四年前に制定された「創造禁止法」は、その名の通り、一切のクリエイティブな活動を禁止するものである。アカシックレコードを守るには増え続ける記録に制限をつけるしかない。そのため、日本政府は想像および創造を禁止した。
千葉は暇な時間に時々、本を読む。文庫本を模したデバイスを使って静かに読む。
「何読んでるんだ?」
昼休み、まだ午後の仕事が始まるまで時間があった。退屈だったオレが話しかけると、千葉は短く答える。
「点と線、松本清張だ」
「ふーん」
オレはミステリーを読まない。というより、読書よりもゲームの方が好きだ。そういえば、子どもの頃は自分でゲームを作っては遊んでいたっけ。
「それ、おもしろいのか?」
「ああ、なかなか引き込まれるぞ。昔の作品とは思えないくらい、文章も読みやすい」
「……それ、社会派だよな?」
「ああ」
「読みやすいんだ。意外な感じ」
オレが正直な感想を漏らすと、千葉がデバイスの画面から顔を上げてこちらを見る。
「お前はあまり本を読まないんだろう? それなのに、社会派って言葉は知ってるんだな」
いかにも意外といった表情だ。
「だって有名じゃん。松本清張」
「……そうだな」
何か言いたげにする千葉だが、口を閉じてまたデバイスへ視線を落とす。
静かに本を読んでいる姿は様になる。ただでさえ知的な顔をしているし、眼鏡もかけているからよく似合う。残念な点があるとしたら、本が紙ではなく電書であることだ。
きっと、紙の本だったらもっとかっこよく、知的に見えるのかもしれないな……なんて思っていると、ふいに千葉がデバイスを閉じた。
そして再びオレを見て、にやりと笑うのをこらえるように言う。
「そんなに見つめられると集中できない」
「っ……べ、別に見つめてねぇよ!」
うっかり気を抜いて見惚れてしまっていた。顔が熱くなるのをごまかすように、オレは慌てて千葉に背中を向けた。
千葉がくすくすと笑うのが聞こえる。何か言い返してやりたくなってオレは言う。
「っつーか、『幕引き人』が本なんて読んでんじゃねぇよ」
オレたちの仕事は虚構世界、かつて誰かが想像した価値のない物語を消すことである。どう見ても千葉は矛盾していた。
「たしかに僕は本が好きだ。物語を愛しているとも言える。でも、だからこそやるんだよ」
ちらりと振り返って見ると、千葉は穏やかな顔をしていた。
「いつかアカシックレコードの問題が解決したら『創造禁止法』は
彼が見つめているのは未来だった。
「そのためにも今はアカシックレコード、惑星インフィナムを救うのが先決なんだ」
と、彼がにこりと笑い、オレは不覚にも内心でかっこいいと思ってしまった。慌てて脳で打ち消して「あっそ」と、素っ気ない返事をした。
千葉には信念があって、未来をまっすぐに見据える強さがある。そんな彼にオレは、どうしようもなくドキドキして、憧れずにはいられないのだった。