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第7話 田村の部屋・後編

 窓の外は暗くなってきていた。夜だ。季節は春、五月のちょうど半ば。

 オレの部屋で千葉が滔々とうとうと語る。

「僕はずっと脈ありだと思っていた。でも、田村が本当は僕をどう思っているのか、ちゃんと聞いたことがないから分からない」

 何を今さら言っているんだと思わないでもなかったが、オレの方からアクションを起こしたことがないのも事実。つまり、彼が不安になってもおかしくはなくて。

「昨日までは疑いもしなかった。あらためて考えてみると、僕は現状に甘えていたのかもしれないと気がついた」

 無意識に右の拳をぎゅっと握る。現状に甘えていたのはオレなのに、真面目な千葉は真剣に言う。

「だから、はっきりさせるべきだと思ったんだ。田村の気持ち、ちゃんと聞かせてもらいたい」

 足蹴あしげにして今すぐこの部屋から追い出せたらいいのに、と思うのは逃げだ。オレの脳は宇宙育ちのせいか、彼のように育ちきっていない。

「お願いだ、田村。本当は嫌なら、そう言ってくれてかまわない」

 だけどオレは知っている。大事なのは心なんだって。

 うずくまったまま、小さな声で言う。

「……好きじゃなかったら、キスなんてしねぇよ」

 千葉の耳にはうまく届かなかったようで、彼が「何て言った?」と、聞き返してくる。

 限界まで熱くなった顔を上げ、オレはかすかにうるんだ目でにらんだ。

「好きじゃなかったらぶん殴ってる」

 千葉が目を瞬かせ、理解した様子でにやりと口角をつり上げる。

「そういえば、まだ殴られたことは一度もないな」

 殴れるわけがない。オレより十センチも背が高いし、細身のオレと違って体格はいいし、頭だっていいのに運動神経もいい。勝てるはずのない相手なのだ、と言いたいのはやっぱり脳だけで。

 千葉がそっとベッドへ上がってきて、オレのすぐ横へ座った。

「僕のこと、好きか?」

 さっきまでと違い、にこにことたずねてくる。

 意地悪なやつだと思うけど、心臓はドキドキと高鳴って今にも爆発しそうだ。

 オレは再びうずくまって顔を隠そうとするが、その前に千葉の手が伸びてきた。

「っ……」

 あごを取られ、無理やり彼の方を向けさせられる。

「教えてくれないならそれでもいい。でも、これからは恋人同士だ」

 いつの間にそんなことに、と混乱する頭と裏腹に、オレは小さくうなずいてしまった。

「うん」

 とうとう恋人同士になるのか。これまでと何が変わるのか、ちょっと分からないけれど、でも……こんなにそばに彼がいる。

「可愛いな、お前は」

 と、千葉はいかにも愛おしそうにくすりと笑った。

「下の名前で呼んでもいいか?」

 な、名前呼び……!? そっか、恋人同士だもんな?

かえで、好きだ。愛してる」

 さらりとそんなことを口にしてしまう彼に、オレはただただ恥ずかしさをこらえる。

 すると彼が顔を近づけて、ついばむようなキスをした。

「僕のことも名前で呼んで。航太こうた、って」

 とろけるような甘い声で耳元にささやかれて、オレは軽くめまいを覚えた。

「航太……」

 ああ、ついに呼んでしまった。

 にこりと嬉しそうに笑って、航太はまたキスをした。苦しくなるほど幸福なキスだった。

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