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第40話 新たな道に向けて

 女神の力を解放した私は淡く薄い水色アイスブルー髪を縛り直し、最高位聖職者アークビショップの姿に戻る。


「もう大丈夫よ、ガルドくん」


「……し、信じられん。血が止まった……痛みも引いた気がする」


 ガルドは上体を起こして腕を振るい確認している。

 もう回復の傾向が見られているようね。

 つい先程まで寝たきりとは思えないタフネスぶりだ。


 あのアスムが「防御力バカ」と皮肉るのも頷ける。

 きっとガルドだから四カ月間も耐えていられたのね……常人ならとっくの前に死んでいるわ。

 とはいえ重傷には変わりない。

 私は扉を開け、廊下で待機しているアスム達を呼んだ。


「もう大丈夫、呪解は成功したわ」


「本当ですか!? ガルド様ぁぁぁ!」


 ハンナは一目散に部屋へと入って行く。

 もう恋しているの確定ね。


「ユリ、ありがとう……もしかして『力』を使ったのか?」


 アスムの問いに、私は黙って頷いて見せた。


「ア、アスム様ぁ! ガルド様が……ガルド様が起き上がっています!」


 興奮して叫ぶハンナに、アスムは「わかった」と冷静に答え部屋に入る。


「う、嘘ッ! あれほど重傷だったのに……信じられません! まさに神業の奇跡です!」


 廊下で見ていたシスター・ジェシナは口を押え吃驚している。

 そりゃ女神パワーですもん、当然しょ?

 私はドヤ顔でニャンキーとラティと共に部屋に戻った。


「回復魔法はハンナさんに任せますね。ただ血液も大分失っているから、しばらく安静ですよ」


「はい! ユリ様、ありがとうございます! まるで本物の女神ユリファ様のようです!」


 一応、本物なんですけどね……。

 けど大騒ぎになるから、最高位聖職者アークビショップが成せる技としておくわ。

 するとアスムが近づき私の耳元に唇を近づけてきた。


「……どうしてユリがやらない? お前なら失った血液もすぐに戻せそうだが?」


「野暮だからよ」


 小声の問いに、乙女としてそう答えた。

 アスムは「そうか」と意味を理解したのか、ガルドとハンナに向けて優しい微笑を浮かべる。


「ガルド君の回復を祝って、俺が『邪神パラノアのステーキ』を振る舞ってやろう!」


「だから無理させんなって!」


 まったく、この男のグルメ志向だけは治癒しようがないわ。


 それからアスムとガルドは昔話に花を咲かせた。

 一方でラティは「腹が減ったぞぉ、アスムゥ!」とボヤいているので、アスムが〈アイテムボックス〉保管していた『邪神パラノアのステーキ』を提供している。


「うむ、美味じゃ! ミディアムレアで焼かれた肉が柔らかく噛み応えのほど良いバランスが、肉汁の旨味となって口に中へと広がっていくではないか! 流石はアスムじゃ!」


 何度も言うけど、それ、あんたのご主人様の哀れな末路よ。

 よく平然と食べれるわ……いやマジで。


「……アスム、そういえばマインとダリオの二人はどうした?」


 ガルドは訊いてくる。

 名前が挙がった二人はアスムとパーティを組んでいた仲間達であり、マインが魔法士ソーサラーの女性で、ダリオは冒険者ギルドで知り合った盗賊シーフ職であり罠術士トラッパーの男性だと説明を受けた。


「実はガルド君が重傷を負った後、パーティを解散している。その時、ダリオ君は怒ってとっとと出て行き、マインは魔王城に行くため〈転送魔法門ゲート〉を施してもらってから離れている……すまん、ガルド君。ところで金を貸してくれないか?」


