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第42話 邪神の指導者

 アスムの妹であり『日野 心春』について、主神ゼーノ様から新たな情報が語られる。

 それはあまりにも衝撃的な内容だった。


『女神ユリファ……前回、貴女に「魂譲渡」についてお話しましたよね?』


「はい……まさかコハルの魂は?」


『ええ、パラノアが横領して既に別の邪神へと渡っていました。しかも相手は邪神達の元締めと思われるおぞましき存在です』


「じゃ、邪神達の元締め!? そんなのがいたのですか!?」


『――邪神イシュタム。嘗て私の上司であった第一級の主神です』


「主神!? ど、どうして最高神が邪神に堕ちたのでしょうか……?」


『貴女が知らないのも無理ないでしょう……この私でさえ、その名を耳にしたのは実に一千年ぶりです。とっくの前に他の異世界で勇者に敗れ消滅したものと思っていたのですが……』


 イシュタムは神界にいた頃はとても優秀な神であり、たった数年で主神に昇格した女神だ。

 主神となり自分が創造する異世界を「地球で浮かばれなかった多くの魂を癒す楽園の理想郷ユートピアを創る」ことを目指していた。


 だがバグのように発生する魔王と他国同士の欲望と怨嗟による戦争が幾度となく続いたことで、イシュタムは絶望し自分が創造した異世界を見限り放棄したという。

 それは最高神であろうと重罪であり、イシュタムは神界から追放されたそうだ。


『イシュタムが神界から去った後、私が彼女の異世界を管理し引き継ぎました。この異世界ゼーノはその前進となった世界なのです』


「……そうだったのですね。だからこの異世界ゼーノは、いっちょ前に歴史だけは古かったのですね?」


ちなみにゼーレ史以前の世界を「旧世界イシュタム暦」とされているが、神界では黒歴史扱いとなっているため「古代神暦」と濁した形で伝えられているとか。


『いっちょ前とは失礼ですね……まぁいいでしょう。噂ではイシュタムは闇堕ちし邪神になったと耳にしていましたが、あの者が他の異世界を強奪したという話もなかったので、てっきり失敗しパラノアのように狩られ消滅したかと思ったのですが……』


「実際は神界から出て行った神々を闇堕ちさせ邪神にさせる指導者プロフェッサーとして、ずっと暗躍していたと?」


『はい、女神ユリファ。そういうことになります……そして闇堕ちしたパラノアが邪神となる際に、イシュタムに献上した魂が勇者アスムの妹である「ヒノ・コハル」というわけです』


「しかし、どうして邪神になるのにコハルの魂を?」


『なんでもイシュタムがそれを強く望んでいたとか……どういうわけか、あの者は魔王討伐に失敗し朽ちた勇者達の魂を集めているようです。またそれを条件に嘗て主神だったノウハウを活用し多くの邪神を育成していると……そうしてイシュタムが指定する異世界を標的に邪神が魔王を生み出し混沌へと導いているのです』


 だからパラノアもやたらと用意周到だったのね……まさに邪神専門の手ほどきプロデュースを受けてってわけだ。


「ですがゼーノ様、イシュタムがコハルの魂を譲渡されていたとして、パラノがアスムに話していた、この異世界ゼーノに彼女が転生しているとは限りませんよね?」


『そこは間違いないと、パラノアは主張しています。イシュタムは嘗て自分が創造した、この異世界ゼーノに異様なほど執着を見せているようです。万一、パラノアが失敗した際の保険として、予め「ヒノ・コハル」の魂を別の姿として異世界ゼーノに転生させると言っていたそうです』


「失敗した時の保険……まさか」


 私の言葉に、ゼーノ様は「ええ」と首肯する。


『――コハルを新たな魔王とするためでしょう』


「……ということは、今度はイシュタム自身が侵略に動くということですね?」


『そういうことです。ですが魔王ラティアスは生きています。異世界の魔王は1名のみと定められ、『魔王の権利』も唯一無二の宝玉です。本来、今の魔王が斃されれば自動的にイシュタムの手に宝玉が戻り新たな邪神に渡すという……例えるならバトンリレー方式だったそうです』


