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第2話 哲学的な問い

 アカシックレコードに記録されている価値のない情報を消すのがオレたち「幕引き人」の仕事だ。

 オレが所属する六組はその中でも虚構世界と呼ばれる、いわゆる人が想像した架空の物語を担当していた。

 消去するには内部に入り、虚構の住人を消す必要がある。しかもでないとダメなのだ。

 そのため、住人たちと少なからずコミュニケーションをとり、対話をしなくてはならなかった。


 無事に目標を消去し、現実世界へ戻ってきた。装置はリクライニングソファのような形をしており、戻ると同時に目を覚ます仕組みになっている。

「楽勝だったわね」

 と、土屋さんが一番に立ち上がり、オレも腰を上げた。

「オレからしたら物足りないっすよ」

 そう言ってから両腕を上げて背中を伸ばし、土屋さんの後をついていく。

「報告書を書くのが楽でいいじゃない」

「地味なんすよ。オレはもっと派手なことがしたいんです」

 廊下へ出ようとしたところでふと気づいた。千葉が来ていない。

 振り返ってみると、めずらしく千葉は遅れてついてくるところだった。思わず視線が合ってしまい、慌ててオレは前を向く。

 廊下に出て数歩進んだ辺りで千葉が追いついた。

「なぁ、田村。現実世界に生きる僕たちと、虚構世界の住人との違いって何だと思う?」

「はあ?」

 唐突に妙な問いを投げかけられて、オレは横目に千葉をにらむ。

「あっちには自由意志がない。こっちにはある」

「それはそうなんだが、もしも僕たちもまた、彼らのように作られた存在だったとしたら?」

 まるで意味不明だ。こいつの考えていることは本当に分からない。と言いたいのは脳だけで、心ではどうしても理解してしまう。

「さっき言われたこと、気にしてんのか」

 先ほどの虚構世界で一人の住人が消える間際に言ったのだ。

「それでもこの世界こそが唯一の現実なんだって、言ってたな」

「ああ。僕たちにとっても現実だと信じるものはあるが、果たしてそれが本当に現実であるかどうか、考えてみたら分からなくなった」

 大真面目な顔で言う千葉に、オレはため息を返した。難しいことを考えるのが好きなのは結構だが、答えの出ない問題はシンプルに考えるに限る。

 オレは前方を歩く土屋さんの後ろ姿を見つつ返した。

「もしもこれが虚構でも、お前は十分恵まれてるんだ。別に不幸じゃねぇんだから、わざわざ考えることねぇよ」

 科学がいくら発展しても、最終的にはいつも哲学的な問いが残る。生命はどこから来たのか、宇宙に終わりはあるのか。しかし世の中は分からないことだらけなのだから、考えるのはほどほどでいい。

 ふいに千葉が足を止め、つられてオレも立ち止まる。

 千葉は真顔でじっとオレを見つめてから、優しく微笑んだ。

「そうだな。こんなに好きになれる人と出会えたんだ。それだけで十分だったな」

 頬が紅潮していくのが分かる。心臓が高鳴り、どうしようもなく嬉しい気持ちになって、オレは吐き捨てながら駆け出した。

「仕事中なんだからわきまえろ!」

 急いで土屋さんに追いつくと、彼女は冷めた視線を向けてきた。

「あなたもよ、田村くん。仕事中なんだから静かにしなさい」

「……はい」

 むすっとしつつも素直にうなずいた。

 まったく嫌になるが、千葉にはこんな調子で毎日、振り回されているのだった。

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