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第34話 最初から狂人の勇者

 明朝、『聖剣の里』を目指し出発する。

 勇者アスムを筆頭に至高騎士クルセイダーガルド、正式な神官として昇格したハンナ、国王直々に雇われた支援役サポーターニャンキーの四人パーティだ。


 そして旅立つ際、リンとナオが見送りに来ていた。

 ちなみにシーリア王女も「アスム様をお見送りいたしますわぁ!」と意気込んでいたが、出発が早すぎて低血圧のため寝坊しているとか。


「明日夢君、雄哉の件も含めて色々とありがとうね」


「本当、年下の子に気を遣わせちゃってごめんねぇ」


「凛さん、俺は彼に飯を振る舞っただけだよ。あと奈緒さん、キミはまだ俺を年下扱いするのか? 身長だって優にキミ達を超えているぞ。それにこう見ても……」


「――35歳のオッさんリーマンだろ?」


 ユウヤが近づいてくる。

 昨日とは異なり身形を整えており、まだ目の下に隈こそあるが肌の血色が以前に戻っていた。

 アスムは視線を向けフッと微笑む。


「やぁ雄哉君、腹減ってないか?」


「もう減ってねーよ。明日夢、僕はまだお前のこと勇者として認めたわけじゃないぞ」


「前にも同じこと言ってたな? けど料理の腕は認めてくれているのだろ?」


「……チッ、まぁな。あれから僕と凛と奈緒は互いに話し合い、自称イケメンオッさんの助言に沿って今から冒険者ギルドに登録しに行くつもりだ。ノイス国王には既に許可を貰っている……強くなって、必ずお前を見返してやるからな」


「ああ、その心意気だ。ついでにキミらで魔王を斃してくれると有難い。そうしてくれた方が俺も『モンスター飯』の料理人としてセカンドライフを満喫できる」


「コラァ、アスムゥゥゥ! 貴様も真面目に勇者を頑張れよなぁぁぁぁ!!!」


 ユウヤ達に魔王討伐を押し付けようとするアスムに、遠くでガルドが怒鳴り散らしている。


「やれやれ、ガルド君は……それじゃ三人とも元気でな」


「ええ、明日夢君も」


「じゃあね、明日夢君!」


「あまりモンスター飯にうつつを抜かしてんじゃないぞ……じゃあな」


 こうしてアスムは三人の転移勇者と別れを告げ旅立ったというわけだ――。


◇◆◇


「――それから以前ギルドで一緒に組んだ盗賊シーフと、ひょんな縁で出会った魔法士ソーサラーが仲間に加わり今に至っている。そういえば、フォルドナ王国にも報告する義務があるから立ち寄るべきか……ラティの件もあるし悩むな」


 現在。


 私こと導きの女神ユリファは、焚火の前でアスムの話を聞いていた。


 にしても思いの外、壮大な話だったわ……てかアスムってば転生した直後から既にブッ飛んでたのね。

 今と一切のキャラブレを感じさせないわ。


「それで、その仲が良かった至高騎士クルセイダーガルドと神官ハンナや他の仲間達はどうしたの? アスム、前に『パーティは解散した』と言ってたわよね? やっぱ、貴方の奇行ぶりについていけず喧嘩別れとか?」


 やはり『モンスター飯』ばっか食べさせられて嫌になったのだろうか。

 そう思い聞いてみると、アスムは「奇行ぶりとは女神なのに失礼だな、ユリは……」と難色を示しながら頭を左右に振った。


「違う、喧嘩別れなどしていない――俺が一方的に解散を言い渡した」


「どうして?」


「俺達が魔王城を発見した時、既に邪神パラノアが顕現し猛威を振るう最悪な状況だった……仮にも神と呼ばれる相手だ。必ず仲間から戦死者が出ると思った。現にみんな激戦続きで疲弊し、特にガルド君は敵将の攻撃から身を挺してハンナを守り致命傷の大怪我を負ってしまった」


「え? じゃあガルドって人は死んじゃったの?」


「いや、彼は至高騎士クルセイダーだけありしぶとく、パーティ随一の防御力を誇っている。だが敵将の攻撃には強力な呪術が込められており、彼は呪われしまった。その影響で今も傷が完治できないまま他国の療養施設にいる……そのことでハンナは責任を感じ、ずっと彼を看病している筈だ。なので、あの二人に関しては戦線離脱と言ってもいいだろう」


