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第39話 女神ユリファの奇跡

 ある意味で狂戦士化バーサークした勇者アスム。

 その後、あれだけウェルカムだった町の人達が誰一人として寄りつかなくなった。

 おかげでいい意味でも悪い意味でも、スムーズに町の中を移動できている。

 特にラティは町長が作った出汁巻き卵を食べながら歩いていた。


「確かに甘すぎじゃのぅ……出汁もさほど効いておらん。こりゃアスムが激怒するのも無理ないぞい」


「だろ、ラティ?」


「もう、ぶり返すな! 重篤の仲間ほっぽいて、どんだけ道草食ったと思ってんだよ!?」


 食うなら出汁巻卵だけにしてよね! てか、それも食べていい状況じゃないわよね!?

 どこまでマイペースなの、こいつら!


 そんな会話を繰り返して、私達はある大きな建物の前に辿り着いた。

 如何にも新設された真っ白な外壁、どことなく病院っぽい造りだ。


「この施設でガルドさんが療養しているニャア」


 事前に町長から場所を聞いていた、ニャンキーが教えている。


「……以前は野営テントだったのに……ガルド君、ハンナといいところに住めて良かったな」


「良いわけないでしょ! とっとと行くわよ!」


 私はアスムの手を引っ張り施設の中に入る。

 純白の修道服に身を包んだシスターが立っていた。


「これは勇者様、その節は大変ありがとうございます」


「久しぶりだな、シスター・ジェシナ。ガルド君に会いに来たのだが……」


「はい、奥の部屋で休まれております……ただ呪いの進行が日々進み、ほとんど動くことができておりません」


「……そうか、わかった」


 アスムは思いつめたように俯き、そのまま部屋へと入る。


 広い個室に大きなベッドが設置され、大柄の男性が横たわっていた。

 全身に包帯が巻かれており、辛うじて口と鼻と片目だけが露出している。

 その包帯も至る箇所から血が滲んでおりとても痛々しい。

 彼がガルドで間違いないわね。


 さらにベッドの脇に神官服を纏った女性が懸命に看病していた。

 腰元まで伸びた薄茶色髪に瞳は琥珀色のとても清楚感溢れた綺麗な顔立ちをしている。

 どうやら彼女がハンナね……けど話に聞いていたより、ずっと大人びているわ。

 そういえば、あれから四年の月日が流れているのだから当然ね。


「……アスム様? それにニャンキーさん?」


「やぁ、ハンナ。無事に戻ってきたぞ」


「アスムはたった一人で魔王城に乗り込み、奴らを壊滅させたニャア!」


「――ほ、本当なのか?」


 掠れた声で、ベッドに横たわるガルドが言ってくる。


「ああ本当だ、ガルド君。こうして証拠もあるぞ」


 アスムは〈アイテムボックス〉から巨大な『邪神パラノアのお頭』を取り出して見せる。

 ちなみに、ここで披露して良いモノでは決してない。

 案の定、シスターに「不衛生なのでやめてください、勇者様!」と激オコされた。


「……すまない、些か調子に乗りすぎた。ガルド君、どうか安心してほしい」


「あ、ああ……10年ぶりに青空が戻り、脅威が去り世界に平和が戻ったと実感している……ありがとう、アスム。お前こそ真の勇者だ……ぐふっ」


 ガルドは吐血し、ハンナが慌てて「無理しないで、ガルド様!」と付着した包帯を取り換えようとする。


「……ハンナ、今はいい。ま、まさか……本当に邪神に勝つとはな。ま、魔王はどんな奴だった?」


「え? いや……噂通りの魔女だった、うん」


 アスムはチラっとラティに視線を向ける。


「……な、なんか様子が変だな、アスム。貴様・ ・がそういった態度を見せる時は必ず重要な何かを隠している時に限る。本当に魔王を斃したのか?」


 流石、アスムと付き合いが長いガルドくん。

 重篤にもかかわらず速攻で見抜いたわ。


「た、斃したと言えば……なんと言うか無力化はしたぞ、うん」


「嘘は言ってないが、物凄く曖昧な言い方だな……そこの小さい女の子と綺麗なお嬢さんは誰だ?」


 疑惑の矛先を私達に向けてくる。


「私はユリと申します。長きに渡り魔王城に囚われていたところ、勇者様に助けて頂きました」


 どーよ、この完璧な言い訳ぶり。

 伊達に主神ゼーノ様のパワハラから逃げて来たわけじゃないんだから!

