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第48話 新たな目的地

「――ごちそうさまでした! いやぁ明日夢殿、実に美味しかったぞ! おかげで皆の腹も満たされたようだ! 本当に感謝しかない!」


「気にしなくていい。俺はただ飯を振る舞っただけだ……あと伊織さん、これをキミの〈アイテムボックス〉に入れてくれ」


 アスムはイオリに下処理済みの『オーク肉』を渡した。


「良いのか?」


「ああ、俺はいつでも狩れるから構わない。それと『モンスター飯』の基礎は全て教えたからな。今後、旅を続ける中で路銀と食料が尽きたら試すといい。このご時世だ、食糧難はしばらく続くだろう」


「……何から何までかたじけない。皆の平和のためにも、一刻も早く魔王と邪神を斃さねばな!」


「あ、ああ……そうだな(言えない。そこの茂みに隠れて喚いているのが、その魔王とはとても……)」


 アスムは珍しく他人に気を遣っている。

 こうして勇者同士の交流と食事会は終わりを告げた。


「――では明日夢殿、この度は大変世話になった」


「旨かったよ、勇者アスム。あんた男だけどいい奴だ」


「数々の無礼をお詫びします。勇者アスム様に、我が女神リエスタ様のご加護を」


「困ったことがあったら私達を頼ってね。貴方になら手を貸すわ」


「……また会おうね、アスム」


吟遊詩人バードとして、アンタの詩を作ってあげる。イオリ様の次に尊敬する勇者としてね」


 イオリを始めパーティ女子達もアスムに対し警戒を解きフレンドリーとなっている。

 彼女達は全員がイオリ狙いの百合ばかりなので異性ではなく友達として見ているようだ。


「ありがとう。俺もキミ達に会えて良かった。またどこかで会おう」


「そうだな、では――」


 イオリ達は手を振って歩き出した。


「おい、伊織さん!」


「ん? どうしたのだ、明日夢殿?」


「そっちは山頂だ! ヒポグリフの巣があるぞ!」


「おお、そうか……すまん。では、こっちだな」


「いやそっちだと、より樹海の中へと入り迷ってしまうぞ。おい、エルフの姉さんとリトルフの嬢ちゃん、森に詳しいあんたらならナビゲートしてやれるだろ?」


「……いつも精霊達に聞くけどワタシも迷ってばかり」


「ボクも方向オンチだから。ごめんね~」


 ごめんねじゃねーよ。っと、アスムは心の中で思った。


「……この森を抜けたいのなら、まず向こう側を真っすぐ進め。するとイサラン国が見えてくる」


「おお我らの目的地ではないか! そこに魔王軍の四天王でありリーダー格とする『朱雀のベニザ』がいる筈だ! 我らでそ奴を倒し、魔王城の場所を聞き出そうと思っている!」


「……すまん、そいつは既に俺が斃してしまった(ここは正直に伝えよう)」


「なんと!? して魔王城の場所は!?」


「遥か上空に浮かぶ巨大な島だ。常に移動を続けているらしく、俺では行くことが難しいから別の手段を模索しながら旅を続けている(半分は嘘だ)」


「そ、そうか……だが行ってみる価値はあるな。よし皆、イサラン国を目指そう!」


 イオリの掛け声に、女子達は「おーっ!」と拳を掲げ、歩き始める。

 ポンコツだけど統率力だけは半端ない。


 しかし、


「だからそっちは山頂だぞ! どうして教えた方向の真逆を歩くんだ!?」


 重度なまでに方向オンチぶりを発揮する勇者イオリとパーティ達。

 基本、善人のアスムは放置できず追いかけては軌道修正していた。

 イオリ達はようやく真っすぐ歩き出し、アスムは見送りながらホッと胸を撫でおろしている。


「……ありゃイサラン国に辿り着けるかわからんな。まぁ、ある意味、好都合かもしれんが……だが悪い人達じゃないだけに放っておけない」


 アスムは呟きながら茂みまで歩き、こっそりと覗き込む。

 そこには私とニャンキーで、暴走するラティをロープでぐるぐる巻きに縛りつけ必死で押さえつけている姿があった。


「アスムゥ! 妾にもポークソテーとやらを食わせてたもうぅぅぅ!!!」


「……わかった。一応、人数分はストックしてある。みんなで食べよう、な?」


「流石はアスムじゃ! さぁユリとニャンキー! 早う、このロープを解くのじゃ! いい加減、幼女虐待じゃぞ!」


 失礼ね! 誰が虐待よ!

