。
オレは刺身に箸を伸ばしながら言う。
「で、どうだった?」
はっと顔を上げて航太は返した。
「ああ、検討してくれるって言ってた。でも、その……お前のアイデアだと話すと、開発部の人たちが言ったんだ。だからこんな無茶な発想ができたのか、って」
賢い航太がどこに引っかかったのか、オレはすぐに理解する。
「何が、だから、だよ」
「うん、僕もそう思った。あれは無茶な発想ではなく、効率を重視した合理的な発想だ。もちろん、楓が偏見で見られたり、誤解されがちなのは気づいていた。でも、開発部の人たちも偏見で見るのを知って……楓が嫌がったのは、研究者になることじゃなくて、そっちだったんじゃないか?」
航太は賢くて優しい。だから、オレのためにこんな顔をしてくれる。
できるだけ明るい調子でオレは返した。
「まあ、それもあるかもな。けど、お前が辛くなる話じゃないだろ。オレは慣れてるし、気にしなくていいって」
「でも、楓……」
「いいんだって。高校を中退した時点で、オレは道を踏み外してるんだ。今でも好きで派手な格好してるし、死神なんて陰口叩かれてるのも知ってる」
「……」
「でもさ、偏見はどうしようもねぇんだよ」
宇宙育ちで同年代とのコミュニケーションがないまま大人になったオレは、どうやっても普通にはなれない。
どんなに荒れても状況がよくなることもなく、家にも帰りづらくなった。そんな頃、オレは「幕引き人」になったのだ。独身寮と人殺し放題の文句につられて。
「オレが漢字を読めないのを馬鹿にするやつもいれば、
高校時代は毎日が最悪だった。けど、学んだこともいくつかある。
「だけど、オレのことを知らないやつらには、勝手に言わせておけばいいんだ。オレが傷ついてること、覚えてるやつなんて一人もいねぇんだから」
あいつらはすぐに忘れる。自分の言動が誰かを傷つけても、すぐに忘れてまた誰かを無自覚に傷つける。哀れで愚かな地球人。
「……ごめん、楓。だから、もう話さなくていい。泣かないで」
航太の手がオレの頬に触れたかと思うと、指先で涙を拭われた。はっとしてまばたきをすると、涙の粒がこぼれ落ちる。
「別に、泣いてなんて……」
そっぽを向くと何だか笑えてきた。明らかに泣いているのに、オレは何を言ってるんだか。
すると航太もつられるようにしてくすりと笑った。
「楓は素直じゃないな。でも、本当は
「急に何だよ。航太は意地悪でサディストだよな」
「でも?」
と、航太が期待するように目を見てくる。
「……オレに対してだけで、本当は穏やかで優しい。冷静だし、料理は上手だし、頭もいいのに運動神経もいい。あと、顔もいい」
恥ずかしさに耐えつつ正直に答えてやると、航太が「顔?」と意外そうにした。めずらしく頬を紅潮させており、無自覚だったらしいことが分かる。
オレは小さく「クソイケメンだろ」と毒づいて、止まっていた箸を動かすのだった。