「そうか、私が不甲斐ないばかりに……どうして金が必要なんだ?」


「いや、ガルド君のせいじゃない。勇者として仲間を守り切れなかった俺の力不足だ……実はニャンキーに支払う報酬金が三カ月ほど滞納している。せめて90万Gだ」


「いや、アスム。お前はよくやった。現にこうして無事に戻ってきてくれたのだからな……怪我人の私に金をせびる貴様の神経がわからない。そういうの治した方がいいぞ」


 何だろう、この二人……互いを労いながら、何故かお金の貸し借りを相談しているわ。

 結局、アスムが論破され「……わかった、他の方法を考えよう」と折れた。



 それから五日後、ガルドは無事に完治する。

 異様なほどの回復ぶりに、シスター・ジェシナは勿論、町長のノールマンや町中の人達が驚異を抱いていた。


 アスムはその間、復興を手伝う傍ら『モンスター飯』料理の再指導のため、町中を巻き込み強制参加を徹底させている。

 その鬼教官ぶりにノールマンを始め町の人達の料理スキルが大幅にアップしたとか。


「――アスム。本当にフォルドナ王国に戻らんのか?」


 療養施設の前で旅支度を終えたガルドが言ってくる。

 全快した彼は至高騎士クルセイダーの姿となっており、隣にはハンナが笑顔で寄り添うように佇んでいた。

 もう微笑ましくて、お似合いの二人に見えてしまうわ。


 アスムも双眸を細め、そんな仲間達に笑みを零す。


「ああガルド君……俺にはまだやらなければならないことがある。すまないが、王様達にはキミから報告しておいてくれ。さっき渡した邪神パラノアの爪を見せれば斃した証拠になる筈だ。あとユウヤ君達にもよろしく」


「わかったよ……だがユウヤとリンとナオの三人は『転移勇者』だ。平和となったと同時に、元の世界に戻っているかもしれん」


「え? そ、そうか……うん、どうだろうな」


 アスムは目を泳がせ、何気に私の方を見つめてくる。

 確かに『転移勇者』の使命は「魔王ラティアスの討伐」だからね。


 彼が斃したのは、あくまで邪神パラノアのみ――。


 一方の魔王ラティアスは、さっきから私の隣で町の人から貰った肉まんみたいな食べ物を呑気に頬張っているわ。

 つまり『転移勇者』が戻れないということは、まだ魔王が生きていると証明するようなもの……。


 そう考えれば、アスムはフォルドナ王国に戻るべきじゃない。

 仮に戻っても言及されるだけだし、確かシーリア王女という面食い女がアスムにぞっこんだと聞いている。

 なまじ私に似ている分、下手に求婚されてもウザいだけだからね!


「……アスム。お前、やっぱり何か隠しているだろ? 私はお前の教育係でもある……お前は狂人だが嘘が下手だ。寧ろ自分に素直すぎてムカっとする」


「ガルド君は相変わらず無礼だな……やはり付き合いが長いキミに隠し事はできないようだ。しかし話すわけにはいかない。きっと全てを知れば、立場のあるガルド君とハンナに迷惑を掛けてしまう。だが信じてほしい……これからも俺はこの世界を守り続ける。その気持ちに嘘偽りがないことを」


「――わかっている。お前は嘘をつかん。だからあえて言及はせんよ。しかし困ったことがあれば、いつでも声を掛けてくれ」


「ありがとう、ガルド君……では早速90万Gを貸して――」


「それは駄目だ」


 アスムが言い終わる前に、ガルドは即否定する。

 これぞ阿吽の呼吸、私も見習うべきだわ。

 ガルドはフッと笑う。


至高騎士クルセイダーとして、である勇者殿に力を貸そうという意味だ。じゃあな、アスム。あとユリ殿もありがとう。貴女には心から感謝している……貴女のようなお方が傍にいてくだされば、その狂人勇者も人並みに振る舞うことができるでしょう」


「いえ、そんな(自信ねーっ。これまで散々振り回されっぱなしだもん……)」


「酷いなガルド君……それじゃ元気でな。ハンナも達者でな」


「はい! アスム様にユリ様、本当にありがとうございますぅ! ニャンキーさんとラティちゃんも元気でね!」


「ではまたな、アスム!」


 こうしてガルドとハンナは祖国フォルドナへと戻って行く。


 アスムは見えなくなるまで二人の背中を見送っていた。

 なんだか寂しそうだ。

 特にガルドとは喧嘩ばっかりしていたけど一番仲が良かったと聞く。

 ハンナも転生した時から一緒で、ずっと親身に彼を支えてきた間柄だ。


「……今回、ユリには本当に感謝している。前世でも俺は友と呼べる者がほとんどいなかった。心春が死んでから塞ぎ込んでいたこともあるが、そもそも人付き合いが苦手だった。あの二人は俺にとって最高の友であり異世界ゼーノの家族なんだ」


「アスム……」


 彼の横顔を眺め、私はぎゅっと胸が絞られる。

 私も前世では心臓が弱く、ずっと床に臥せていたから友達と呼べる存在はいなかったわ。

 だからアスムの気持ちは痛いほどわかる……。


「――よし、俺達も行こう!」


 アスムは気持ちを切り替え、反対の方角に向かって歩き始める。

 私達は慌てて彼の後を追う。


「ちょっとぉ、行くってどこに?」


「俺と同じ転生勇者――『山代 洵』のところだ。奴なら心春の情報と、上手くいけばラティのことも何かしら知っているかもしれん」


 そうして私達も新たな道に向けて旅立った。


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