イサラン国を出て間もなくした頃。
(ん? 私の〈アイテムボックス〉に保管してある水晶球から受信反応があるわ)
移動中に気づいた。
アスムにその旨を伝えると、彼は「では小休止しよう」と言ってくれて立ち止まる。
(きっとゼーノ様ね……すっかり忘れてたわ。つーか、もうかれこれ1カ月以上も経つんだけど! 「無窮の牢獄」に収監されているパラノアから話を聞き出すのに、どんだけ掛かっているのよ!)
不満を漏らし、〈アイテムボックス〉から透明の水晶球を取り出した。
やっぱり点滅している。神界からの呼び掛けね。
私は水晶球を上空へと放った。
水晶球は一定の距離で浮遊し、眩く光輝が発せられる。
この瞬間から周囲の時間が停止された。
そして光に照らされた地面から立体的な映像が浮かび上がっていく。
緑色の長いツィンテール、小柄のスレンダーな体形でとても可愛らしい美少女。
けど少し胸が寂しいわ……。
「ん? このシルエット……ゼーノ様じゃない。だ、誰?」
『ユリ先輩ぃ、おひさーっす!』
第三級にして召喚の女神リエスタだ。
神界では後輩キャラを装いながら、いつも私に食って掛かる嫌味な子よ。
「……リエちゃん、何の用よ?」
『いやぁねぇ……なんかぁ、先輩のとこの勇者がぁ邪神パラノア斃したっつーじゃないっすか? ガチかなぁって思って聞いてみようと思ったっす』
「本当よ。私の超優秀な勇者アスムが見事にやってくれたわ。リエちゃんとこの
いつも嫌味を言われるから、ここぞとばかりマウントを取ってやる。
でもリエスタは一切動じない。
寧ろ冷静に大きな瞳を細め、じぃーっと私を見つめていた。
『へーっ。んで超優秀な勇者アスムは、当然ながら魔王ラティアスも斃したんっすよね?』
「え、ええ……そうよ」
『にしちゃ可笑しいっすよねぇ……ウチが召喚させた勇者達から「主軸世界」に戻れないってクレーム来てんすよぉ? どうなっているんっすかぁ?』
リエスタが言うには、大ボスである邪神パラノアを斃したのに、召喚した勇者達は主軸世界の『地球』に帰還できてないことを怪しんでいるようだ。
ちなみに転移勇者達は異世界でいくら歳を重ねようと、地球に帰還する際は当時の時代と年代で戻れるという制約がある。
「……知らないもん。そちらの事情でしょ? ゼーノ様に聞けばいいんじゃない」
リエスタもゼーノ様のパワハラぶりにびびっているからね。
どうせ聞くに聞けなくて、私に問い質してきたんでしょ?
『本当っすかぁ? 実は魔王ラティアスは生きているんじゃないっすかぁ? ユリ先輩ぃ、実は何か隠しているんじゃないっすかぁ?』
まるで刑事のように、しつこく追及してくるリエスタ。
「そんなわけないでしょ! 何を根拠にそんな戯言など……」
『――それじゃ、どうしてユリ先輩は神界に留まったままなんすぅ? 戻れない事情があるからっしょ~?』
ぐっ! す、鋭い……口振りはクソ舐めているけど、頭はキレるのよね……しかも傲慢で手段を選ばないタイプ。
ある意味、神その者といえる子――。
けどね……私だって第二級まで上り詰めた女神よ。
受けたパワハラと修羅場の数なら負けてねぇっつーの!
「――それには理由があります。勇者アスムが『神のなる権利』を拒み続けているからよ。リエちゃんだって知ってるよね? 今じゃ神も人手不足ということを……だから彼を説得するため滞在しているのよ。ゼーノ様にも許可を頂いているわ」
どうよ、我ながら完璧な言い訳だわ。
こう見ても神達の間じゃ「逃げ上手のユリファ」って呼ばれているんですからね!