 半魔族のあんたが、イオリ達の前に出て行ったら絶対にややこしい事になるから引き止めたんじゃない!

 もし魔王だってバレたら問答無用で斬られちゃうんだからね!


 しかし力強えーな、こいつ!

 二人掛かりでも押えるのがやっとかよ!

 五人の子持ちであるニャンキーは、「こうするしか止めようがなかったニャア、ごめんニャア……」と自責の念にかられて縛っていたロープを解いた。


「よし! これで自由の身じゃ! ユリとニャンキーもみんなで食べるぞ、なぁ!?」


 拘束されていたことを気にしない、ある意味で器が大きく寛大な心を持つラティ。


「……私はいらないわ。なんか胸焼けしそう」


「ボクもだニャア……さっき食べたすき焼きとうどんが喉元まで戻ってきてるニャア」


 寧ろ押えつけていた側が大ダメージを受けているじゃないのぅ!

 結局、ラティだけでポークソテーを美味しく平らげている。

 この幼女、どれだけの大食女なのよ……。


 私とニャンキーが疲弊したことで、今日はその場で野宿することになった。


「このまま五日ほど歩けばノルネーミ共和国が見えてくる。まずはそこで色々と用を足したい」


 就寝前、焚火の前でアスムが予定を伝えてきた。


「共和国ってことは君主制じゃないってことね?」


「そうだ。20年以上前に先代の魔王軍による侵略で王国が滅亡しており、それから有力な商人達で評議会を作って以来、ずっとその体制で都市を統治している国だ」


「用を足すことって何?」


「一つはニャンキーのギャラを払うためだ……そろそろ120Gだっけ?」


「そうだニャア。家族の仕送りが滞っているから、もう限界だニャア」


 半年以上も滞納していればね……ニャンキーも、のほほんとしていて大変なのね。

 するとアスムは見惚れるほどキリっと顔を引き締め始める。


「――しかし肝心なのは、俺が無一文という点だ」


「そこドヤ顔で言う台詞じゃないわよね!? てかギャラどうすんの!? 相変わらず、その場しのぎの無計画じゃん!」


「ユリ、人聞きが悪いな……最初は無計画じゃなかったんだぞ。邪神パラノアを討ち取り、そのままフォルドナ王国に戻っていれば王様から相応の褒美の報酬金が貰えていた筈だったんだ。しかし……ラティの件もあり、しばらくあの国に戻るわけにはいかない。ラティが魔王である以上、逆にこの子を連れて戻った方が王様達の迷惑になるしな。世間だって種族達の怨敵を許すことはないだろ?」


「そうだったわね、ごめんなさい……」


 だから私達はラティを普通の少女に戻すため、旅を続けなければならない。

彼女の身体に宿る『魔王の権利』を取り出すため、その方法を探すため――。


「……うむ、このポークソテーサンドも美味じゃぞ! ふわふわのパン生地に醬油とバターの風味とフレッシュな肉汁が染み渡り、より食欲をそそりおる! さらにオーク肉の柔いのに噛み応えの食感といい、噛めば噛むほど旨味が溢れ出され格別の逸品じゃ!」


 ラティはオーク肉のポークソテーサンドをかぶりつきむしゃむしゃ食べている。

 ちょっとぉ、今あんたの話をしているんですけど!

 何、能天気にナイスな食レポしてんの!? どれだけマイペースなのよ!


 アスムはそんな美味しそうに食べるラティを微笑ましく見つめる。


「……大丈夫だユリ、俺に考えがある」


「考えって?」


「邪神パラノアの牙と角、それに爪や鱗など売ってみる。竜だと言えば、そこそこの高値で買い取ってくれるだろう……そのために何でも買い取ってくれるノルネーミに向かっているわけだ」


「なるほど考えたわね」


「……まぁな。それでも足りなかったら苦肉の策として自家製の塩と胡椒を売ればいい……俺が所持する調味料は何故か高く売れるからな」


「そういえば、それも謎の調味料だったわね?」


「別に普通に作っているだけだがな。塩は海水を煮詰め濾過ろかを繰り返し最後はフライパンで水分を飛せば完成する。胡椒の方は果実を収穫して乾燥させて粉末状にしているだけだ……何故か異世界ゼーノの種族達は不純物を取り除くのが下手でな。だから俺が作る塩と胡椒は喜んで高額で買い取ってくれるというわけだ」


 アスム曰く「調味酒と同様、前世の知識を活かして作っている」と、やたら早口で瞳を輝かせ生き生きと語っている。

 もう拘りが細かすぎて凄いのか狂気じみているのかわからなくなってきたわ……。


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