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第12話 キラキラ

 おれって誰。


 ずっと目を閉じていたら、まぶた越しに明るくなってくる。なにか夢を見ていたような、眠っていたわけじゃないのに寝ていたような安息感。まるで夕暮れの雨あがりの舗道みたいにキラキラ。


 いや、なんかおかしいだろ。

 こすりそうになった自分の目の端で、ガラスの破片みたいな雲母うんもキラキラ。


 次の瞬間、ハッとした。どこだここ。喫茶店。いやパンが焼ける香り。どこ。


 「ぉーい、起きろぉ」


 まぶた何度もパチクリさせて目の前にいる誰かが、こっち。口元に手を当てて「ぉーい」と。


 え。うそ。まさか。

 それは、おれの認識が正しければ瀬衣晶の顔だ。ちょっと雰囲気が異なるような気が、しないでもない。だが、と意識が目覚めつつあるものの、ふらつく感覚もした。あ、よろける。そう思ったら逆に誰かが隣からコツンした。あれ、なにこれ。海帆?


 「もー、ふたりの世界ひたっちゃってぇ~」

 瀬衣晶が嘆き楽しんでいるような声で言った。


 「ちょっと、ちょっと、ちょぉっとさぁ? あたしの相手もしてよねえ?」

 「あ」思わず返す「ごめん」って、ここどこ。ていうか、いま、いつ?

 おれはソファーに座っていた、らしい?

 『いやおかしいぞ、おれは立っていたはずだし。でも立ってどこにいたって?』

 冷静に考えようとすればするほど記憶が遠のいていく。夢から目覚めて夢の内容を思い出そうとするときみたいだ。あんなにハッキリ覚えていられるって感じていたはずなのに、いざ目覚めてしまえばキレイさっぱりなのさ。消えた夢の内容は追いかけないほうがいい。おれは安心して自分に言い聞かせる、夢の内容なんて忘れろ。消えるままに流してしまえ。それよりもだ、


 「ふたりともかれてるのはわかるけどさー。あたしだって部活たいへんでつかれてんだわ。ねぇ聞いてる?」

 「うん聞いてる。うんうん、うん」おれは言えた、けれども違和感が大きくて納得できない。


 「でもまあ、ふたりともこうして来てくれたんだから、あたしはウレシイなーって思うのですよ?」

 瀬衣晶は、こういう話し方する…んだっけ?

 おれの肩にコツンとしたのは、まだ眠りの中にいるっぽい仲富…海帆、だよな?


 『あれ。コイツ髪染めてたっけ。あれ』

 状況把握が難しい。そのときピンときた、ああこれって…おれは背筋を伸ばすように上半身を整えた。するりと海帆の頭がおれの股間あたりを直撃する。ちょっと待てよコラ。


 「まあ、仕方ないわよね? あたしだって逆の立場だったら、どうなることやらだもん。で、起きた起きてないどっち、話せそう?」

 前髪さらさら暖簾のれんくぐる少女のように、両手で山を作って「ん?」って表情。なにそれ…カワイイかわいすぎて悶える。おれは言う、

 「ごめんね。なんか寝てしまって」

 すると瀬衣晶…でいいんだよな、彼女がソファーに深めに座りなおして背をもたれながら、

 「いいえ、こちらこそ。あたしが遅刻したのが悪いの」とウインクしながら言った「ごめんねだよ、ほんものっ。ゆるしてちょ?」それから座ったままピョンと跳ねる仕草しぐさで「さすがに一時間は長かったかなー」

 一時間。そんなにな寝てたか。いや一時間も黙って寝顔を見ていたのもおかしいだろう。おれは言いたいことが言えずに、ポンと頭を軽めにたたいた。頭? おれの股間に顔をうずめている少女の頭だ。まちがいなく海帆だと思うんだけど、どうなんだろう。

 ん。

 うたたねとはいえ、おれは寝起きなわけだし、どうなんだ?

 おれは確認しようにも確認できない状況にとまどいながら、『どうか勃起してませんように。してたとしても気づかれる前に収まりますように』と祈ってみる。

 しかしそれにしても。一時間も眠り続けるという失態を目の前にしても、その微笑。瀬衣晶は寛容なんだな。そう思った次の瞬間、


 「いやね、あたしんとこの顧問うるさくて説教かましてくれちゃって先輩みんな帰っちゃってたしーで、こんな時刻ってわけ。まじ一時間も待っててくれてサンキュっです。ちゃ!」

 でピースサインか。


 待っててくれてサンキュってことは、あなたが遅れてきたんですね?瀬衣晶さん。おれは自然に、くちから発せられた言葉に自分で驚く、

 「あきららしいな! いつもながら通常運転っ」

 え。

 なに言っちゃってんの、おれ。

 「てへへ」しかし彼女は不機嫌になることなく「悪気は一切ないのじゃ!だからまじゴメンで赦してちゃ!?」

 「ゆるすー」なに言ってんの、おれ。このノリなに。

 「やったー!」瀬衣晶は両手を挙げて小声で叫んだ「赦してもらえたー!!」


 ん。なに、うるさいよ?

 と下のほうから低めな声が聞こえた。まぎれもなく、海帆の声だった。

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