「ヴァシュ」
席に着くなり、小さな声で楓がつぶやいた。どうやら嫌なことがあったらしい。
「どうかしたか?」
先に昼食を始めていた僕がたずねると、楓は日本語で答える。
「かき揚げが目の前で売り切れやがった」
「ああ、それで」
楓の今日の昼食はかけそばだ。具は追加で注文する形式のため、食べたかったかき揚げが買えなくてご機嫌ななめということらしい。
「いただきます」
それでも代わりに海老天が乗っているところを見ると、ふてくされたりすねたりしないところがえらいと思う。楓はこう見えて、自分の機嫌をちゃんと自分でとることができる。
ちなみに僕が食べているのはオムライスだ。チキンライスにトマトソースというレトロなもので、時々無性に食べたくなる味だ。
ある程度食事が進んだところで、ふと言ってみた。
「それにしても、久しぶりに聞いたな」
「ん?」
彼がこちらに視線をやり、僕は表情を変えずに返す。
「楓のアトラリスス語」
一気に火でもついたかのように楓が顔を真っ赤にさせる。
「お、お前、気づいて……!?」
「ああ。ここに入って間もない頃、よく一人でぶつぶつしゃべってたよな」
楓は恥ずかしさに耐えているらしく、ぷるぷると震えるばかりだ。
態度や口は悪いのに、反応は素直なところが本当に可愛い。
髪型はアシンメトリーで耳にはいくつものピアスを装着した、ヤンキーな見た目とのギャップもあって可愛い。
可愛いから、つい意地悪したくなってしまう。
「惑星インフィナムの調査に行った時、アトラリア人と話す機会があったんだ。翻訳機を使っての会話だったが、興味深い言語だったから記憶に残っていた」
「で、でも、人間じゃ、発声法に限界があるじゃねぇか」
と、言い訳でもするように楓は言うが、そんなことくらい僕だって知っていた。
アトラリア人は特徴的な身体構造をしていて、まるで体内にいくつもの楽器を備えているような、多様な発声法を持っている。そのため、使う人間はあまりいないと楓は言いたいのだ。
「ああ、分かってる。実はお前の言葉が何なのか、気になって調べたことがあるんだが、アトラリア人に伝わるレベルでの習得は難しいんだってな。それで地球人向けに簡略化したものがあって、それがお前の話す言葉とよく似ていたから分かったんだ」
楓はうつむき、両手で顔を覆う。
「フゥラァ、ズォグ・ティリッツ・シャ。ヴァッツ・リィク・トノル、ディ・ガラシィ、キュッツァ・ズィシュ・ヌン」
なるほどなるほど。
「日本語に訳すとしたら……ふざけるなよ、どうして理解しちゃうんだよ。言ってることが伝わらないよう、わざと使ってたのに、俺が馬鹿みたいじゃないか――かな?」
「ヴァシュ!」
楽しくなってきた。だが、楓が耳まで真っ赤になっているので、可愛がるのはほどほどにしなければ。
と思いつつ、僕はにこにこと微笑みながらたずねる。
「楓の発音、上手だよな。やっぱり宇宙で育ったからか?」
「スィッツ・ノルグ」
「ああ、困らせるつもりはなかったんだ。というか、そろそろ日本語で話してくれないか?」
理解はできるものの、僕はアトラリスス語を
すると楓がちらりと顔を上げ、小さくつぶやいた。
「バーカ」
その言い方があまりにも可愛くて、僕はますます笑顔になった。僕の彼氏はたぶん、宇宙一可愛い。