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第33話 アスム・ヒストリー「旅立」

 聖剣の里。


 東大陸の最奥に位置するシテヌ山脈にて聖剣を守護している里村だ。

 本来、魔王による災厄に向けて選ばれし勇者に聖剣を渡すことを使命としているが、導きの女神ユリファが転生させる勇者の大半がラノベ脳に侵された者達ばかりで、「こんな舐めた奴らに大切な聖剣を渡せない!」と頑なに拒否し続けている。


 また召喚の女神リエスタに転移された勇者達に対しても「なんか無理矢理に勇者さられってぽくて、こいつらに渡すの嫌だ」と言い、例えるなら某ラーメン屋の頑固おやじ並みに気難しい一面があるとか。



「――数年前、とある勇者がやらかしたせいで勇者不審になった里村だと聞くぞ」


「まさか勇者不審とは……では陛下、狂人勇者のアスムでは余計に拒まれるではありませぬか?」


「何気に失礼だな、ガルド君……こう見ても元サラリーマンだ。交渉は得意だぞ」


「どこがだよ!? あんなの目を血走らせ『なッなッ』ばっか連呼させたタチの悪い駄々っ子じゃねーか! 勇者の振る舞いとして既にアウトだからな!」


「……まぁガルドよ。勇者アスムには四天王という大幹部を斃した実績と名声がある。余からも里長に書状を送ろう。ならばそう邪険にせぬだろ……っと思う」


 微妙に曖昧なことを言う、ノイス国王。

 ガルドも「だといいのですが……」と懸念する。


 勇者アスムは実力と真面目な性格、凛々しい見栄えも相俟って勇者として申し分ない素質を秘めているが、何せ生粋の『狂気的グルメ志向』の狂人だ。

 ひとたび口を開いたら「あっ、こいつも変だわ」と勘づかれ拒まれるに違いない。

 そのことをガルドが一番よく理解している。


「陛下、このまま勇者アスムを一人で行かすのは難しいと思います。誰かこやつのストッパーになる人物が必要でしょう」


「――ではガルドよ、貴様が行けば良いのではなか?」


「は? 陛下、今なんと?」


「貴様も勇者アスムに同行し、聖剣を手に入れるよう手助けすれば良い」


「なんですってぇぇぇ!!!」


 ガルドは声を荒げ椅子から立ち上がる。


「おお、ガルド君が一緒なら楽しい旅になりそうだ。是非にお願いしたい!」


「ほら、勇者アスムも其方を推しておる。兵士達の運用は副団長に引き継げば良いだろ?」


「ぎょ、御意……(どうして私が……なんか悪いことしたか?)」


 王政という絶対的縦社会の世知辛さが身に染みる、ガルド。


「またこれまで通りにハンナも旅に同行せよ。正式な神官へと昇格させるよう手配する」


「わかりました、陛下。ありがたき幸せですぅ」


「あとはミーア族のニャンキーと申したな? 其方の力も借りたい。魔王軍の残党を誘導し殲滅できたのも、其方の固有スキルによる貢献だと聞く。今回の活躍も含め褒美をやろう」


