航太にアトラリスス語がバレていたとは思わなかった。これまでに地球人でこの言語を使って話してるのを見たのは片手に収まる人数だったし、いくつもいる宇宙種族および宇宙言語の中ではマイナーな方だ。
なのにまさか……ああ、考えただけで恥ずかしい。
地球人は三十年前にはもう宇宙種族の人々と出会っていた。ただし情報統制が敷かれており、そのことを知っている人は限られていた。
オレの父親が宇宙へ行くことになったのは、宇宙工学の技術研究者だったからだ。宇宙の種族たちからさらなる技術を学び、人類の発展に貢献してほしいというのが上層部の狙いだった。
そうした、いわゆる選ばれた人間たちが一足先に宇宙へ飛び立ったわけだが、家族を連れてきたのは数人だけで、オレの他に子どもはいなかった。
基本的なことは全部母親から学び、その他のことは全部自分で覚えていった。アトラリスス語はそのうちの一つだった。
航太にアトラリスス語がバレた数日後。航太のベッドで寄り添いながら雑談をしていると、急に彼が言い出した。
「シュアリィ」
はっとして彼を見る。アトラリスス語だ。
「この前から練習してるんだが、どうだ?」
どこか不安そうにたずねる航太へ、オレは少し困惑しつつも返した。
「ちょっと違うな。真ん中のアはもうちょい小さくていいし、リィは高く」
「シュア、リィ……? 違うか、シュァリー」
「リィは高くなるんだって。シュァリィ」
教えてやっただけのはずだが、航太はにやにやと笑っている。それもそのはず、言葉の意味は「好きだ」である。
「じゃあ、次な。えぇと、フィラッサ」
「フィィラッサ、な」
「フィーラッサ?」
「フィィ、ラッサ」
前半部分を強調して教えてやると、航太の笑みが深くなる。言葉の意味は「可愛い」だ。
「難しいな。じゃあ、これはどうだ? ハリュア・ズィン」
思わずオレは顔を赤くさせた。いきなり「愛してる」なんて言ってくるな、と脳では思いつつ、きちんと教えてやる。
「ハリュアは低く、ズィンじゃなくてゾィンだ」
「ああ、間違ってたか。じゃあ、あらためて言うよ」
オレの目をまっすぐに見つめて航太がささやくように言う。
「ハリュア・ゾィン」
分かっていてもドキドキしてしまう。まったく、航太は本当にオレをからかうのが好きだ。
「ヴァシュ」
うぜぇと返してやるが、やっぱり彼には効かない。それどころか、飽きずにまた言ってくる。
「クァリ・ンザァ・フィンノ」
今度は「ずっと一緒にいよう」だった。まるでプロポーズじゃないか。
発音が違うと訂正したいところだけれど、さすがにそのまま繰り返すのも嫌になってきた。迷った末にオレは不機嫌な顔をして返す。
「クァリ・ゥンザァ・リクァリィ」
航太はすぐに理解して目を丸くした。そして瞬きの後で照れたようにはにかむ。
「ハリュア・ゾィン」
「……トゥン」
たまらなくなった様子で航太がオレを抱きしめる。彼の胸に頬が触れ、彼の匂いに包まれると、オレもたまらなくなって小声でつぶやいた。
「シュァリィ」
オレを抱きしめる腕に少しだけ力がこもった。