あっ、でもあまり自慢できることじゃないわ……。
『……本当にぃ? ユリ先輩、ガチで言い訳上手いっすからね……まぁいいしょ。今はそういうことにしておいて、魔王ラティアスの件はウチらで調べるっすよ』
「好きにしたらいいわ」
『けどね……』
不意にリエスタの雰囲気が変わる。
『――最近ウチが転移させた勇者達の中には、目的のためなら結構エグイこと平気でする奴らもいるから気をつけた方がいいっすよ……ガチで』
「ど、どういう意味よ?」
『ただの忠告っす。ウチだってユリ先輩に何かあったら嫌っすからね……まぁ、その姿が滅んでも先輩は女神に戻るだけっすけど。んじゃ、またぁ!』
言いたいことだけ告げ、リエスタは一方的に通話を切った。
「ムカつくわ! 何が忠告よ! 思いっきり脅迫じゃない!」
以前、リエスタが「ウチが本格的に『魔王討伐』の任を与えられたのはつい最近」だと言った。
それまでは、私に対する嫌がらせ感覚で『転生勇者』にブッキングさせる形で数人ほど転移召喚させる程度だったわ。
アスムとユウヤ達がその例ね。
しかし数カ月前、成果を出せない私にゼーノ様がイラつき、リエスタにも本格的に魔王討伐を言い渡されたことで、彼女の野心に火がついたようだ。
最近じゃ「クラス転移」は勿論、現役の殺し屋や軍隊に至るまで見境がなく転移させていたと聞く。
あの妙な虚栄や自信もそこから来ているようだ。
とは言え、勇者同士の戦闘は御法度とされているわ……どういうつもりの忠告なのかしら?
すると上空の水晶球が再び点滅している。
「またリエちゃんね! もうガチでしつこいんだけど――もういい加減にしてよね! 暇なの、ねぇぇぇ!!!」
私は頭にきて応答に出る。
『――誰が暇なのですか、女神ユリファ?』
なんと今度こそ本物のゼーノ様だった。
「はわわわわわ! も、申し訳ございませぇぇぇんッ!!!」
映し出されたスキンヘッドの白髭爺に向けて、私は深々と頭を下げて謝罪する。
主神ゼーノ様は『まぁいいでしょう』と頷いた。
『女神ユリファ、貴女に幾つかお話があります――まずは地上で神の力を解放した件についてですが』
げぇ、もうバレたのね!
チッ! 何か言い訳を考えなければ……。
『今回は不問とします。元はといえば、パラノアが神としての禁を破ったことがきっかけですので……
「はい。大いなるご慈悲、ありがとうございます」
ラ、ラッキー! あっぶねぇ……もし神位降格とか言い渡されたら、そのツルピカ頭を磨きに行ってやろうと思ってたわ! 恐ろしくて絶対にできないけど……。
『それと貴女に報告したいことがございます』
「邪神パラノアの件でしょうか?」
私の問いに、ゼーノ様は『はい』と首肯する。
『――無窮の牢獄に収監されているパラノアから、魔王ラティアスについて情報が得られました。そのラティという少女、やはり10年前に邪教徒達が拉致された少女であり人身御供として捧げられ、魔王ラティアスとして生まれ変わった模様です』
「ではやはり、邪神パラノアが勇者アスムに斃されたことで生前の姿に戻ったと?」
『そういうことになります。パラノアの呪縛から解放され、生贄に捧げられた当時の姿となり記憶や魔王としての力を失ったのでしょう』
「しかしラティは半魔族のままです……」
『それは彼女の体内に宿る「魔王の権利」が影響しています』
「魔王の権利?」
主神ゼーノ様の話によると、『魔王の権利』とは生贄として捧げられる際に邪教徒によって体内に埋め込まれた宝玉らしく、その力によってラティは邪神の巫女として魔王ラティアスへと変貌を遂げたようだ。
『――「魔王の権利」を有している限り、ラティはずっと半魔族のまま「魔王ラティアス」として存在し続けるだろうと、パラノア本人が話していました』
「つまり『魔王の権利』を体内から取り出せば、ラティは魔王でなくなると?」
『……はい。ですが決して容易ではありません。パラノアの口振りでは、邪教徒によって心臓と融合させた可能性が高く、「ラティアスを殺さない限り、神力を持っても取り出すのは不可能だ」と証言しています』
「そ、そんな……」
『ただし、それはあくまで物理的な話です――固有スキルであれば不可能を可能にする場合もあります。特に
「確かに……強き魂の力は、ほんの瞬き程でも神の力を凌駕するとされています。勇者アスムに伝え、なんとかラティから『魔王の権利』を取り出す方法を探して見せましょう」
このままだと、またラティを『殺生しなさい!』って無茶ぶりを言われ兼ねないわ。
難しいけどやるしかない……ラティのためにも!
アスムとなら大丈夫よ、きっと!
『女神ユリファ、その件は貴女に委ねるしかないでしょう。それともう一つ、勇者アスムの妹「ヒノ・コハル」についても情報があります――』