「じゃあ他の仲間は?」


「解散を言い渡したのは、ニャンキーを含むその三人だけだ」


 アスムの話によると、ガルドが再起不能となった時点でパーティの士気力が低下に陥り、このまま最終決戦に挑むのは難しいと判断したそうだ。

 それならばとアスムは単身で魔王城に乗り込むこと決意し、大ボスである邪神パラノアの暗殺を考えたようだ。


 当然、彼だけでは困難な話でしょうね……。

 だからニャンキーのみ再雇用し、城内にいる敵の撹乱と誘導を依頼したらしい。

 アスム曰く、「ミーア族の生存能力は折り紙つきだが、ニャンキーは臆病で戦闘には絶対に参加しない。だから戦わないことを条件に引き受けてもらった」と語っている。


「……うにゃ。アスム、そろそろ交代だニャア」


 焚火の前で丸まっていたニャンキーが起き始める。


「わかった。何かあったら起こしてくれ」


 アスムは毛布を取り出し、自身の体を包みその場で横になる。


「ユリも寝た方がいい。朝一番で出発する。どうやら、さっきからずっと狙われているようだ」


 は? い、今さらりとなんて言ったの?


「あのぅ、アスムさん……それはどういう意味でしょうか?」


「狼だよ。10頭ほど茂みの方で、俺達を襲う機会を狙っている」


「だったら寝ている場合じゃないでしょ?」


「問題ない、普通の狼だ。人族に擬態するワーウルフや巨狼フェンリルなら『モンスター飯』の食材目的で喜んで狩るが、ただの狼は対象外だ。『種族図鑑』でも彼らは一般の動物という括りで表記されている」


 いや駄目でしょ!? だって狙われているんだよ、私達!

 襲われたらどうするのよ!

 どんだけ『種族図鑑』を信奉しているのよ、こいつ!

 つーか魔物モンスターしか狩っちゃいけないルールとかあるわけ!?


「逆に勇者のアスムがいるから狼達は襲って来ないニャア。だから女神さんも安心して寝るニャア」


 いえニャンキーさん、狙われていると知って呑気に寝れるわけないじゃない。

 どう安心すればいいのよ? こいつら二人とも認識がズレてるわ……。


 茂みがガサッと揺れる度、私は「ひぃ!」と喉を鳴らしてしまう。

 とてもテントに戻る気力が失せ、結局イカレにゃんこ師匠と朝まで焚火番をすることになったわ。

 唯一爆睡したのはテントで寝ていたラティだけよ……。


 そして早朝。


「移動しながら魔物を狩り朝食にする。森の方に入れば相応の魔物がいるだろう」


「相応のって?」


 私は眠い目を擦りながらアスムに問う。


「マンドレイクや人喰い植物の類かな……朝から邪神肉とか、こってり系はキツいだろ?」


「そういう気配りの問題じゃないんだけど! てか普通の食料とかストックしてないわけ!?」


「前にも言ったが俺は無一文だ。以前入手したミスリル制の鎧と盾を売りなんとか30万Gを揃えニャンキーを雇った程だぞ。忘れたか?」


「覚えています! けどそれも鍋とフライパンに改造して売れなくなったから、元の形に戻すため辛うじて残ったお金だったわよね! 金欠理由も根底からして可笑しいのよ!」


「ユリ、お前もガルド君と同じことを言う……そうだ、森を抜けたら彼が療養している施設に行こう。邪神パラノアを斃したことを知らせ、そのノリで邪神肉のステーキでも作ってやろう。看病しているハンナも一緒にな」


「そのガルドって人、呪われて重傷なんでしょ!? 色々な意味で絶対にやめた方がいいわよ!」


 私の忠告も、アスムは意に介さず「モツ鍋も栄養があっていいかもな」と狂気的な妄想を広げている。

 もう誰でもいいから、この勇者を止めてくれない?


 ラティを起こした後、私達は森の中に入って行く。

 草木を掻き分けしばらく進むと、アスムが足を止めた。


「――ビンゴだ。マンドレイクが埋まっているぞ」


 アスムは地面に指を差し、凛々しくクールなドヤ顔で言ってくる。


 正直「ビンゴじゃねーよ!」と言ってやりたかったけど、迂闊にも彼の横顔に見惚れてしまったわ。

 ああ、私ったら何てチョロい女神なのでしょう……。


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