『――では頼みましたよ、女神ユリファ。
「御意。それとゼーレ様、邪神パラノアはどうしているのです? 『無窮の牢獄』で消滅したのでしょうか?」
『いえ、存在していますよ。ここまで詳細に情報が引き出せたのも、パラノアと司法取引をした成果ですからね』
「司法取引? つまり情報提供に協力する代わりに消滅を免れたということですか?」
無論、神界にそのような制度などない。
大まかなことは『主神委員会』に委ねられ、彼らによって決められた処分を実行することになっている。
反面、主神が創造した異世界で起こったことに関しては、その主神に決定権が委ねられていた。
にしてもよ。
いつも『主神委員会』に頭が上がらないゼーノ様にしては、随分と思い切ったことをしたものだ。
『そうです。とはいえ、パラノアは二度と女神を名乗ることはできません。今後は私の下で永遠に雑務を行うよう〈
〈
大抵は取り交わした禁を破れば、その時点で精神体が弾け飛び完全に存在が消滅するよう神霊術式が施されている筈。無論、呪解は『主神委員会』の神々でさえ不可能よ。
女神使いが超荒いことで有名なパワハラ主神ゼーノ様の奴隷になったと言っても大袈裟じゃないわ。
だからラノベ脳に侵された、ざまぁ展開大好きの転生勇者なら「ぬるいわ~、死ななきゃざまぁになりませんわ~」などと愚痴るだろうけど……あのねぇ、寧ろ消滅した方がマシだと思えるほど追い詰められることだって世の中にはあるんだからね!
クサレ上司の下で働くとはそういうことよ! ゼーノ様を舐めちゃいけなんだから!
こうして重大な情報を得てゼーノ様との通信を終えた。
◇◆◇
時は通常に戻り、小休止を交えて私はアスムと二人だけとなる。
林の中で、私が知る全てをアスムに打ち明けた。
「……そうか、心春はその『イシュタム派の邪教団』に隔離されている可能性があるんだな?」
「ええ、あくまで可能性よ。それとラティの件は誰にも知られたらいけないって……あとは『魔王の権利』という宝玉をどう取り出して破壊するべきか……課題は多いわ」
「やはり『山代 洵』に会うべきだな。奴なら何かしら知っているかもしれん」
「勇者ジュンね……彼は信用できるの? 私は以前、彼の夢の中で何度かコンタクトを取ったことがあるけど、いつものらりくらりしていた記憶しかないわ」
「ユリの言うとおり、あいつはそういう奴だ。だがニャンキーと同様、特に拘りがなく無欲と言える。山代は基本、自分の世界を侵されなければ動くことは決してないだろう」
どこで知り合ったか知らないけど、アスムにしては珍しく勇者ジュンに対して嫌悪感を含んだ言い方をしている。
まぁアスムを利用して魔王城の場所や邪神パラノアの情報だけ与えて、自分は山で引きこもっていただけだからね。
「――どちらにせよ、心春が
柔らかく微笑むアスムに、つい私の胸がドキドキと高鳴る。
これってワンチャンいけるかも……って何を考えているの私ったら!
