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第4話 現実世界と虚構世界

「全員まとめて死にやがれぇ!」

 オレは手にした大きな鎌を振り下ろし、虚構世界の住人たちを一気に消していく。

 今回の目標はよく分からない世界だった。幼い子どもが想像したものらしいが、やたらと住人が多く、鎌でぶっ刺しても血が出ない。ただ、すぅっと消えていくだけである。

 見た目もなんとなく人間の形をしているばかりで、少々薄気味悪かった。しかし、作者にもすっかり忘れ去られたような、価値のない物語を消すのがオレたちの仕事だ。


 無事に消去を完了させてオフィスへ戻ると、B班の三柴みしばさんが声をかけてきた。

「土屋さん、お願いがあるんです!」

「え、何?」

 きょとんとする彼女へ、同じくB班の麦嶋むぎしまさんが説明する。

「実は舞原まいはらさんのお子さんが熱を出したそうで、早退してしまったんです」

「もう一件、今日中に消しておきたい虚構があるんですが、協力してもらえませんか?」

 A班は虚構を消しに行って、まだ戻ってきていない。頼れるのは土屋さんだけ、ということらしい。

「なるほど。じゃあ、報告書は二人に頼んだわ」

「分かりました」

 と、千葉が返し、土屋さんは二人へ言った。

「さっそく行きましょう」

「ありがとうございます、助かりました!」

「ありがとうございます!」

 土屋さんが彼らを連れて廊下へ出ていくと、途端に室内は静かになった。

 千葉はすでに椅子へ座ってパソコンを起動させており、オレもしぶしぶと自分の席へ着く。報告書はパソコンを使って書くのだが、とっくに慣れたから十分もかからない。

 じきに退屈な時間がやってきた。オレは席を立って隅にあるソファへ寝転び、千葉はキーボードをたたきながら言う。

「なぁ、田村」

「何だよ?」

 ソファからだと彼の背中がほぼ真正面に見える。

「虚構世界で血が出ないって、ちょっと困っちゃうよな」

「は?」

「前提として、オレたち現実世界の人間は、虚構において実体を持たない」

 厳密に言えば虚構の住人も実体を持っていないが、血が出るか出ないかはその虚構の設定による。

「さっきの虚構のように、設定そのものが曖昧だと僕たちも怪我をしないし、痛くもない。それが残念でならないんだ」

「マゾヒスト?」

「いや、どちらかというとサディストだ」

 訂正されたが、まあそうだろうなと思ってはいた。普段は優しいくせに、変なところで意地悪してくるし。

 すると千葉が声のトーンを変えることなく言った。

「血にまみれて苦痛にあえぐ田村を、一度でいいから見てみたいしな」

 どんな顔でそんなことを言いやがるのか、とても気になったが確かめる気にもならない。

「オレを殺してぇのか?」

「いや。僕なりに愛したいだけだ」

 意味が分からない。やっぱり千葉は変なやつだ。

「ところで、お前はマゾか?」

 くるりと彼が振り返り、オレは機嫌の悪い顔で言う。

「知らねぇよ」

「ああ、童貞だもんな」

 当然のように言われ、とっさにオレは起き上がった。

「バーカバーカ! うっせぇ! 黙れ!!」

「大丈夫だ、安心しろ。僕が責任を持って教えるから」

「意味分かんねぇよ、このクソメガネが!」

 オレはありったけの罵倒ばとうをぶつけるが、千葉はおかしそうにくすくすと笑っているのだった。

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