朝食を終え、私達は先へと歩み始める。
進む度に樹木が密集し樹海へと変貌していく。
「ここまで来れば完全に残党軍を撒いただろう。徒歩だと20日ほど掛るが、この樹海を越えれば人里が見えてくる。そこにガルド君とハンナがいる療養施設がある」
アスムは淡々とした口調で説明する中、先頭を歩く
「どうした?」
「……アスム。ネペンテスの臭いがするニャア」
「何だと? みんな、今すぐ鼻と口を布で塞げ!」
アスムは慌てて首に巻いている赤いスカーフで鼻と口を覆う。
私達も同じようにハンカチと布で塞いだ。
「ネペンテスって何?」
「簡単に言えば巨大なウツボカズラだ。前世では食虫植物として知られているが、この
アスムはそう指示すると両腰の出刃包丁を抜き、単身で臭いがする方向へと進んで行く。
心配で私は後を追おうとすると、ニャンキーから「アスムなら問題ないニャア」と止められた。
勇者だけに魅了の
5分後
何事もなかったかのようにアスムは戻って来る。
しかも肩には黄緑色した巨大な筒袋を三つほど担いでいた。
「これで先に進める。だがしばらく鼻と口は塞いでおけよ」
「わかったけど、アスム……そのグロく奇妙な袋は何?」
「ネペンテスの葉だ。この中から思考を麻痺させる蜜を噴出し、種族や魔物を誘き寄せ取り込むんだ。伸縮性があり、三メートルくらいの魔物なら簡単に覆い尽くすだろう。しかも一度、中に入ってしまったら内部からの攻撃が難しい」
アスムの話を聞く限り、かなり危険な魔物だってことは理解した。
それは置いといて。
「どうして、その危険そうな葉を持ってきたわけ?」
「そんなの食べるに決まっているだろ、ユリ?」
アスムは「何言ってんのお前?」と奇異な目を向けてくる。
その目は何よ!? まるで私が可笑しいって感じやめて!
可笑しいのは絶対にそっちだからね!
「――ネペンテスの葉は分厚い肉質から、バター醤油で焼きステーキ風にしたり細かく刻めばサラダにも合う。味はコクのある『さやえんどう』に似ているぞ」
「さやえんどうじゃと!? アスム、早く妾に食べさせてたもう!」
ラティが過敏に反応し食いついてきた。
本当、食に関して貪欲な子ね……子供に対してあんまり言いたくないけどウザいわ。
「昼食にご馳走してやるからな。そのために少し多めに獲ってきた。あともう一つ収穫があるぞ」
アスムはポケットから小さな焦げ茶色の果実を取り出した。
「何それ?」
「ネペンテスの実だ。マンドレイクと同様、実から種子を取り出して燻して砕き、湯に溶かせば珈琲に似た香りと味が楽しめる」
もう「へ~え」としか言えないわ。
にしてもアスムの『モンスター飯』に関する知識は半端ない。
この五年間、勇者を半分頑張りながら極めていたことが伺える。
導きの女神として叱るべきところだけどね。
しばらく進むこと、お昼頃。
「よぉぉぉし! 昼食だぁぁぁ!」
いきなり気合を入れる、アスム。
完全に『モンスター飯』スイッチが入ってしまったようだ。
もうこうなったら誰も彼を止められないわ……。
【ネペンテスのステーキ】
《材料》
・ネペンテスの葉(下ごしらえ加工済み)
《調味料》
・胡椒
・塩
・自家製 醤油
・自家製バター
《手順》
1. 加工したネペンテスの葉の両面に胡椒と塩を振りかけます。
2.熱したフライパンにバターを乗せて溶かし、醤油を適量に入れます。
3.ネペンテスの葉の両面を満遍なく焼きます。
4.爪楊枝が刺さるくらい柔らかくなったら完成です!
「――完成! ネペンテスの葉ステーキだ! 珈琲もあるぞ!」
「「「いただきます!」」」
私達はテーブルに乗せられた料理に向けて合掌して命に感謝する。
ニャンキー曰く、「この通過儀式を行わないで食べると、アスムがとにかく怒るニャア」とか。
元日本人として当然の食事マナーだから違和感ないけどね。
そうしてフォークとナイフでステーキを切り分け口へと運ぶ。
「うん、美味しい! 濃厚なさやえんどうっぽい味ね!」
「確かに美味じゃ! じゃがそれだけではない! 予め葉の両面に切れ目を入れたことで塩と胡椒、さらにバター醤油が良く沁み込み、噛めば噛むほど肉汁の如く溢れてくるではないか! 素材の旨味をさらに数段階上げる、まさに憎い演出じゃのぅ!」
だからラティさん……いちいち私のコメント後に食レポ被せるのはやめて。
抜群すぎて、こっちが安っぽく見られちゃうじゃない……。
「珈琲も美味しいニャア! けど独特のコクと香りがするのは……まさか蜜の臭いなのかニャア?」
「そうだ、ニャンキー。だがほんの微量で体に影響はない。予め俺の〈
流石、料理スキルね。
間違っても毒や呪いで体を侵されることはないわ。
しかも戦闘にまで昇華させるなんて、アスムの才能が驚異である証よ。
こうして楽しく昼食を終えた私達。
珈琲を嗜みながら、ずっと聞けずじまいだったことを訊いてみた。
「アスム……コハルちゃんの件だけど、もし私が降臨しなければどうやって探そうとしていたの?」
アスムにとって最愛の妹である『日野 心春』は、この
現在、主神ゼーノ様が牢獄に囚われた邪神パラノアを問い詰めている最中の筈だ。
何でもパラノアが闇堕ちする前に転生させ、今も
けどアスムは詳細を聞かず「邪神などと交渉しない!」と勇者らしさを見せ、邪神パラノアにトドメを刺したと言う。
アスムにとって心春は人生の全てと言っても大袈裟じゃないわ。
だって妹を失ってから、彼は無気力となり青春時代の大半を棒に振るっていたのだから……。
もし心春が生きていれば、前世でも社畜サラリーマンにならず料理人を目指していた筈よ。
アスムは「ああ、そうだな」と軽く首肯する。
「そのために交換した固有スキル〈
「……確かにそうだけど、それを私以外の誰に聞いたの?」
「――勇者ジュンと呼ばれる『
ずっと山に引きこもっている、勇者ジュン?
ああ……いたわ、そんなの。
もろラノベ脳に侵された腐れマイペース野郎で、女神の私に「人生やり直したいからスローライフ目指しまーす!」と堂々とぶっちゃけ、不毛な毎日を延々と送っている奴よ。
でも弁が立ち頭も抜群にキレていたわ……あと割と涼しげなイケメンだった。
「……最悪、山代に心春がどのような姿に転生し何をしているのか、見当だけでもつけてもらおうと考えていた……引きこもりの癖に情報収集能力だけは異様に長けた男だ」
「探し出してどうするの? また一緒に暮らしたいとか?」
「叶うことならそうしたいと思っている……だが一人の女性として幸せに暮らしているのなら、そっと見守ってあげたい。どのような姿だろうと俺にとって、心春が元気に過ごしてくれていることが重要なんだ」
アスムの胸の内を聞いて、私はぐっと目頭が熱くなる。
なんて優しいお兄さん……勇者になるべくしてなった
イケメン抜きしても、アスムは魅力的な男性だと思った。
アスムとならラティを守り、混沌とした
「――ちなみに俺は心春の趣味嗜好は当然として、あの子の癖を125通り全て鮮明に覚えている。その知識と〈
うん、病気。
妹大好きお兄ちゃんどころか、変態チックでなんかもう怖いんですけど!