「楓、和食好きだったよな?」
正式な交際をスタートさせてから数日後、出勤したオレへ航太が歩み寄りながら言った。
「ああ、好きだけど」
返しながらオレは荷物をロッカーに入れ、航太が微笑んだ。
「それなら、今日の夕食は僕の部屋で食べないか? 僕が作るよ」
そう言ってもらえるのは嬉しい。しかしここは職場。土屋さんを始めとした仲間たちの視線がある。
「別にいいけど」
素っ気なく返してオレは土屋さんの方へ向かう。
「おはようございます」
「おはよう。朝から仲がいいわね、ちょっと目障りなくらいに」
彼女の機嫌が悪いことを察してオレは苦笑する。
「またマッチングアプリで会った人に振られたんすか?」
土屋さんはふんと鼻を鳴らし、黙ってメモパッドを突き出した。
彼女はオレが配属された時からずっと婚活をしているが、一向に進展しないのだった。
航太の部屋へ入るのは初めてだった。終幕管理局から少し離れたマンションで一人暮らしをしているのは知っていたが、実際に中へ入ってみると綺麗だった。
「うわ、広い」
独身寮のワンルームに慣れているせいで、すごく広々と感じられる。
「1LDKだから、そんなに広くもないさ」
と、航太は奥の部屋に荷物を置いてからキッチンへ立った。
「楓は座って待ってて」
「おう」
ありがたく食卓のテキトーな席へ着く。ななめ前に航太の背中を見る位置だ。
てきぱきと食材を取り出して調理を始める姿は、何だかとても新鮮だった。
一時間ほどで食卓に皿が並び、オレは思わず目を輝かせる。
「すげぇ……!」
焼鮭にほうれん草のおひたし、大根の漬物と豆腐の入った味噌汁。さらに炊きたての白米の香りがたまらない。
「これ、本当に食っていいのか?」
「当然だろう。お前のために作ったんだから」
にこりと微笑みながら航太が向かいの席に腰かける。こんな風に、一緒に夕食をとるのも初めてだ。
少し胸がくすぐったくなりつつ、オレは両手を合わせた。
「いただきます」
箸をとり、まずは焼鮭に手を付ける。軽く身をほぐして一口サイズにしたものを口へ運ぶ。舌に乗せた瞬間、ほどよい塩味が口いっぱいに広がった。
「美味いっ」
すぐに白米も口に入れて
ほうれん草のおひたしも、大根の漬物も美味しくて、どんどんご飯が進んでしまう。
「気に入ってくれたか?」
「うん、マジで美味いよ」
そう返してから、ふとオレは味噌汁を忘れていたことに気づく。
一度箸を置いてお椀を両手で持ち上げた。そっと口をつけてすする。温かい味噌汁で美味しかったが、オレは言った。
「味噌汁はもうちょっと濃くてもいいな」
「じゃあ、次はそうしよう」
航太がようやく箸を手にし、食事を始めながらたずねる。
「でも、楓が和食好きだっていうのは、ちょっと意外だったな。やっぱり、ずっと宇宙にいるせいか?」
「まあ、それもあるけど」
一旦水を飲んで落ち着いてから答える。
「地球を離れる前、家族でじいちゃん家に泊まったんだ。その時にばあちゃんの作ってくれたご飯が美味くて、ずっとあれが忘れられないっていうか」
別に親が料理をしなかったわけではない。ただ、それまで食べてきたものとは明らかに違う、強いて言葉にするなら温かみがあった。
「そうか、思い出の味なんだな」
パンや麺類なども食べるけど、オレはやっぱり白米派だ。
「ばあちゃんの作ったっていう梅干しも美味かった。あと、食後には必ず緑茶が出されるんだ」
「緑茶か。ここで売ってるのは見たことがないな」
ふと航太が言い、オレはにやりと笑ってやった。
「知らねぇのか? 一箇所だけ、個人で緑茶を輸入してる店があるんだ。値は張るけどな」
「それは知らなかった。どこにあるんだ?」
「三区と四区の間にある商店街、分かるか?」
「ああ」
「あそこから外れたところに……いや、一緒に行った方が早いな。ちょっとごちゃごちゃした道を通るから」
航太はうなずき、にこりと微笑む。
「デートの誘いか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
否定しきれずにオレは顔を赤くさせ、白米を口いっぱいに詰め込んだ。