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第37話 脱出と生還

 樹海に入り、およそ20日後。

 ようやく森を抜けることができた。

 アスムの話だとすぐに人里が見えるとのことだが……。


「何も見えないわ……どういうこと?」


 私達は断崖に立たされている。

 雲海の遥か遠くの方に山脈や海しか見えない。


「ユリ、真下を見ろ。今時なら国が見える筈だ」


 アスムに言われるがまま、私は急斜面の絶壁を覗き込む。

 すると、薄くなった雲の隙間から町らしき建物が小さく密集している。


「崖下に町があるわ……しかしここ、随分と高所ね?」


「ああ何せ、この島全体が浮遊しているからな」


「え!? そうなの!」


「気づかなかったか? 魔王城は上空に浮遊する島に建てられた要塞だ。したがって誰にも発見されたことがない。ずっと空を黒く染めていたのも、そのためだろう」


 アスムが言うには、この島全体が古の超高度な永久魔法で作られた島国らしく地上と変わらない暮らしが可能だと言う。

 したがって野生の動物や魔物も普通に生息しているとか。

 だから息苦しくなく、水も豊富でちゃんと火も起こせたのね。

 私も初めて異世界ゼーノに舞い降りたから気づかなかったわ……。


「俺達が魔王城を見つけられたのも、『山代』からの情報だ。奴は自分の固有スキルを介してあらゆる精霊と対話ができるとか……奴なら心春の行方がわかるかもしれん」


 ――山代 洵、私が導いたアスムと同じ転生勇者だ。

 けど彼の固有スキルは私でもわからない。


 よく固有スキルは神の恩寵ギフトと言われるけど正確には違うわ。

 あくまで本人の内に秘めた『魂力』を具現化させた唯一無二の特異能力よ。

 それを『スキル覚醒儀式』で呼び起こし形にするというわけだ。

 中には能力が過去の偉人達と同質であったり似たり寄ったりするけどね。


「うむ、木を隠すなら森。つまり暗闇に紛れることで目立たなくしていたのだな。やるではないかえ!」


 感心してんじゃないわよ、ラティ。

 もとはと言えば、全てあんたの仕業でしょ?


「ここから地上に行くには魔王城の敷地にある〈転送魔法門ゲート〉が必要となるが、既に俺が破壊しておいた。残党軍は二度と地上に降りることはできんだろう」


「え? じゃあ、私達はどうやって降りるの?」


「問題ない。俺の仲間だった魔法士ソーサラーが別れた餞別に〈転送魔法門ゲート〉を作ってくれている。俺とニャンキーはそれを利用して、この島まで来れたんだ」


「そう、良かった……それでどこに魔法が施されているの?」


「この崖の真下だ」


「え! まっ、真下ぁ!?」


「当然だろ? わかりやすい場所だと敵に俺達が潜入したことがバレてしまう。だから崖の中間辺りに設置してもらい、俺とニャンキーはそこからよじ登って来たわけだ」


 アスムの勇者としての身体能力と軽快なミーア族であればそう難しくないとか。


「ということは……私も崖から降りなければならないってわけ?」


 え~っ怖っ。

 女神だから背中から翼を生えて飛ぶこともできるんだけど……ここでの使用は禁じられているのよね。


「安心してくれ、帰りは降りるだけだ。そう難しい作業じゃない。なんなら俺がおぶってやろうか?」


「えっ、いいのぅ!」


 やったぁ、ラッキー! アスムってば超優しい! 外見だけじゃなく内面もイケメンなのよねぇ!

 どうよ、これぇ! ラノベ脳に侵された「男女平等」とか抜かす主人公きどりの勇者達に見せてあげたいわ!

 それにアスムと密着できるし、彼の温もりや匂いも満喫できるぅぅぅ!

 ワオッ! できればお姫様抱っこがいいなぁ……。


 などと私が浮かれていると、


「うむ、アスムよ! 妾をおんぶしてたもう!」


 ラティがひょいと彼の背中に飛び乗る。


 おんどりゃぁぁぁ! 何しとんねん!? そこ私の指定席ぃぃぃぃ!!!

 けどラティには甘いアスムは「しかたないなぁ」と受け入れている。

 ク、クソォ……ここで怒鳴ったら流石に大人げないわ。

 すると、アスムは私に向けて片手を差し伸べる。


「ラティは軽い、片腕で十分だ。ユリも問題なさそうだからな……抱きかかえる形ですまないが、俺でよければ支えよう」


「え!?」


 やっべぇ、これ! 思わぬ形のチャンスだわぁ!

 でかしたわ、ラティ! もう好き! 元怨敵の魔王だけど大好きよ!


