スペースコロニーの外側、地球で言うところの大気圏くらい上の方に、星空の回廊という展望施設がある。
呼吸に必要な酸素は供給されているものの、重力制御装置の範囲外になるため、一歩足を踏み入れると体が浮く。
窓の外には宇宙空間が広がり、運がよければ地球も見える。そのため、デートスポットとして人気の場所だった。
「こうして見ると、僕たちは宇宙に住んでるんだって感じるな」
景色を見ながら航太が言い、オレは返す。
「ここまで来ないと、外の様子は見えねぇもんな」
オレからすれば見慣れたもので退屈なのだが、今日は航太の誕生日。彼の希望で星を見に来ていた。
スペースコロニーが発する光によって周辺は明るく見えるが、宇宙の多くは暗闇だ。地球を照らしている太陽も、遠い未来には消滅するという。
「小さな頃は、生きているうちに宇宙で暮らせるなんて思ってなかった」
「オレは逆だな。地球にいた時の、もう二倍近い時間を宇宙で過ごしてる。地球がどんなところだったか、もうほとんど覚えてない」
航太がつないだ手に軽く力を入れる。
「楓が宇宙へ来てからの話、あまり聞いたことなかったな。教えてくれるか?」
オレも窓の外を見て、ちゃんと日本語で話し始めた。
「寂しかったよ、ずっと。勉強は母親が教えてくれたけど、オレ以外に子どもがいないから友達もいなかった」
思い出すとあまりの孤独さに心が辛くなる。しかし、脳は泣くのを許さなかった。
「十二歳になってから、父親の職場に行ってもいいって許可が出てさ。それからは毎日のように遊びに行って、機械やプログラミングなんかを教わった。時々、宇宙の種族が来てることもあって、それでアトラリア人の子ども、っていってもオレより年上だったけど。そいつが翻訳機を使いながら話しかけてきて、それでオレはアトラリスス語を覚えたんだ」
今にして思うと、宇宙に来てから初めての友達だった。種族が違うからなかなかコミュニケーションをとるのは難しかったけれど、あの頃は毎日が楽しかった。
「あんまり長くは一緒にいられなくて、あれから一度も会ってねぇけど……またどこかで会えたらいいな、とは思ってる」
オレのアトラリスス語が伝わることはないだろう。でも、翻訳機を使えばいい。
「それで?」
「あとは……スペースコロニーができて、移住者たちのために学校が作られて、通ったけど地球人に馴染めなくて中退した」
「そこからグレるようになったのか」
「だってオレ、難しい漢字読めねぇもん。なのに数学はすげぇ簡単なんだぜ? 英語だって今さら習うまでもなかったしよ」
つまるところ、オレにはまったく合わなかったのだ。
「そうだよな。自分に合わない環境にいると辛いよな」
「っつーか、スペースコロニーで暮らすことにも馴染めなかった。重力に慣れなくて、ガチで最初は歩けなかったくらいだ」
「ああ、そういう……」
航太がおかしそうに苦笑し、オレはむすっとして返す。
「何だよ、笑うなよ」
「いや、楓も苦労してるんだなと思っただけだ」
「もって何だよ? お前、苦労したことあんのかよ」
航太はふと真面目な顔になると、そっとオレの手を離した。
「たしかに僕は裕福な家の生まれで、小学校から高校まで私立だった。アメリカの大学を卒業したし、何もかも順調に見えるかもしれない」
遠い目をして航太は地球の方向へと視線を向ける。
「でも、エリートにはエリートなりの苦労があるんだ。思い出したくないことだっていくつもある」
急に彼が遠ざかっていくような気がして、オレはとっさにその腕をつかんだ。
航太がはっとしたように振り返り、にこりと笑う。
「だからこそ僕は今、ポジティブでいられるんだ」
腕を伸ばしてオレを抱き寄せ、耳元へささやいた。
「楓と一緒に星を見られてよかった。最高の誕生日になったよ、ありがとう」