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第38話 グルメ勇者の本懐

 今から約四カ月前。

 イサラン王国は魔王軍に10年間ほど支配されていた。

 最初に占領された国だけあり重要拠点として、強固な砦による防壁が幾つも張り巡らせていたという。


「イサランの真上には、例の浮遊する孤島が遥か上空にあり魔王城がある。〈転送魔法門ゲート〉を生成するにも、出来るだけ近づかなければ不可能だと仲間の魔法士ソーサラーに言われた。したがって防壁を突破し、陣を張る魔王軍を一掃し解放する必要があった――」


 速足で移動しながらアスムが当時の事を語り始まる。

ニャンキーの固有スキル〈偽装誘引フォルス〉で敵本隊を誘導し、手薄になった砦を掻い潜る作戦に出た、当時のアスム達。

 策略は見事にヒットし、あっという間に砦の占拠に成功したそうだ。

 そして騙されたと戻ってきた本隊を盗賊シーフにして罠術士トラッパーでもある仲間が幾つも罠を仕掛け壊滅寸前まで追い込んだ。


 だがそこで一つ問題が発生する。


 当時、本隊を仕切っていたのは魔王の側近であり最高幹部である四天王のリーダー格『朱雀のベニザ』が数々のトラップを突破し、アスム達に襲い掛かってきた。

 ベニザは背中に赤い双翼が生えており、同じ四天王であるダドラと同様の嵌合改造キメラ型の魔族で空中戦を得意とする。

 さらに炎を自在に操り、上空から爆炎を何度も放ってイサラン国を民ごと火の海に変えよう仕掛けてきた。


 至高騎士クルセイダーガルドの防御スキルで辛うじて難を逃れたアスム達だったが、ベニザの炎攻撃が逃げ遅れたハンナに向けられてしまう。

 ガルドは身を挺して彼女を守り深手を負う中、普段は『モンスター飯』以外では感情を表に出さないアスムが初めて激怒する。


 アスムはダメージ覚悟で仲間の魔法士ソーサラーの支援魔法で遥か彼方にいるベニザに刃を振るい、斬首してなんとか勝利を収めたのだ。


「ハンナは見習いの頃と違い、現在は『聖女』と謳われる一流の回復術士ヒーラーだ。言うなればパーティの要と言っても良いだろう。ベニザはそれを察し、勇者の俺への嫌がらせで、あえて強烈な炎弾を彼女へと放ったのだ。わざわざ炎の中に呪術が施された毒針を仕込ませてな」


「それでガルドくん・ ・が庇って深手を負うと共に呪われたというわけね……それでどんな呪いなの?」


「なんでも回復魔法を無効化する呪殺が施されているとか……しかも邪神パラノアが生成した最新型の呪術式が施され、毒針も炎如きでは溶かされない硬質な精度を誇る。あの防御力バカのガルド君の肉体を貫くほどだ……ハンナの腕を持っても呪解は難しい」


 落ちぶれたとはいえ、邪神とて神であることに変りない。

いくら優秀な逸材でも、一個人がどうこうできるレベルじゃないでしょうね。

 その後はアスムが話してくれたとおり、パーティを解散して今の状況に至っているというわけだ。


◇◆◇


 アスム達の活躍で魔王軍の脅威が去った、イサラン国。

 戦いから四カ月ほど経過していることもあり、かなり復興が進んでいる様子だ。

 けど所々に焼け残った家屋が見られ、まだ当時の名残りが見られている。


 そして長きに渡り侵略されていたことで未だ危険区域であり、外交など遮断されたままで物資不足が続いているらしい。

 けど、そういう割には通り過ぎていく町の人達はやせ細っていない。

 皮膚の血色もよく至って健康に見えるわ。


「――当時のイサラン国は、特に食料事情が酷かった。俺が旅立つ前、民達に『モンスター飯』を伝授し飢えだけは凌げてくれたようだ」


 アスムは周りを眺めながら満足気に微笑を浮かべる。

 私はそんな彼に違和感を覚えて首を傾げた。


「え? 大切なレシピを教えて良かったの?」


「別に独り占めにするつもりはない。皆が食に困らない世界を造る――それが、俺が考案した『モンスター飯』の本懐だと思っている」


 普段あれほど『モンスター飯』に異様な執着と拘りを見せる狂人なのに、アスムのこういった部分は真の勇者だと思う。


「おお、貴方は勇者アスム様ではありませんか!?」


 不意に一人の小太りの男が現れて満面の笑顔を見せた。

 彼の名はノーマンと言い、35歳の若さで町長を務めているらしい。

 すると、他の町人もこぞってアスムを囲み始める。


「その端正なお顔立ちは間違いない! 私達を悪魔から救ってくれた英雄だ!」


「あの時は助けられました! 感謝しきれません!」


「本当にありがとうございました!」


 皆が国を救ったアスムの功績を称え感謝している。

 これよ、これ。これが本物の勇者よ!