 そうして私はアスムに抱き寄せられ密着する。

 彼の逞しい腕が私の腰へと回り抱き寄せられた。


 ああ、なんて力強く心地よい温もりなのでしょう……それにめっちゃいい匂い! もう最高ッ! いやマジでぇ!

 私はここぞとばかりに合法的に堪能する。


「――ではニャンキー、準備はいいか?」


「大丈夫だニャア! 先に行ってるニャア!」


 ニャンキーは両手足を広げ、そのまま崖から飛んで行った。

 あれ? ちょっと待って……。


「アスム……ニャンキーさん、崖からダイブしちゃったんだけど? そういえば両手が塞がった状態でどうやって降りるの?」


「決まっている――飛んで落ちる」


 アスムは私達を抱えたまま崖を蹴って飛び降りた。


「やぁ、やっぱりぃぃぃぃ――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 私は涙目となり絶叫する。

 万有引力の法則に則り急降下で落ちていった。


 絶叫するあまり胃液が逆流し、目と鼻と口からも色々な汁が上昇し飛び散ったかもしれない。

 多分、アスムの端正な顔にかかってしまったかもしれない……そこは素直にごめんなさい。

 それに一瞬だけ、前世で死に別れた両親と猫のミーちゃんの姿が浮かんだわ……。


 直後、断崖絶壁の中央に大きな魔法陣が浮かんでいることに気づく。

 先に落ちていったニャンキーは魔法陣に吸い込まれ姿を消した。

 そうか、あれが〈転送魔法門ゲート〉ね!


「二人とも、しっかり掴まってろ!」


 アスムは勇ましくそう告げる。


 カッ、カッコイイ~!

 言われなくてもそうしているわ! もう一生は離さないんだからぁ!

 ああん、幸せぇ。


「アスム……ユリの顔がなんか怖いぞ。目が虚ろで特に鼻の穴が三倍ほど膨らんでおる。まさか邪悪な魔物が憑依しているのではないかえ?」


 憑依されてないわよ、ラティ! 変なこと言わないでぇ!

 乙女としてちょっと堪能してただけじゃない! 具体的に説明しなくていいからね!

 てか、わざわざチクってんじゃないわよぉぉぉ!


 こうして私達も魔法陣に吸い込まれ、その場から姿を消した。


◇◆◇


 気がつけば私達は地上に降りていた。

 私とラティはアスムから離れる。

 ぶっちゃけ名残惜しいけど、女神として夢から目覚めなければならない。


「あの〈転送魔法門ゲート〉は二度しか使えない。今ので完全に消え、残党の奴らは二度と地上には戻れないだろう」


「事実上、魔王軍の壊滅ニャア。そのうち食料も尽きて寿命を迎えるニャア」


「ニャンキー、そのとおりだ。まぁ連中も俺のように『モンスター飯』の知識があれば命を繋ぐことが可能なのだが……これまで散々他者の命を奪ってきた報いだな」


 敵には割と容赦がない、勇者アスム。

 転生してから五年間、奴らの非道ぶりを目の当たりにした結果だろう。

 自業自得と言えばそれまでだ。


「とはいえ、地上に降りた残党軍が未だ各地に猛威を振るっている筈だ。今後はそういった連中とも戦わなければならないだろう」


「まさか残党狩りでもするつもりニャア?」


「時と場合にもよる。邪神と魔王が不在となった今は各国に委ねよう……あとは点在する勇者達にもな」


 何気にチラっと私の方を見てくる、アスム。

 同調して「そうよね!」と相槌を打ちたいけど、そんな連中を導いた女神の私にその資格はない。

 てか、私だってラノベ脳に侵された勇者達に関しては被害者側だと思っているわ!


 そうして森を抜けると、さっき頂上から見下ろした町が見えてくる。


「――イサラン王国だ。今は国王が不在だがな」


 何でも10年前、最初に魔王軍の侵略に遭った国であり防衛戦に敗れた王族と貴族達は逃げ出し他国へ亡命しているとか。

 もう魔王軍の脅威が去ったと伝えれば戻ってくるだろうと、アスムは語っている。


「あれから四カ月、どこまで復興しているかわからないニャア」


「そうだな……おそらくギルドも閉鎖されたままだ。それまでギャラの件は待てるか?」


 何でもニャンキーに月々に支払う30万Gの報酬金を三カ月ほど滞納しているらしい。

 本来シビアなビジネスパートナーだが、「アスムとは古い付き合いだから仕方ないニャア」と穏便に見てくれているそうだ。


「……あのイサラン王国の仮設された療養施設にガルド君とハンナがいる。まずは彼らに報告する義理がある。急ごう」


 そう言った、アスムの進む足取りはどこか焦りを感じた。


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