アカシックレコードに記録されている価値のない情報を消すのがオレたち「幕引き人」の仕事だ。
オレが所属する六組はその中でも虚構世界と呼ばれる、いわゆる人が想像した架空の物語を担当していた。
消去するには内部に入り、虚構の住人を消す必要がある。しかも
そのため、住人たちと少なからずコミュニケーションをとり、対話をしなくてはならなかった。
無事に目標を消去し、現実世界へ戻ってきた。装置はリクライニングソファのような形をしており、戻ると同時に目を覚ます仕組みになっている。
「楽勝だったわね」
と、土屋さんが一番に立ち上がり、オレも腰を上げた。
「オレからしたら物足りないっすよ」
そう言ってから両腕を上げて背中を伸ばし、土屋さんの後をついていく。
「報告書を書くのが楽でいいじゃない」
「地味なんすよ。オレはもっと派手なことがしたいんです」
廊下へ出ようとしたところでふと気づいた。千葉が来ていない。
振り返ってみると、めずらしく千葉は遅れてついてくるところだった。思わず視線が合ってしまい、慌ててオレは前を向く。
廊下に出て数歩進んだ辺りで千葉が追いついた。
「なぁ、田村。現実世界に生きる僕たちと、虚構世界の住人との違いって何だと思う?」
「はあ?」
唐突に妙な問いを投げかけられて、オレは横目に千葉をにらむ。
「あっちには自由意志がない。こっちにはある」
「それはそうなんだが、もしも僕たちもまた、彼らのように作られた存在だったとしたら?」
まるで意味不明だ。こいつの考えていることは本当に分からない。と言いたいのは脳だけで、心ではどうしても理解してしまう。
「さっき言われたこと、気にしてんのか」
先ほどの虚構世界で一人の住人が消える間際に言ったのだ。
「それでもこの世界こそが唯一の現実なんだって、言ってたな」
「ああ。僕たちにとっても現実だと信じるものはあるが、果たしてそれが本当に現実であるかどうか、考えてみたら分からなくなった」
大真面目な顔で言う千葉に、オレはため息を返した。難しいことを考えるのが好きなのは結構だが、答えの出ない問題はシンプルに考えるに限る。
オレは前方を歩く土屋さんの後ろ姿を見つつ返した。
「もしもこれが虚構でも、お前は十分恵まれてるんだ。別に不幸じゃねぇんだから、わざわざ考えることねぇよ」
科学がいくら発展しても、最終的にはいつも哲学的な問いが残る。生命はどこから来たのか、宇宙に終わりはあるのか。しかし世の中は分からないことだらけなのだから、考えるのはほどほどでいい。
ふいに千葉が足を止め、つられてオレも立ち止まる。
千葉は真顔でじっとオレを見つめてから、優しく微笑んだ。
「そうだな。こんなに好きになれる人と出会えたんだ。それだけで十分だったな」
頬が紅潮していくのが分かる。心臓が高鳴り、どうしようもなく嬉しい気持ちになって、オレは吐き捨てながら駆け出した。
「仕事中なんだからわきまえろ!」
急いで土屋さんに追いつくと、彼女は冷めた視線を向けてきた。
「あなたもよ、田村くん。仕事中なんだから静かにしなさい」
「……はい」
むすっとしつつも素直にうなずいた。
まったく嫌になるが、千葉にはこんな調子で毎日、振り回されているのだった。