 ラノベ脳に侵され自由気ままに振る舞っている転生者達に見せつけてやりたいわ!


「いつ見ても麗しいお顔立ちです、アスム様ぁ」


「本当に素敵なお方……見惚れてしまいます」


 おや!?

 アスムのルックスにやられてしまった女性達も群がってきたわ!

 唾つけても駄目よ! 彼は将来的には私と一緒に神となって、永遠のイチャラブをブチかますと決めてるんだからね!


「ノーマン町長、久しぶりです。ガルド君の様子を見に来たのですが……彼は生きているか?」


 アスムの問いに、ノーマンは目を反らし渋い顔を見せる。


「ガルド様は生きてはおられますが……そのぅ、危険な状態であります。医師からは、生きているのが不思議なくらいで、もういつ逝かれても可笑しくないと……」


 相当、酷いようだ。

 アスムは「そうか……」と悲しそうに呟き、ハッと何かを思いつく。


「――ところで町長、俺が教えた『モンスター飯』はちゃんと民達に伝授されているようだな。安心したぞ」


「え? ええ……おかげ様で。近場の魔物を狩ることで、こうして飢えだけは凌げております、ハイ」


 急に余所余所しくなる、ノーマン町長。


「なら一品、食べさせてくれないか? 何でもいい、出来栄えを確認したい」


「は、はいぃぃぃ!」


 アスムの注文に、町長は背筋を伸ばし駆け出して行く。

 急に周りの民達が、サッと私達から離れ始めた。

 え、あれ? これってどんな状況?

 間もなくして、ノーマン町長は皿に乗せた手料理を持ってくる。


「……バジリスクの出汁巻き卵です、ハイ」


 恐る恐る提示してきた。


 バジリスクとは鶏のような頭部と胴体に蹴爪を持ち、尻尾が毒蛇となっている醜悪な姿をした大型の魔物だ。

 元々は頭に王冠のような鶏冠が生えた大型の毒蛇だったが、進化して形を変えて今の姿となったとか。

 バジリスクの最も恐ろしい能力は眼力攻撃であり、なんでも目を合わせるだけで毒に侵されるという。


 以前アスムは町長らに「攻撃力と抵抗力レジストが低い者がバジリスクを狩るには『ミラーアーマー』が最も有効だろう」と自費で作った鎧を譲渡し、狩猟方法まで伝授したそうだ。

 ちなみにミラーアーマーとは頭部から上半身に至るまで鏡で覆われた鎧であり、この鎧を纏うことでバジリスクの眼力攻撃を跳ね返させ、カウンタ―で自滅させることが可能となる。

なんか嘘っぽいけど、アスムが実際に使用していたのでそこそこ有効みたいだ。


「教えたとおり、しっかり『魔力抜き』はされているがどれ――いただきます」


 アスムは合掌して箸で出汁巻卵の一つを掴み口に入れる。


 刹那


「――違う! これは俺が教えた出汁巻卵じゃない!」


 いきなり難癖をつけてきた。


「す、すみません、勇者様……私は料理が苦手でして、ハイ」


「苦手とかの問題ではないぞ、町長! いいか、出汁巻卵はシンプルで作りやすい反面、料理人の腕が問われる繊細な料理なんだ! 腕とは技術だけじゃない! 美味しく食べてもらおうと願う気持ちも含まれているんだ! この出汁巻卵に愛があるのか!? 食材が泣いているぞ! もう一度問う、これに愛があるのか!?」


 やたら「愛」を強調する、アスム。

 しかも凄い剣幕だ。その迫力にノーマン町長は「すみません!」と平謝りだった。

 町長も自分で作らず、奥さんとかに作ってもらえば良かったのに……。

 けど流石に可哀想に思えてきたわ。


「もう、アスムったら! 食べれるなら、それでいいじゃない?」


「甘いな、ユリ……この出汁巻卵より甘々だぞ! 料理とは食べてもらう側だけじゃない! 食材も尊重しなければならん! いいだろう、町長! 民達全員に俺が手ほどきしてやる! 今から招集をかけてくれぇぇぇぇい!」


「ちょい、いい加減にしなさいよ! ガルドくんはどうしたのよぉぉぉ!?」


 私の言葉にアスムは「……ん? ああそうだった」と、ようやく思い出す。

 正気を取り戻した勇者に、ノーマン町長はほっと胸を撫でおろし、町の人からは「こういうところさえなければ、本当にいい勇者様なのに……」とボヤかれた。


 ですよねーっ。


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