五日後。
ノルネーミ共和国に辿り着いた。
関所の砦には兵士ではなく、武装した冒険者風の男達が待ち構えていた。
アスムの説明によれば、彼らは警護団であり評議会に雇われた役人であるとか。
君主制でないため軍を持たず代わりに腕利きの冒険者を高給で雇用しているらしい。
「――狂人、また来たのか?」
アスムの顔を見た早々、武装した冒険者風の男は言い放った。
仮にも勇者に対する台詞じゃないわ……的を射ているけどね。
男の皮肉にアスムは動じることなく頷いている。
「まぁな。議員のベルフォードさんに会いに来た。入国を許可してもらたい」
「わかった。ベルフォードさんから、お前の入国を許可するよう言われている……ん? 随分と仲間が様変わりしたな? 見ない顔が二人いるぞ」
男は私とラティを凝視する。
ちなみにラティは半魔族だとバレるわけにはいかないので、アスムが布で器用に作った
「……別にいいだろ、二人とも俺の大切な仲間だ。何か問題でもあるのか?」
「最近、奴隷の人身売買が横行していてな……このノルネーミでは、一切そのような行為を禁止し奴隷商も厳粛に処罰する対象としている。ベルフォードさんの名がなければ疑っていたところだ……現に貴様は以前、民達にイカレた商売をしようとした前科がある」
「商売じゃない。貧しき者達への施しだ。誤解しないで頂きたい!」
「……あんな悍ましいモノなど狂気じみていることに変りないだろ? とっとと行け」
男ばぶっきら棒に言い放ち、アスムは「わかった」と関所を通った。
私達も彼の後へと続く。
「アスム、さっきの人達、なんだか感じ悪かったわね……とても勇者に対する態度じゃないわ」
しばらく歩き、誰もいないことを見計らって感想を漏らした。
「ああ、この国では俺が勇者だと誰も知らないからな。彼らにとって俺は『モンスター飯』を広めようとした不審者扱いだ」
「え? どういうこと? そういえば前科があるって……」
私の問いに、アスムは説明し始める。
――このノルネーミ共和国は商人達が運営しているだけに貿易が盛んで、下手な王国より繁栄している一方で貧困の格差が大きいと言う。
特に都心部に住む商人達は富裕層ばかりであるが、辺境に行くほど貧しく日々の食事すらままならないとか。
「――今から一年前になる。疲弊した体を休めるため、ノルネーミに入国した俺達パーティは辺境の村で腹を空かせた村人達に善意で『モンスター飯』を提供したわけだが、『怪しい食べ物を無断で配っている』と密告され自警団に捕まってしまったんだ」
「え? ならその時にフォルドナ王国の勇者だと言えば良かったんじゃない? 額の『勇者の証』を見せればわかってくれる筈でしょ?」
「そう思ったが、ガルド君とダリオ君に止められた。『たとえ無償せよ、魔物肉を民に提供する勇者なんている筈がない。フォルドナ王国の名を出したら王様達の迷惑になる』とな……だからこの国では俺は一介の冒険者となっている」
言われてみればね。
大半の知的種族にとって魔物肉は禁断の食材だもの。
ましてや『モンスター飯』は未知の領域の筈よ。
私ったら、ずっとそんなのばかり食べさせられているから、すっかり感覚が麻痺してたわ……。
アスムは話を続ける。
「そんな中、俺を唯一庇ってくれたのが『ベルフォード』という評議会の議員を務めている商人だ。彼は俺が作った『モンスター飯』を実食してくれて、『今の世論では受け入れにくい料理だが、いずれは認知されて至高の逸品として化ける可能性がある』と認めてくれた。そのおかげもあって、俺達は無罪放免で解放されたというわけだ」
「じゃあ、アスムにとってその人は恩人ってわけね」
「そういうことになる。まぁ彼も根っからの商人だ。密かに『モンスター飯』を商売にしたい思惑もあったようだ。そこはきっぱり断っているけどな……」
アスムにとって『モンスター飯』は飢えをなくす世界を作るためのレシピであり、決して利益を得るためじゃないと断言している。
私もその精神だけは真の勇者だと尊敬しているわ。
「……断ったわりには、そのベルフォードって人に随分と気に入られているよね?」
「それも損得的な理由があってのことだ――彼が次に目を付けたのは、俺が所持する自家製の調味料だった。特に塩と胡椒、醤油や料理酒など高値で売れると興奮していた。あまりにもしつこく『売ってくれ!』と強請るものだから、仕方なく応じたら金貨20枚で売れた」
……確か金貨の価値って、1枚で10万Gの筈よ。
とすると、
「えぇ! ってことは調味料だけで200万G!? やばくない!?」
「だろ? だから売りたくないんだ……前世の知識で生成したとはいえ、なんだかインチキしているみたいでな。それ以来、俺は彼に気に入られて入国税も無料となっている。本来なら銀貨5枚(5万G)が必要だがな」
もろVIP扱いじゃない! 『モンスター飯』は寄食扱いだけど、それ以外は超高級品扱いなのね!
