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第3話 

 「だったら話は早いね」と仲冨が言う。なにがどう早いのか、理解できるが納得しかねる。しかし学級裁判とは厄介だ。なにしろ、公平で民主的な結論を導き出す素晴らしい方法と言われているが、当事者にとってはダメージが大きい。経験したから、よくわかる。あれは議論とは違う。戦闘と呼んだほうがいい。

 「じゃあ、ちゃんと教えて」おれは当然のお願いをするだけだ。知らなければ始まらないし、知ったからといって勝てる方法が見つかるとも限らない。だが、知ることから始めなければ進めようにも進まない。

 「うん」

 「いったい、なにがあったのさ」

 「ハッキリ言わないとダメかな」

 仲冨は急に、なにか引き下がったように言う。

 「まさか、おれが話に乗ると決まったからって、躊躇し始めたんじゃないのか」おれは問いただす「いちおう、協力できることは協力する。けど、言いたくないことだってあるだろう?」

 おれがそうだった。正直、学級裁判で訴えられたとき、事実も嘘も述べたくなかったから。話せばわかる? 冗談だろ。話してもわからないまま平行線をたどってしまったから裁判にもつれこんだ。しかも具合が悪いことに、おれの場合こちらに非があった。自覚ある。だって、嘘をついていたのは、おれのほうなんだから。よくも嘘をついたなと責められれば、嘘をついてごめんなさい、としか言いようがない。だが、おれを訴えた連中はそれをよしとしなかった。つまり、求めてきたんだ。

 嘘をついた理由を。

 どうして嘘をついたのか、なぜ人を傷つけたのかと。

 「うーん」仲冨は確かに躊躇しているが「実は」ハッキリとした口調で語り始めた「あの子どうやら男の子とかなりいい仲になったみたいなの。で、不純異性交遊で訴えられた」

 「だけじゃないんだろ?」おれは、くちをはさんでしまう。

 「え」仲冨は黙ってしまった。ごめん、話の途中で。でも、その単語を耳にして思わず反応してしまった。

 タイミングって重要だよな、ちゃんと説明を始めてくれていたのに、無言になってしまったよ。しかたない、おれが少し言うべきかな。

 「不純異性交遊とはなにか。具体的に説明できる?」おれは質問する。

 「まあ、あれよね、あれでしょ」仲冨が言葉を選んでいるのがわかる「要するに…」ふうっと息を吐いてから、まるで覚悟を決めたように声にした「やったってことなんでしょう」

 「違うと思うよ」おれはあっさり否定した「やったからって責められることにならない」

 「どうして。じゃあ、どうして責められてしまうのよ」

 「ちゃんと恋愛で付き合っている二人が恋人同士であるなら、それは純粋なこと。ただの異性交遊だ」

 「それ屁理屈」

 仲冨がすねる。わかる。その気持ち。おれはよく両親にも指摘される。おまえはすぐに屁理屈ばかり言って、と。だからそんなの承知のうえ。おれは話を続ける、

 「バレたとき、ちゃんと言えないと不純として扱われる。ただの友達です、なんて答は論外だ。ましてや」

 今度はおれが発言をためらった。うん、これ以上は言うべきではない。そう思った。

 仲冨は黙って聞いていたけれども「ましてや」と、うわごとのようにつぶやいてから「ましてや、なに?」と少しきつめの視線でおれを見る。

 しまった、完全に今のは、おれの失敗。

 どうしよう。

 「ましてや」おれも繰り返す、だがそこから先を躊躇する、話を長引かせるつもりはないのだが、くどくどした説明をしてしまうことになった「純粋ではなく不純といわれる原因をつくって」

 「たとえば?」キリっとした表情で仲冨が言う。一文字にくちびるをとじた。硬い決意のようなものを感じる。だがそれは、そこまで覚悟を決めるほどのことなのか。ちょっとおおげさなのではないだめろうか、と心配になってきた。だから言う、このさいだ、

 「いわゆる彼氏がいるのに別の男と、した。しかもその相手には彼女がいた。とかな」

 あくまでも例えとして言ったまでだが、

 「…なんでわかるの、それ」と目を丸く見開いて驚く仲冨の姿があった。

 「いや、わからないよ?」

 「ううん」仲冨は首を振らずに言う「ちゃんと、わかってる。見抜いてる。でもどうして」

 「どうしてもなにも」

 「もしかして、せいちゃんのことよく知ってるとかなの?」

 いや知らない。瀬衣晶は成績優秀者として掲示されている名前を見て知っているだけだから。ましてや、あの風貌。どういえばいいのだろう。

 「わるいけどな」おれは言う「そんなふうには見えないんだよ。きみの従姉妹が誰と恋愛しようが自由だし勝手だと思うけど、彼氏以外の男と寝る? そういうの、あんまり想像したくないんだよね」

 「好きなの?」ずいぶんストレートに質問してきたけれど、

 「いいや」おれは否定する「好き嫌いで言えば、おれはおまえが好きだ」

 「ま」

 「あ、ごめん。おまえ呼ばわりしちゃっ」た…思わず。

 仲冨は顔色ひとつ変えずに、もちろん笑いも怒りもせずに「わたしなんかより、せいちゃんのほうが似合うじゃんか」とつぶやく。それは、おれに対する発言なのか、ひとりごとなのか。

 確かめることなく会話を続けた。

 「ごめん、説明の途中でおれがくちを出しちゃったばっかりに」おれは謝罪する「だからさ」当然だ「仲冨からちゃんと話を聞かせてよ。どういう状況で、どういう理由で訴えられたのか、その経緯を」

 「うん」仲冨は首を上下に大きく、うなづいて、「いいがかりなのよ。せいちゃんは誰ともやってないわ。だって」目を閉じてしまった。

 「いいよ、無理に最初から全部を言おうとしなくても」

 声に出さずに目を閉じたまま『うん』とうなづいた。揺れる前髪、さっきよりも、ゆるめに閉じたくちびる、ちょっと眉が動く。そして、仲冨が目を閉じているこの機会に、おれは彼女の胸元を凝視する。

 うん。透けている。ほんのりとだが、淡くセルリアンブルーの色調が感じられる。ランジェリーと呼ぶよりも水着でビキニと言ったほうがいいかもしれない、そんな質感が想像できた。ああ、なんでだろう、どういう話題であろうとも、おれはこういう目で見てしまう。

 悪いな、たぶんきっと仲冨は気づいている。おれが嘘つきなのは知っているし、おれが知らん顔でいるようでいて、見るとこしっかり見て観察して心を躍らせてることも知っている。

 バレているだろうけれども、やめることなど無理だった。

 「てかさ、もし本当に」いきなり目を開けてしゃべりだすから驚いた「本当に、せいちゃんがマジでやっちまったっていうなら、わたし」

 「わたし?」

 「どーすりゃいいのよ」

 知るか。と思ったけれど、いや待てよ。

 もしかして、仲冨は仲冨で心配しているうえに、かなり困惑して戸惑っているのかもしれない。

 おれにはよくわからないけれども、いつもとなにか雰囲気が違うことだけはわかった。





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