目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話 創造禁止法

 四年前に制定された「創造禁止法」は、その名の通り、一切のクリエイティブな活動を禁止するものである。アカシックレコードを守るには増え続ける記録に制限をつけるしかない。そのため、日本政府は想像および創造を禁止した。


 千葉は暇な時間に時々、本を読む。文庫本を模したデバイスを使って静かに読む。

「何読んでるんだ?」

 昼休み、まだ午後の仕事が始まるまで時間があった。退屈だったオレが話しかけると、千葉は短く答える。

「点と線、松本清張だ」

「ふーん」

 オレはミステリーを読まない。というより、読書よりもゲームの方が好きだ。そういえば、子どもの頃は自分でゲームを作っては遊んでいたっけ。

「それ、おもしろいのか?」

「ああ、なかなか引き込まれるぞ。昔の作品とは思えないくらい、文章も読みやすい」

「……それ、社会派だよな?」

「ああ」

「読みやすいんだ。意外な感じ」

 オレが正直な感想を漏らすと、千葉がデバイスの画面から顔を上げてこちらを見る。

「お前はあまり本を読まないんだろう? それなのに、社会派って言葉は知ってるんだな」

 いかにも意外といった表情だ。

「だって有名じゃん。松本清張」

「……そうだな」

 何か言いたげにする千葉だが、口を閉じてまたデバイスへ視線を落とす。

 静かに本を読んでいる姿は様になる。ただでさえ知的な顔をしているし、眼鏡もかけているからよく似合う。残念な点があるとしたら、本が紙ではなく電書であることだ。

 きっと、紙の本だったらもっとかっこよく、知的に見えるのかもしれないな……なんて思っていると、ふいに千葉がデバイスを閉じた。

 そして再びオレを見て、にやりと笑うのをこらえるように言う。

「そんなに見つめられると集中できない」

「っ……べ、別に見つめてねぇよ!」

 うっかり気を抜いて見惚れてしまっていた。顔が熱くなるのをごまかすように、オレは慌てて千葉に背中を向けた。

 千葉がくすくすと笑うのが聞こえる。何か言い返してやりたくなってオレは言う。

「っつーか、『幕引き人』が本なんて読んでんじゃねぇよ」

 オレたちの仕事は虚構世界、かつて誰かが想像した価値のない物語を消すことである。どう見ても千葉は矛盾していた。

「たしかに僕は本が好きだ。物語を愛しているとも言える。でも、だからこそやるんだよ」

 ちらりと振り返って見ると、千葉は穏やかな顔をしていた。

「いつかアカシックレコードの問題が解決したら『創造禁止法』は撤廃てっぱいされて、きっとまた新しい物語を読める日が来る」

 彼が見つめているのは未来だった。

「そのためにも今はアカシックレコード、惑星インフィナムを救うのが先決なんだ」

 と、彼がにこりと笑い、オレは不覚にも内心でかっこいいと思ってしまった。慌てて脳で打ち消して「あっそ」と、素っ気ない返事をした。

 千葉には信念があって、未来をまっすぐに見据える強さがある。そんな彼にオレは、どうしようもなくドキドキして、憧れずにはいられないのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?