「そ、そんなことないわ……私もアスムの協力がないと、ラティを守り切れる自信がないわけだし……」
「無論、ラティは俺が守る。そして、あの子を狙うイシュタム派の邪教団とも戦おう。案外、心春の情報も奴らから聞き出せるかもしれないからな」
「うん、アスムならそう言ってくれると思ったわ……一緒に頑張ろうね」
「ああ頑張ろう! そうだユリ、腹が減ってないか?」
「いえ別に……」
「そうか、今その辺で何か獲って来てやるからな! ニャンキー達と一緒に待っていてくれ!」
アスムは有無を聞かず勝手に言い出し、木々の隙間を駆け出して行った。
あっ、駄目だ……会話が成立してない。
すっかりテンション上がりすぎて狂人スィッチが入ったみたい。
やっぱ心春ちゃんが
約40分後。
私達が待機していると、アスムが戻ってきた。
やたらと満足気だ。
「思わぬ収穫があったぞ」
そう言い〈アイテムボックス〉から二体のモンスターを出してきた。
「また何よ、それぇ!?」
つい私は声を荒げてしまう。
一体目は子供くらいの大きさを持つキノコ型の魔物だった。
形状は椎茸に似ており笠の全体が青色で赤い斑点が見られている。
柄の部分に申し訳なさそうに小さな手と足が生えており、中心には目と口が存在し恨めしそうな形相を浮かべ屠られていた。
「こいつは『ピルツメンチ』だ。笠裏のヒダから胞子が放たれ、近づく者の身体を麻痺される毒性が含まれている。『魔力抜き』すれば問題なく食べれるぞ」
なんでも移動中に発見し斃したそうだ。
「……見た目以上に超危険な魔物じゃない。アスムは何ともなかったの?」
「今の俺は体質が変わり魔力が放出できなくなっている。元仲間の|
アスムが言うには一定時間ならピルツメンチの胞子に耐えることができるのだとか。
「けど今は魔法が使えるのよね?」
「マインに頼み施してもらった〈
「結果オーライとはいえ、完全に呪われていたんじゃない……過去におけるモンスター飯の失敗が原因とはいえ、そこまでリスクを冒す意味があったのか疑問よ」
まぁおかげで、アスムは超イケメンになったんだけどね。
当の本人は一切気にせず、狂気的グルメ志向に沿ってもう一体の魔物を見せてきた。
いや正確には一頭か……かなり大型な魔物だ。
鷲のような頭部と上半身で両翼を持ち、下半身は馬そのもの。
グリフォンと雌馬との間に生まれる|
通常は山岳地帯に巣を作り、空腹の時だけ地上に降りて獲物を狩るという。
巨体な見た目に反し、素早く大空を駆けて知的種族達や他の魔物を狙ってくるのだとか。
しかも頭部は鷲に酷似しているため、人間の6倍以上の視力を誇り遠く離れた位置からでも獲物を捕捉できるようだ。
「このヒポグリフが一番の収穫と言っていいだろう……近くの山頂に巣があったようで、遠くから俺を見た途端、上空から襲ってきたので逆に狩ってやった。グリフォンより気性は大人しいと言われ上級の|
相手を狩る以上、自分も狩られる覚悟を持たなければならない。
それが弱肉強食の摂理だと、アスムは語る。
「アスムぅ、妾は腹が減ったぞい。何か食べさせてたもう」
ラティが待ちくたびれ空腹を訴えている。
この子はいつでも空腹だけどね……どんな胃袋しているのかしら?
「今、下ごしらえをするから待っていろ。こればかりは手を抜くことはできん」
アスムは両腰に携えた鞘から出刃包丁を抜き、魔物の解体を始める。
お化けキノコのピルツメンチはいくら切っても出血が見られず、断面も鮮やかなクリーム色で綺麗だった。
醜悪な顔面の部分を削ぎ落し、手足をカットすればただのデカいキノコとなる。
「ちなみにピルツメンチの手と足も『魔力抜き』さえすれば食べれるぞ。あと、このまま放置すると新たな顔が生えて蘇生する。だから焼き殺すしかないというわけだ」
「いらないプチ情報だわ……まさか、そのまま食べたらその人もキノコ化してピルツメンチになっちゃうとか?」
「……さぁな」
「なっちゃうのね? ならそう言えばいいじゃない……どうして濁すのよ?」
「アスムは過去、『魔力抜き』に失敗してピルツメンチになりかけたことがあるニャア」
彼の師匠的存在であるニャンキーが暴露してきた。
何でも一緒だったハンナの回復魔法で解毒して事なきを得たとか。
そ、そうなの?
勇者がキノコの魔物を食べて、自分までキノコのお化けになりかけるってどーよ?