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第10話 キスだけじゃ伝わらない

 航太の部屋に来て十分もしないうちに、オレはベッドに押し倒されていた。

「っ……」

 長いキスを終えて見つめ合う。室内の電気がついていない、薄暗い中で。

 買ったものは食卓の上へ無造作に放ったままだった。

「今日、泊まっていかないか?」

 いきなりすぎる提案にオレはむすっとする。

「外泊許可、取ってねぇよ」

「申請はネットでできないのか?」

「寮長に連絡すればいいだけだけど」

 そうはしたくない、というオレの主張を航太はキスでふさいだ。

 すぐに唇を離して言う。

「じゃあ、すぐに連絡して。そうしたら明日も一緒にいられる」

 にこりと笑う彼にため息を返しつつ、オレは手首に装着したデバイスを操作した。メッセージで寮長に外泊する旨を伝える。

「これでいいか?」

「ああ」

 満足気に航太はうなずき、ふと体を起こして眼鏡を外した。日本人にしては整った顔立ちで、悔しいがかっこいいと思ってしまう。

 眼鏡を近くの棚の上へ置いてから、航太がまたオレに覆いかぶさってキスをする。

 体が密着して、彼の体重を感じる。逃げそうになるオレをしっかりと抱きしめるようにして、航太は飽きずに何度もキスをする。

 オレのデバイスがメッセージの受信を知らせ、航太はようやく離れてくれた。

 呼吸を整えるように息をしつつ、オレはメッセージを確認する。寮長からの返信だった。

「許可、取れた」

「それはよかった」

 にこりと笑う航太だったが、何故か隣へ寝転んだ。

 てっきりこのまま進行するものと思っていたオレは、拍子抜けしてしまって彼を見る。

 航太は両目を細めながらたずねた。

「どうした?」

「えっ、ああ、いや……」

 素直になれないオレが、やらないのかなどと聞けるわけもなく。

 何となく腑に落ちない気分で寝返りを打ち、背中を向けた。

「夕飯、どうする? さっき話した肉じゃがにするか?」

 先ほどまでの空気はどこへやら、航太が普通に話し始める。

「うん、それでいい」

「でって……まあ、いいか。食後は緑茶、淹れような」

「うん」

 まるでやることやった後の会話みたいだ。これからだと思ってドキドキしてたのに。

 勝手に裏切られたような気持ちになって、オレは背中を丸めた。

 すると航太が、めずらしくため息まじりに言う。

「言わなきゃ伝わらないとはよく言うけれど、本当にそうだよな」

「……何の話だよ」

「キスをしているだけじゃ、何も伝わってないのかもしれないってことだ」

 そんなことはない。航太に求められて、すごくすごく嬉しい。心の中でどれだけ思っても、言わなきゃ伝わらないのだと脳で気がつく。

 そう、航太はオレに言わせたいのだ。正直な気持ちを、本当の思いを。

 どんな言葉にしたらいいかを考えて、頬が熱くなる。

 実際に言おうとしてためらい、考え直して寝返りを打つ。

 航太がじっとオレを見つめていた。目に少しの意地悪さを宿して。

「……お、オレは、その」

 目を合わせていられずに視線をそらし、オレはたまらず航太の胸へ額を押しつけた。

「好きだよ。キスされるの、すっげぇ嬉しいよ。も、もっと、もっとしたいって、思ってるよ……っ」

 言ってしまった。

 航太がオレの頭を優しく撫でた。

「それじゃあ、続きやってもいいか?」

「う、うん……」

 小さな声で言ってうなずき、おそるおそると顔を上げる。

 航太が顔を近づけてきて、オレたちはまたキスをした。

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