 さらに私は説明を続ける。


「そして、この幼子は私の妹ラティで同じく囚われていました。ただ魔王の幹部達に良からぬ術を施されてしまい半魔族化しており、それを解くため勇者様に同行しております。そうですね、ラティ?」


「ママ~、妾は腹が減ったぞい」


 ちょっと、どうしてママなのよ!? 妹って設定よね!? だったらお姉ちゃんでしょ!

 やべぇよ、こいつ! 食レポ超うめぇ癖に芝居クッソ下手ッ!


 でもガルドとハンナには上手く誤魔化せたっぽい。


「……そうか、それは失礼した。ユリ殿と申したな? 以前どこかで見た記憶があるのだが……なぁ、ハンナ?」


「はい、とてもお綺麗な方で……ハッ! 女神ユリファ様! そうです、親愛なるユリファ様の銅像にそっくりです! ですよね、アスム様ぁ!?」


「ん? そうか? 銅像の方がもう少し整っていたような気がするがな……ユリ?」


「そういうの直接私に聞くのって可笑しくない!? あんたにはデリカシーってものがないワケ!?」


 どうせああいった銅像は拡大解釈されて彫られてますよーだ!

 リエスタなんて貧乳の癖に意図的におっぱい大きく彫られてるからね!


 私が涙目で抗議すると、扉越しでシスター・ジェシナがガン見して「んんッ!」と強く咳払いをされた。

 どうして私だけ怒られるの!? 理不尽じゃね!? 一応、あんたらが崇める女神なんですけど!!!


「……とにかく、これで……私も肩の荷が下りた。安心して逝くことができる」


「嫌です! そんなこと言わないでください、ガルド様ッ! きっと女神ユリファ様が助けてくれます! どうか諦めないでください!」


 弱気なガルドに対してハンナは両目に涙いっぱい浮かべ励ましている。

物凄く献身的で健気だ。自分を守るため深手を負ったとはいえ、普通ここまで必死にはなれない。


それこそ好意でもなければ……あっ、そういうこと。


長きに渡り旅を続ける中――ハンナはガルドに淡い恋心を抱くようになったのね。

そういえばアスムがイケメン化した時も、カッコイイとは認めつつデーモン族と勘違いして威嚇してたし、彼女は男性を外見より中身で見るタイプなんだわ。

きっとガルドの力強さと真面目さに惹かれたのでしょうね。


同じ乙女として胸が熱くなるじゃない……なんとかしてあげられないかしら?


 ――って待ってよ。


 私、女神じゃん。

 この地上でも唯一無二の最高位聖職者アークビショップやん。


「ちょっと失礼」


 そっと私はガルドの身体に触れる。

 邪神パラノアが生成した毒針による回復系を無効化にする呪い――神界魔法の〈無窮の痛みエターナル・ペイン〉で間違いないわ。


 無論、地上で使用するなんて御法度であり禁忌よ。

 これだもの……人族のハンナでは呪解できない筈だわ。

 もしアスムが食らっていたら異世界ゼーノは終わっていたでしょうね。


 けど私なら――。


「アスムにハンナさん……少しの間、退室してもらっていいかしら?」


「どうした、ユリ? 腹でも減ったか? これからガルド君を元気づけるために『邪神パラノアのステーキ』でも作ってやろうかと思ったのだが……」


「ちげーよ! 奇跡見せてやろうって言ってんのよ! そんな胃もたれするようなモン、重篤患者に食わせようとすんなッ!」


「奇跡だと?」


 アスムの問いに、私は片目を閉じて見せる。

 狂人の彼もようやく察したのか「わかった。ガルド君のこと、よろしく頼む」と頭を下げ、みんなを連れて部屋から出た。


 そして私とガルドだけとなる。

 私は縛っていた髪を解き、神衣を纏う『導きの女神ユリファ』となった。

 神々しく淡い光輝を宿した私をガルドは目を見開き見入っている。


「ユ、ユリ殿……まさか貴女は……」


「このことは内緒ですよ」


 私は人差し指を立て唇に当てて秘密にするようお願いする。

 勿論、ここで女神の力を使うのも御法度よ。

 でも世界平和に貢献した者を見捨てるほど、私は薄情な女神じゃない。

 神界に戻った時のペナルティは覚悟しているわ。

 まぁ戻れたらだけどね……。


 私はガルドの胸に手を添える。


「この者を蝕む悪しき力を解き放ちたまえ――〈神聖呪解法ゴッド・ディスペル〉!」


 女神の力を注ぎ込み〈無窮の痛みエターナル・ペイン〉を解除し浄化していく。

 次第に皮膚の血色が改善され、出血も止まったように見えた。


 よし、問題なく呪解の成功よ!


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