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第35話 マンドレイクのふかし芋風

 アスムが言ったとおりだ。

 確かに地面の土から長い茎と葉が不規則な並びで幾つも生えている。

 ぱっと見は野菜のようにも見えるが、中央部分に一口大ほどの小さな茶色い種子の実が生えている。


「あの実の状態は通常のマンドレイクだな。食べると栗に似た味がする」


「栗じゃと!? アスム、余は腹ペコじゃ! 早く食べさせてたもう!」


 今まで無言だったラティが大きな瞳を輝かせ、急におねだりし始めた。

 この幼女の身形をした元魔王は、食べ物以外のことはほぼ無関心だ。


 アスムは「まってろ」と言い、身を乗り出そうとする。

 私は反射的に、彼の腕を掴んで制止させた。


「どうした、ユリ?」


「ちょい待って! マンドレイクって確か引っこ抜いたら甲高い悲鳴を上げて、それを聞いた者は死ぬっていうアレでしょ!? 誰もが知るポピュラーで超危険な魔物だわ!」


「その言うとおりだ。一説ではマンドレイクと飼い犬を縄で繋ぎ、犬が遠くにいる飼い主の下へ駆け寄ろうとする勢いで引き抜く方法があるとか……流石にそんな残酷なことはできん。こう見ても猫同様に犬も大好きなんだ」


 意外と動物に対しては博愛精神を見せる、狂人勇者アスム。

 そういえば狼に狙われていた時も動物と認識して放置していたわ。


「だったら尚更じゃない! ここには犬もいないし、引っこ抜くなんて無理よ! ああして茎こそ露出しているけど、体の方も頭上までずっぽりと地中に埋まっている状態なんでしょ!?」


「まぁな。だが問題ない――ニャンキー、リュックから例の物を出してくれ」


「はいニャア」


 ニャンキーは背負っているリュックサックから道具を取り出し、アスムに手渡す。

 それは土を掘るためのスコップだ。

 アスムはマンドレイクに近づき、周りの土を掘り始める。


「敏感である茎や葉を掴み、無理に引っこ抜くから悲鳴を上げる。なら土を掘り取り出せばいい。砂浜の棒倒しと同じ要領だ」


 丁寧に周りの土を掘って露出したマンドレイクを1本ずつ丁寧に取り出していく。

 スコップで掘る際、多少は根の部分を切っても悲鳴を上げたりしないとか。

 どちらにせよ怖くて普通はできないわ……。


 こうして10本ほど採取し、掘り出したマンドレイクを並べた。

 全身は茶色の頭上に茎と葉が生えて人の形をした植物の魔物だ。

 細い手足が根となっており、うぶ毛のように幾つも根が生えている。

 大きさはバラバラだが30セントから50センチくらいだろうか。


 予想通りに頭部は醜悪な面貌で、恨めしそうに真っ黒な瞳孔がアスムを凝視している。

 大口を開け今にも叫びそうだ。


「基本、茎や葉を安易に刺激しなければ、こいつらは鳴き叫ぶことはない。だからここで首を狩り取る必要がある――お命いただきます」


 アスムは合掌し、出刃包丁で次々とマンドレイクの首を両断した。

 またグロい光景に見せられるのかと思ったけど、断面は鮮やかなクリーム色で血の一滴も流れていない。

 なんだか太くて長いジャガイモに見えてしまう。


「魔力抜きしてから調理を始める。聖水は切らしているから……さっと塩茹でにするか?」


「うにゃ。塩も貴重だけど聖水と同様、魔力の不純物を取り除く効果があるニャア。塩味が染み込まれ、一石二鳥だニャア!」


 原形がなくなると美味しそうに見えてくる。

 二人の会話を聞いているうちに、思わず生唾を飲んでしまうわ。


「アスム、他のマンドレイクはどうするのじゃ?」


「ああラティ、そのまま放置する。何事も採りすぎはよくない……放っておけば、また別のマンドレイクが生えてくるだろう」


 なんでも魔物間の生態系を壊さないようにするため、アスムなりの配慮だとか。

 モンスター飯……奥深いわ。


 それから鍋に火を起こし、沸かした塩水に加工したマンドレイクを入れた。

 さっと30秒くらいで塩水から取り出した。


「え? もう終わったの?」


「ああ、あまり浸すと柔らかくなりすぎて形が崩れるからな。それに植物系の魔物は食肉と違い、『魔力抜き』がさっとで十分なんだ」


 なるほど、魔物のタイプによって下処理の仕方が違うのね。

 って、私ったら何に感心しているのかしら?



