「泡沫記憶の消去の自動化っていう話、あったよな。あれ、どうなった?」
昼食のために食堂へ向かっている最中、オレはふと航太へたずねた。
「いや、あれから何も進んでいないが」
「そうか。自動化とはちょっと違うけど、効率を上げるのは可能だと思うんだよな」
航太が興味を持った様子で聞いてくる。
「具体的にはどうするんだ?」
「泡沫記憶は数ある記憶の中でも、もろくてすぐに消せるやつだろ? ただし数が多いから、いちいち消すのは大変だ。そこで自動化っていう話になったんだろうけど、装置の方で効率を上げる設定にするのは可能じゃないかとひらめいた」
「装置の側というと、
破砕機とはオレたちが虚構世界で使用する道具、武器のことである。
「そうそう。ちょっと前から、効果の増強に関する研究が進んでただろ? あれは虚構世界に限定された話だったけど、泡沫記憶にも使えるんじゃねぇかってこと」
「なるほど。だが、泡沫記憶は足場が不安定だ。増強された破砕機を持ってしても、効率が上がるかどうかは分からない」
「まあな。だから、もう一つ考えた」
「まだあるのか?」
目を丸くする航太へオレはにやりと笑う。
「泡沫記憶を虚構世界に持ってきちまえばいいんだ」
「どうやって?」
「風でも起こして押し流す。アカシックレコードにおける記録の分子構造、分かるだろ? 泡沫記憶がもろいのはアークライトフィルムが一部、
「記憶同士をぶつけるというのか?」
「理論上、出来ないとは言わせないぜ。ちゃんと調べたんだからな」
オレがそう付け加えると、航太は考え込みながら言った。
「そうか、泡沫記憶は虚構記憶と違って、その中そのものには入れない。泡のように浮かんでいるものを消すしかないが、それを動かすことができれば、たしかに可能か。だが、やはり
現実的な航太を横目に、オレは何気なくつぶやく。
「自慢じゃねぇけど、コロニーの外壁に使われてる宇宙放射線減退シールド、考えたのオレだぜ」
「は?」
「この前行った星空の回廊から、少し見えたな。あれの実用化に関する理論をまとめたのはオレの父親だけど、元のアイデアはオレだ」
航太がその場に立ち尽くし、数歩先でオレは足を止めて振り返る。
「どうした?」
「いや……楓が頭いいのは知ってたんだが、まさか、そこまでとは思ってなくて。というか、やっぱりあの田村博士の息子だったのか。いや、本当にびっくりだ」
めずらしくしどろもどろになる航太がおかしくて、オレはくすくすと笑ってしまった。
「分かってくれたならいいんだ。まあ、一考の余地ありってことで伝達よろしくな」
「あ、ああ」
「そうだ、オレが考えたって言うなよ? 研究者にはなりたくねぇから」
にやりとオレが笑うと、航太は何とも言えない複雑な表情をしてうなずいた。
「分かった。でも、僕が思うに、お前は天才なんじゃないか?」
「天才はお前だろ」
「いや……まあ、楓がそれでいいなら」
ようやく航太がオレの隣へ並び、再び食堂へ向けて歩き出す。
「今日の昼飯、何にすっかなー」
宇宙育ちのオレは、どうやら頭の構造が地球人とは違うらしい。それは薄々気づいていたけれど、オレは今のままでいい。というよりも、今のままがいい。