目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第36話 ネペンテスの葉ステーキ

 朝食を終え、私達は先へと歩み始める。

 進む度に樹木が密集し樹海へと変貌していく。


「ここまで来れば完全に残党軍を撒いただろう。徒歩だと20日ほど掛るが、この樹海を越えれば人里が見えてくる。そこにガルド君とハンナがいる療養施設がある」


 アスムは淡々とした口調で説明する中、先頭を歩く支援役サポーターのニャンキー不意に足と止めた。


「どうした?」


「……アスム。ネペンテスの臭いがするニャア」


「何だと? みんな、今すぐ鼻と口を布で塞げ!」


 アスムは慌てて首に巻いている赤いスカーフで鼻と口を覆う。

 私達も同じようにハンカチと布で塞いだ。


「ネペンテスって何?」


「簡単に言えば巨大なウツボカズラだ。前世では食虫植物として知られているが、この異世界ゼーノでは、その蜜で種族や魔物の思考を麻痺させ誘き寄せて取り込み、消化して栄養にする凶悪な植物魔物として知られている。ユリ達はここを動くなよ!」


 アスムはそう指示すると両腰の出刃包丁を抜き、単身で臭いがする方向へと進んで行く。

 心配で私は後を追おうとすると、ニャンキーから「アスムなら問題ないニャア」と止められた。

 勇者だけに魅了の抵抗力レジストも常人離れしているとか。


 5分後


 何事もなかったかのようにアスムは戻って来る。

 しかも肩には黄緑色した巨大な筒袋を三つほど担いでいた。


「これで先に進める。だがしばらく鼻と口は塞いでおけよ」


「わかったけど、アスム……そのグロく奇妙な袋は何?」


「ネペンテスの葉だ。この中から思考を麻痺させる蜜を噴出し、種族や魔物を誘き寄せ取り込むんだ。伸縮性があり、三メートルくらいの魔物なら簡単に覆い尽くすだろう。しかも一度、中に入ってしまったら内部からの攻撃が難しい」


 アスムの話を聞く限り、かなり危険な魔物だってことは理解した。

 それは置いといて。


「どうして、その危険そうな葉を持ってきたわけ?」


「そんなの食べるに決まっているだろ、ユリ?」


 アスムは「何言ってんのお前?」と奇異な目を向けてくる。

 その目は何よ!? まるで私が可笑しいって感じやめて!

 可笑しいのは絶対にそっちだからね!


「――ネペンテスの葉は分厚い肉質から、バター醤油で焼きステーキ風にしたり細かく刻めばサラダにも合う。味はコクのある『さやえんどう』に似ているぞ」


「さやえんどうじゃと!? アスム、早く妾に食べさせてたもう!」


 ラティが過敏に反応し食いついてきた。

 本当、食に関して貪欲な子ね……子供に対してあんまり言いたくないけどウザいわ。


「昼食にご馳走してやるからな。そのために少し多めに獲ってきた。あともう一つ収穫があるぞ」


 アスムはポケットから小さな焦げ茶色の果実を取り出した。


「何それ?」


「ネペンテスの実だ。マンドレイクと同様、実から種子を取り出して燻して砕き、湯に溶かせば珈琲に似た香りと味が楽しめる」


 もう「へ~え」としか言えないわ。

 にしてもアスムの『モンスター飯』に関する知識は半端ない。

 この五年間、勇者を半分頑張りながら極めていたことが伺える。

 導きの女神として叱るべきところだけどね。


 しばらく進むこと、お昼頃。


「よぉぉぉし! 昼食だぁぁぁ!」


 いきなり気合を入れる、アスム。

 完全に『モンスター飯』スイッチが入ってしまったようだ。

 もうこうなったら誰も彼を止められないわ……。



【ネペンテスのステーキ】

《材料》

・ネペンテスの葉(下ごしらえ加工済み)


《調味料》

・胡椒

・塩

・自家製 醤油

・自家製バター


《手順》

1. 加工したネペンテスの葉の両面に胡椒と塩を振りかけます。

2.熱したフライパンにバターを乗せて溶かし、醤油を適量に入れます。

3.ネペンテスの葉の両面を満遍なく焼きます。

4.爪楊枝が刺さるくらい柔らかくなったら完成です!