「王様ありがとうニャア。月々30万Gを現金で頂ければついて行くニャア」


 プロの冒険者としてシビアである一方、必要以上の報酬は受け取らないニャンキー。

 こうして勇者アスムを筆頭とした遊撃パーティが結成された。


 明朝には旅立つことになる。

 またリンとナオは王城に残り、国内の警護を言い渡された。

 その中には不在のユウヤも含まれている。


「――アスム様、わたくし寂しいです。どうかご武運を……」


 会議終了後、廊下に出た途端にシーリア王女に捉まる。

 大きな瞳を潤ませ上目遣いでアスムに言い寄ってきた。

 すっかりユウヤからアスムに乗り換えたようだ。

 少し離れた位置でリンとナオは「チッ」と舌打ちをしている。


「ありがとうございます、お姫様。では失礼」


 基本、誰にでも優しい勇者アスムは嫌な顔せず畏まり会釈する。

 その殊勝な態度にシーリアは頬を染め、去って行くアスムの背中をぽーっと見送っていた。


「シーリア王女のミーハーぶりにも困ったものだ。まぁ貴様は頭のネジこそ外れているが、唯一そういった部分はしっかりしていると、ハンナから聞いているぞ」


 ガルドではないが、この男は『モンスター飯』以外は興味のない勇者だ。

 いや、そこも十分に間違っているのだが……いたずらに女子を弄んだり傷つけたりしないのでそこだけは安心できた。


 アスムはふと歩みを止める。


「……ガルド君。旅立つ前に雄哉君に会っておきたいのだが」


 ふと言い出し、ガルドは「別に構わんが……案内する」とユウヤが引きこもっているとされる部屋の前に来た。

 ドアには鍵が掛かっており、リンとナオの親しい幼馴染みが呼び掛けても開ける気配がない。


「ふむ、仕方ない」


 アスムはしゃがみ込み、どこからか針金を出して鍵穴に通しながらピッキングをやり始める。


「……貴様、勇者なのにそんな事まで出来るのか?」


「ギルドに命じられたクエストで同じく借金を背負っていた盗賊シーフから教わった。これくらいの解錠なら問題ない」


 10秒も絶たずカチッと音がなり鍵が開けられる。

 アスムは立ちあがり、しれっとドアを開けて入って行く。


「やぁ、雄哉君」


 そのユウヤはベッドの上にいる。

三角座りで蹲っており指の爪をかじりながら一点を見つめていた。

 ぼさぼさの髪、目には隈があり以前の爽やかなリア充青年は見る影もなく、完全な引きこもりのニートだ。


 すっかり変わり果てた姿にガルド達は絶句してしまう。

 特にリンとナオは「嘘でしょ……」とショックを受けていた。


 ユウヤは顔を上げ、アスムを凝視する。


「……明日夢? テ、テメェ何勝手に入って来てんだ!」


「キミ、腹減ってないか?」


「はぁ?」


「聞けば城に戻ってから、ろくに食事を摂ってないそうじゃないか?」


「んなのテメェに関係ねぇだろうが!」


「いや大いにある! 『モンスター飯』の料理人を目指す者として空腹の人間を放置できない! ましてやキミは育ち盛りだ!」


「な、何ワケわかんねえこと言ってやがる!? 料理人だと!? お前は勇者だろうが!」


「空腹に問答など不要ッ! 良かったらこれを食べてくれ――」


 アスムは一方的に〈アイテムボックス〉から、丼飯を取り出した。

 それは昨晩皆に振舞った『双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナの蒲焼丼』である。

 〈アイテムボックス〉に収納されると、その時点で時間が停止され取り出すまで冷めることなく永久に保存されままだ。

 実際に蒲焼丼からは熱々の湯気が立ち込め、部屋中に香ばしい匂いが充満している。


 ぎゅるるる~っ


 ユウヤの腹の虫が鳴った。


「……ぐぅ、例の捌いた大蛇の肉だろ? 腹壊したりしないだろうな?」


「既に凛さんと奈緒さんも食べてくれている。味と安全は保証しょう」


「チッ、しょうがねぇなぁ!」


 ユウヤは丼と箸を受け取り、口の中へと搔っ込む。

 やはり彼も日本人だ。ゲテモノ系でない限り食に対しての偏見がない。

 アスムは嬉しそうに、そんなユウヤの食事する光景を見守っている。


「どうだい、雄哉君?」


「クソ……クソうめぇ! ムカつくけど料理の腕だけは認めてやる!」


 悪態をつきながらも完食するユウヤ。

 その光景にガルドとリンとナオもほっと胸を撫で下している。


「ごちそうさま……だがアスム、この程度で僕を懐柔したと思うなよ!」


「何の話だ? まぁいい……俺とガルド君は明朝、この国を出る。今度はいつ戻ってくるかわからない。それまでの間、このフォルドナ王国はキミ達『転移勇者』が守らなければならない。だから頼むぞ」


「フン、僕にそんな大役なんぞ務まるか。あれだけ醜態を晒し今ではいい笑い者だ。凛と奈緒の二人で頑張ればいいんだよ……」


「俺はユウヤ君に頼んでいるんだ。キミがいないと凛さんと奈緒さんも困るだろ? それと強くなりたければ『冒険者ギルド』に登録することをお薦めするよ」


「……冒険者ギルド? どうして?」


「俺はそこで強くなった。思うに、今のキミらに足りないのは実戦経験だ。丁寧に栽培した大根は美味いが、野生の大根だってアスファルトを穿つほど逞しく成長するんだぞ」


「意味わかんねーよ。なんで大根に例えるんだよ……明日夢、やっぱお前はイカれてるわ。ははは」


 ユウヤは初めて笑った。

 その様子に、リンとナオは「ありがと、明日夢君……」と感謝する。


 アスムはユウヤの返答を待たず「じゃあな」と告げ部屋から出た。

 するとガルドが追いかけて呼び止める。


「アスム!」


「どうした、ガルド君?」


「……いや、私の方からも礼を言わせてくれ。正直、ユウヤのことが気掛かりだった。これで心置きなく旅立てる」


「俺はただ飯を食わせただけだ。雄哉君はまだ若い……長い人生の中で一度や二度の躓きは当然だ。あの様子なら大丈夫だろう。それより楽しみだな、ガルド君」


「楽しみだと?」


「ああ、俺は聖剣の里に行き新たな包丁を手に入れる! そして未知の魔物を狩り『モンスター飯』のレシピを増やす! 今からわくわくして胸が躍るじゃないか!?」


「貴様ッ、結局それか!? 勇者の使命はどうしたぁ!?」


 この男はやっぱ駄目だ……と、ガルドは思った。


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