 主神ゼーノ様も嘗て地球の人間だっただけに、あちら側の文化に沿った用語で例えることが多い。


「要するに『魔王の権利』がイシュタムに渡らない限り、新たな魔王は誕生しないということですね?」


『そのとおりです。ラティが生きている限り転生したコハルが新たな魔王になることはあり得ません。それはイシュタムも邪神として異世界ゼーノで影響を与えることができないことを意味しています』


 なるほど、そういう意味ではイシュタムの関与を阻止できているという意味か……。

 どうやら思わぬ偶然が重なり、奇妙な形で異世界ゼーノの新たな危機が回避できているようだ。


「では尚のことラティを生かす必要がありますね?」


『……はい、今はそう判断せざるを得えないでしょう。ですがイシュタムも相当執念深く狡猾な邪神です。既に自身を崇拝する「イシュタム派の邪教団」に何かしら指示しているかもしれません。おそらく転生しとされるコハルも、その者達によって何処かへ隔離されている可能性があります』


 次の魔王候補である以上はきっとそうでしょうね。

 まぁとりあえず、ラティを殺生する話が消えてよかったわ……。

 あの子が存在している限り、新たな魔王の誕生を阻止できただけじゃなく、イシュタムの動きも封じたことになったからだ。


「ではゼーノ様、これから私達はどのように動けばよろしいのでしょうか?」


『――まずはラティから『魔王の権利』を取り出せるかを調べるのです。そして直ちに宝玉を破壊するべきでしょう。次にイシュタム派の邪教団を壊滅させれば、イシュタムは二度と異世界ゼーノに干渉することなく手も足もでなくなります』


「わかりました。勇者アスムにその旨を伝えます」


『ただし魔王ラティアスが幼女ラティに変化して生きていることは決して外部に漏らしてはいけませんよ。ラティアスが生きていると知れば、イシュタム派の邪教団がラティの命を奪ってでも「魔王の権利」を手に入れようと狙ってくるでしょう』


 確かにそうね……狙う側が狙われる側になってしまうわ。

 しかも盲目的な邪教徒ほどなりふり構わずというところがあるからね。

 あっ、そうだ……気をつけるべきはイシュタム派の邪教団だけとは限らないわ。


 ――私はついさっきまで『召喚の女神リエスタ』とやり取りした内容をゼーノ様に報告する。

 ゼーノ様は『あちゃ~!』と髪の毛のない頭をペシっと叩いた。


 そして、


『……女神リエスタを焚きつけたのは私の責任です。申し訳ありません』


 っと珍しく自分の非を認めた。


「リエちゃ……いえ、女神リエスタによると、つい最近転移させた勇者達は目的のためなら手段を選ばないエグイ連中ばかりだと、この私に脅迫めいた言動が聞かれておりました。とても権威ある女神とは思えない形相で……まさか勇者アスムと戦わそうとしているのではないでしょうか?」


 ここぞとばかり話を盛ってチクってやる。

 しばらくあの子の風当たりも冷たいでしょう、ざまぁね!


『確かに女神リエスタも行き過ぎるところがあります。ですがある意味で使命に忠実とも評価できるでしょう。それに引き換え女神ユリファ……勇者アスム以外で貴女が過去に召喚してきた勇者達は何をしていたのですか? スローライフやハーレム展開とはどういう意味なのでしょうか?』


 知らないわよ! どうしてチクった私が逆に愚痴られるの!? 可笑しくね!?

 んなのラノベ脳に侵されている勇者共に直接言ってよ!


『とりあえず女神リエスタには、私の方から「勇者同士の殺し合いは絶対に禁忌」だと念を押して伝えておきます。それより勇者アスムに協力してイシュタム派の邪教団を討伐せよと指示しておきます』


「わかりました……ラティの件は女神リエスタに話すのですか?」


『いえ、そのことは私と貴女との秘密です。結果オーライだったとはいえ、異例の事態には変わりありません……女神ユリファ、下手をすれば「主神委員会」から貴女の責任が問われてしまうかもしれません』


 主神委員会とは、最も偉大で古き主神によって厳選されて集められた神の中の神達であり、悪事をやらかした神に処分を与える権限を持っている。

 異世界の管理を放棄したイシュタムを追放に追いやったのも、主神委員会の主神達だ。

 ぶっちゃけ関わりたくない神達ね……。


「で、ですよねーっ」


 私は思いっきり笑顔を引き攣らせる。

 ラティの存在を知られる=「即ち死」だと覚えておこうっと……。


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