目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
清廉を呼びつける佞悪
清廉を呼びつける佞悪
清水レモン
現実世界青春学園
2024年12月02日
公開日
3.4万字
連載中
学級裁判で勝つために、品行方正な彼女が味方にしたのは筋金入りの嘘つきだった。

第1話 邂逅

 おれが通っている予備校では毎週日曜日に模擬試験が開催されている。


 全国模試と比べたらローカルなもんさ、規模も小さくてたかがしれてる。




 それでも成績優秀者は掲示板に発表される。


 上位100名。


 そんなにいるのか、と感じたのが第一印象だった。


 そのなかでも上位20名は、大きな字で表示される。


 さらに上位5名に至っては、表彰枠と呼ばれる囲まれたゾーンで華やかだ。


 だからどうした。そう思った。第一印象で。けど。


 頻繁に予備校に通い、週末の模試が日常化し、自分の実力を知れば知るほど、無視できない存在になっていた。


 そりゃまあ、そうか。そうだよな?




 おれは、いつでも圏外。


 最高順位で234位だ。なんとなくキリがよくて覚えている。




 さて。


 成績上位者は、入れ替わる。だが常連が多いのも事実。


 表彰枠に入るのは至難の技なのだろう。他人事に聞こえるかもしれないが素直な実感だ。


 表彰枠の中に見たことはないが、常に上位20名のなかに表示されている名前のひとつ、それが。




 瀬衣晶




 セイアキラ、海百合女子の生徒だ。


 いつも名前を見て知っているが、顔は知らない。


 そんなある日のこと、階段からロビーへ下りてきた女の子たちの会話の中から、「せい」という呼びかけを耳にした。なんとなくぼんやりと自分の頭の中で、


 『ひょっとして瀬衣…セイって読むのか』




 と結びつく。


 さらに「せい」と呼ばれたであろう女子は別の女の子から「あきらってさー」となにか言われたので、




 『もしかしてアキラって晶……』


 ロビーにいたおれは掲示板を見る、そこには、11位・瀬衣晶、




 『…するとあの子が、瀬衣晶、セイアキラ…なのか』




 白さの眩しいセーラー服は半袖で、襟はキリッとした印象を与える。紺色のスカートはプリーツが細かめで、歩くたびに少し揺れている。歩き方にも個人差があるからだろう、同じ制服でもスカートの揺れ方が異なる。まわりの子たちよりもスカートが短く見えるのは、彼女の身長による視覚効果だろう。


 頭ひとつ、高い。


 じろじろ見ているつもりはないが、意識したとたんに観察していることになるのだろう。おれの脳内ひとりごとは声に出ているわけじゃないが、まるで思いに釣られたみたいに彼女の目線がこちらに来た。


 !!




 おれは予期せぬ出来事に戸惑う。もちろん他意もなく見ていただけだ。聞こえてきた会話だって、車のクラクションみたいなもの。意味などない。それなのに、




 『あの子が瀬衣晶、セイアキラ、成績上位常連の……顔と名前が一致した、ていうか読み方な』




 見て知っていたけれど、音で聞いたことがなかったから。掲示板ではルビふられていないし。


 そんなおれの意識の動きに合わせるかのように、ゆっくり、しかし着実に、彼女の目線が周囲を射る。レーザー照射のごとく、ゆっくりだけれど確実になにかを求めているような…


 で、おれと目が合った。




 別に…視線の交差なんて、よくあること。


 意味もないし、意識ものらない。だろう?


 だがどうしてか、どんなにゆっくりであろうと流れるような麗しい動きがピタッ。




 嘘だろ!! 止めるなよ?




 目線が停止。じっ。


 おれには視線を外すチャンスがあったけれど、なぜだろう、よからぬことを一瞬だけ考えてしまったんだ。いま、目を逸らしたら負け。だって、それまで見ていたことがバレるから。いや、そんなことないか。気にしすぎだよな、おれ。




 もしかしたら、おれは目線を固定してしまったのか。そう自覚した時には手遅れだった。女の子たちが会話をしながら階段を下りて来てロビーを通過していく、それだけのこと。なのに。




 すーっと自然に通過していく彼女たちの中で、あきらかに違和感を発揮する女の子。おれと目が合ったまま、つーっと。歩く、変わらぬ速度、ゆっくり、確実に出口に向かって。おれは気づくのが遅かった、彼女いつのまにか背中越しの目線になっていて、まるで振り向いたみたいな格好になっていて、




 あ。やば。




 おれが思ったのと、ほぼ同時。口元が笑って見えた。




 あまりにも速く、一瞬というより刹那の宇宙時間なのに、スローモーションでカタカタカタカタ映像コマ送りのような感触。見られた。気づかれた。いや、でも。




 さっさと目を逸らせばいいものを、おれは視線で彼女たちを見送る格好になった。見送るというより、その中の一人の女の子、その子と目を合わせたまま。おかしい。なにかが、おかしい。




 彼女たちが本当に出口から屋外へ出て、いかなる残像も消えた今あらためて冷静になって少し考えている。おれは別に彼女に興味があるわけじゃない。だろう?


 海百合女子の制服が好きか。好きだが特別というほどでもない。あえていうなら、おれはスカートがおおいかくしている腰の辺りからプリーツが揺れ動いて魅力的に見えてしまう太ももに見とれていたかった。


 そう、そうだとも。おれは太ももを見ていたかった。短いスカートだからこそのシルエットの麗しさ、その潔いまでの肉感的な生命力の強さを目で堪能していたかった。それだけだ。それだけなのに、なぜか、つい。特定の一人の女子を気にしてしまい、彼女の顔を見ているうちに思った、あ、来る、来る来る、視線、来る来ちゃう、このままだと目が合うかもしれない、って視線を望遠鏡のように固定したままスローモーションの、とりこ。




 見ているの、ばれた。見られた。


 だからって別に…


 いや、眼力がん飛ばしてたんだぞ?

 いや、そんなつもり、これっぽっちもないし。


 いや、向こうは、そうは思ってないかもよ?


 なにしろ、ずっと、こっち見てた。




 予備校のロビーは、ふたたび静寂。この校舎が生徒たちで賑わうのは模試のときだけだろう。普段は本当に誰もいないんじゃないかっていうくらいに、サイレンスがいっぱい。だからこそ、女の子たちが会話しながらっていうのが珍しくて、思わず見たし、無意識ながら会話も耳に届いてきた。


 見上げれば天井は高くて、高い位置にある窓からは青空に混じって新緑の葉が揺れ動いて見えている。ヤマボウシの枝は、やわらかそうに動くから。おれも出口へ、もう本当に誰もいない。




 ずいぶん、ひがのびたなー。




 そんなに暗い環境ではなかったはずだが、予備校の校舎から屋外へ出れば眩しく感じる。ふと、さりげなさを意識しながら周囲を観察したが、海百合女子の生徒たちの姿はもうどこにも見当たらなかった。




 で。彼女、どんな髪型。どんなアクセサリー。どんな唇。どんなふう?


 思い出せるのに、いまいちピントが合わない。ええと、と脳内ひとりごとのように映像を再確認するけれど、思い出そうとすればするほど記憶は薄れていった。




 いいや、さっさと帰ろう。おれは駅に向かって歩き出す。ヤマボウシの並木が風を受けて、鏡ほどではないけれど陽射しを反射しているみたいに見えてキラキラ感じた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?