「それじゃ今回も調味料を売るつもりなの?」
「最悪の場合はな。念のためストック分はわけてある……まずは邪神パラノアの素材を売ってからだ」
関所の砦で前ではベルフォードの名をあえて出すことで、役人との不要なトラブルを避けただけだそうだ。
アスム的には積極的に会うつもりはないらしい。
こうして私達は中心部であるデルト都市へと向かった。
◇◆◇
「竜の素材だね……せめて30万Gになるけどいいかい?」
「マジか、店主?」
デルト都市の有名な道具屋にて。
アスムが邪神パラノアの素材を売ったところ、店主にそう言われてしまった。
流石の彼も納得せず形の良い眉を顰めている。
「一応、そこそこ名のある黒竜なのだが……」
「そうニャア! いくらなんでも安すぎニャア! アースドラゴン(野生の陸竜)の素材だって300万Gはくだらないニャア!」
あまりにも低価にニャンキーでさえ猛抗議する。
「仰るとおり本物の竜ならね。でもこれ模造品だろ? よくできているけど」
「なんだと?」
店主の話によると魔道具により鑑定した結果、そう評価されたとか。
実際に
「……確かに
「でしょ? 鑑定器だって壊れてないよ。他のモノは正確に評価されているんだからね。30万Gだってベルフォードさんの知人と聞いたからの値段さ」
「……わかった。その値段でいい」
結局、30万Gで売ることで成立した。
ラスボスなのに野生の竜より安価なんて……しかも偽物扱い。
けど不思議ね。
実際にアスムは斃した邪神パラノア解体し、竜田揚げやステーキを何度も私達に提供したり、背脂を調味料にもして使用しているわ。
それなのに魔道具の鑑定で
「……なるほど、そういうことか」
店を出てアスムは〈
「どういうこと?」
「――ラティと同じだ。邪神パラノアは野生の
「そうか! つまり
「ああユリ、そのとおりだ。だから調理法も通常の竜と同じ方法で良かったというわけだ……クソッ、そうとわかっていれば、最初っからあんな無茶などしなくても良かったのにぃ!」
あ、あのぅ、アスムさん……半ギレしているところ悪いんですけど、その言い方だとパラノアの肉が通常の竜と同じなら、「わざわざ斃しに行かなかったのにぃ!」と聞こえまっせ。
「だから店の魔道具による鑑定も、不正に形成された竜の素材だから
「そういうことだ、ニャンキー……すまん。とりあえず30万Gを渡しておこう」
アスムは申し訳なさそうに売れた全額をニャンキーに手渡した。
「まったく拍子抜けじゃのぅ……所詮は見栄えだけのハリボテというわけじゃな」
「そうだけど、あんたが言ったら駄目なやつでしょ!」
平然と不満を漏らす嘗ての魔王に、私は素早くツッコミを入れた。
いくら記憶がなくても、あんたがそんな邪神を受肉させ黙示録として