「――完成! ネペンテスの葉ステーキだ! 珈琲もあるぞ!」


「「「いただきます!」」」


 私達はテーブルに乗せられた料理に向けて合掌して命に感謝する。

 ニャンキー曰く、「この通過儀式を行わないで食べると、アスムがとにかく怒るニャア」とか。

 元日本人として当然の食事マナーだから違和感ないけどね。

 そうしてフォークとナイフでステーキを切り分け口へと運ぶ。


「うん、美味しい! 濃厚なさやえんどうっぽい味ね!」


「確かに美味じゃ! じゃがそれだけではない! 予め葉の両面に切れ目を入れたことで塩と胡椒、さらにバター醤油が良く沁み込み、噛めば噛むほど肉汁の如く溢れてくるではないか! 素材の旨味をさらに数段階上げる、まさに憎い演出じゃのぅ!」


 だからラティさん……いちいち私のコメント後に食レポ被せるのはやめて。

 抜群すぎて、こっちが安っぽく見られちゃうじゃない……。


「珈琲も美味しいニャア! けど独特のコクと香りがするのは……まさか蜜の臭いなのかニャア?」


「そうだ、ニャンキー。だがほんの微量で体に影響はない。予め俺の〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉でそう見極めている。一種のカフェインと思っていいだろう」


 流石、料理スキルね。

 間違っても毒や呪いで体を侵されることはないわ。

 しかも戦闘にまで昇華させるなんて、アスムの才能が驚異である証よ。


 こうして楽しく昼食を終えた私達。

 珈琲を嗜みながら、ずっと聞けずじまいだったことを訊いてみた。


「アスム……コハルちゃんの件だけど、もし私が降臨しなければどうやって探そうとしていたの?」


 アスムにとって最愛の妹である『日野 心春』は、この異世界ゼーノで転生されている可能性がある。

 現在、主神ゼーノ様が牢獄に囚われた邪神パラノアを問い詰めている最中の筈だ。


 何でもパラノアが闇堕ちする前に転生させ、今も異世界ゼーノの何処かで生きていると、アスムに交渉材料として話し持ち掛けてきたとか。

 けどアスムは詳細を聞かず「邪神などと交渉しない!」と勇者らしさを見せ、邪神パラノアにトドメを刺したと言う。


 アスムにとって心春は人生の全てと言っても大袈裟じゃないわ。

 だって妹を失ってから、彼は無気力となり青春時代の大半を棒に振るっていたのだから……。

 もし心春が生きていれば、前世でも社畜サラリーマンにならず料理人を目指していた筈よ。


 アスムは「ああ、そうだな」と軽く首肯する。


「そのために交換した固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉だ。この目で転生者かどうかを見抜くことができる……俺も含め日本人の姿をしてない者が、心春である可能性が高いだろう。あとは性別と癖だな……いくら別人として転生されようと、前世と共通する箇所だと聞いている」


「……確かにそうだけど、それを私以外の誰に聞いたの?」


「――勇者ジュンと呼ばれる『山代やましろ じゅん』、俺と同じ転生勇者だ。ずっと山に引きこもっており、俺に何かと情報をくれる。きっと自分で戦うのが面倒くさいから、俺を利用して楽がしたいと目論んでいるのだろう……だからあえてノッてやっている」


 ずっと山に引きこもっている、勇者ジュン?

 ああ……いたわ、そんなの。


 もろラノベ脳に侵された腐れマイペース野郎で、女神の私に「人生やり直したいからスローライフ目指しまーす!」と堂々とぶっちゃけ、不毛な毎日を延々と送っている奴よ。

 でも弁が立ち頭も抜群にキレていたわ……あと割と涼しげなイケメンだった。


「……最悪、山代に心春がどのような姿に転生し何をしているのか、見当だけでもつけてもらおうと考えていた……引きこもりの癖に情報収集能力だけは異様に長けた男だ」


「探し出してどうするの? また一緒に暮らしたいとか?」


「叶うことならそうしたいと思っている……だが一人の女性として幸せに暮らしているのなら、そっと見守ってあげたい。どのような姿だろうと俺にとって、心春が元気に過ごしてくれていることが重要なんだ」


 アスムの胸の内を聞いて、私はぐっと目頭が熱くなる。

 なんて優しいお兄さん……勇者になるべくしてなった英雄ヒーロー

 イケメン抜きしても、アスムは魅力的な男性だと思った。

 アスムとならラティを守り、混沌とした異世界ゼーノを変えられる――。


「――ちなみに俺は心春の趣味嗜好は当然として、あの子の癖を125通り全て鮮明に覚えている。その知識と〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を照らし合わせれば、おのずと心春であるかが判別できるだろう」


 うん、病気。

 妹大好きお兄ちゃんどころか、変態チックでなんかもう怖いんですけど!


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?