【マンドレイクのふかし芋風】

《材料》

・マンドレイク

・マンドレイクの実(添える用)

・オークの薄切りハム(予め狩り加工させたもの)

・自家製バター


《調味料》

・塩(お好み)

・胡椒(お好み)

・自家製マヨネーズ(アレンジ用)


《手順》

1.蒸し器の下段に水を入れ、上段に加工したマンドレイクを置きます(水で蒸すことで形崩れを防ぎます)。

2.蒸気が上がってきたら弱火にして30分~40分ほど蒸します。

3.長け串で刺し柔らかさを確認してマンドレイクを取り出しましょう。

4.蒸したマンドレイクを取り出したら、清潔な布巾を使い熱いうちに皮を剥きます。芽がある場合はスプーン等で取り除きましょう。

5.器に盛り、切り目を入れて自家製バターを乗せれば完成です。

6.またアレンジとしてオークの薄切りハム、マヨネーズと胡椒で和えればポテトサラダのできあがり!



「――完成、マンドレイクのふかし芋風だ! 朝食にピッタリだろ?」


 アスムはドヤ顔で仮設テーブルに料理を置く。

 大きな木皿の上でもくもくと湯気立つジャガイモに見立てたそれは、よく茹で上がっているようで空腹の私達を魅了する。


「では、命に感謝していただきます」


 アスムが音頭をとり皆が習って手を合わせ、それぞれ小皿に移して食した。


「うん、美味しい! なんだか懐かしい味だわ!」


 あまりにも絶品に、つい私は舌鼓する。

 何せ神界でも口寂しさに仮想ポテチを食べるくらいだからね。

 こう見てもジャガイモ好きなのよ。

 あっ、でもこれ……元は醜悪なマンドレイクだったわ。


「うむ! 柔らかくて優しい噛み応えと舌触りじゃ! 濃厚なバターによく合うぞ! このポテトサラダ風もハムとマヨネーズがよくマッチしておる! 塩茹でしたことで、より甘さの風味が増しておるではないか!」


 ラティてば相変わらず食レポうめーっ。

 何この幼女……もう怖いわ。


「ボクは猫舌だから、もう少し冷めてから食べるニャア。それまで実の方を食べるニャア。うん、甘栗の味がするニャア!」


 見たまんまのミーア族、ニャンキー。

 けどちょっとだけ気になった。


「ねぇ、アスム。最初にマンドレイクを見つけた時、生っている実で『通常のマンドレイク』って見抜いてたけど……他に種類とかあるの?」


「よくぞ聞いてくれた、ユリ! そんなに知りたいか!? 知りたいよな! いいだろう、教えよう――」


 アスムは食べているスプーンと止め、瞳をキラキラ輝かせてうんちくを語り始める。

 しかもやたらと早口だ。

 あっ、私ってば地雷を踏んだのかもしれない……。


 アスムが言うには、この異世界ゼーノにおけるマンドレイクはナス科に属する植物型魔物だとか。

 なんでも地域や生息地によって色が異なり独特の味わいがあるという。

 主に以下の感じで分けられる。


・茶色(基本色)マンドレイク……ジャガイモに似た味。

・赤色マンドレイク……サツマイモに似た風味がある。

・黒色マンドレイク……ナスのような味がする。

・緑色マンドレイク……中はヘタと綿状となっており、皮は厚みがありピーマンに似た味だとか。

・橙色マンドレイク……緑の色との違いでパプリカ風味。皮がより肉厚で甘みがある。


 そしてマンドレイクの頭部に生えた種子の実も種類によって味が異なり、

 茶色=栗、赤色=ミニトマト、黒色=赤唐辛子、緑色=ライム、橙色=レモン

 に別れているとか。

アスムも香辛料や調味料として、それらを利用していると話していた。


「――さらに本体の方もデンプンを取り出し、片栗粉として代用している。あの『邪神竜の竜田揚げ』にも使用されているんだぞ!」


 そう熱弁を振るいながら、アスムは余ったマンドレイクを〈アイテムボックス〉に収納し保管する。

 最早きめ細かさを通り越して異常だと思った。

 何気にグロい頭部まで〈アイテムボックス〉に入れている。


「アスムよ、その頭部は食べないのかえ?」


 食いしん坊のラティが訊いてきた。

 あんた、まさかそれ食べる気? もろ怨恨を残した断末魔の形相しているんだけど!


「今は食べない。ウケ狙いでお頭として出しても良いが、ユリあたりがドン引くだろ?」


「私じゃなくても大抵の種族は引きます! 貴方達の食概念がズレているだけだからね!」


「やはりガルド君と同じことを言う……基本マンドレイクは捨てるところがない。お頭の部分は里芋のような味わいがあるのだぞ。今晩でも煮物にして出してやるよ」


「結局、食わすんかい!」


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