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第32話 アスム・ヒストリー「提案」

「……ぐぬぅ。アスムよ、この赤いやつは本当にあの大蛇の肉を使用しているのか? まるで原形がないのだが?」


 ガルドは始めてみる料理を釘いるように見入り疑念を抱いている。


「原形を残したら心理的に食べづらいだろ? 俺が目指す『モンスター飯』はどの種族でも見栄え良く美味しく食べてもらう料理を目指しているんだ。まぁ、蛇を取り扱う料理店ではウケ狙いであえて原形を残して提供しているみたいだが、その手のインパクトは不要だと思っている」


「見たところ、うな丼っぽいわね。あの憎たらしい大蛇とは思えないわ」


「うん。色や艶も綺麗だし、とてもいい匂い。何より美味しそう!」


 リンとナオは特に抵抗感がなく好意的な感想を漏らしている。


「味はウナギとは別モノだがな――それじゃ皆よ、合掌していただきます!」


 アスムの食事マナーに則り全員が手を合わせて「いただきます」と箸やスプーンを取り食べ始める。


「わぁ、とても美味しいわ! 凄いわよ、明日夢君!」


「肉が思っていたより、ずっと柔らかい! 本当に蛇の肉なの!?」


「ありがとう、リンさん。それとナオさん、予め癖の強い筋繊維を細かく切ったところもあるが蒸すことで肉の余分な脂が抜け、より柔らかく旨味を留めているんだ」


「なるほど、蒲焼と同じ調理法ってわけね! 醤油ダレも甘くてお肉とご飯によく合うわ!」


「噛むほど豊かな味わが口に広がるよ! 濃厚な鶏のもも肉っぽい感じかな? 長ネギも良いアクセントで、とにかく絶品だよぉ!」


 リンとナオの箸が進み、夢中で頬ばっている。

 アスムは満足気に微笑み、チラリとガルド達の方に視線を向けた。

 彼ら異世界の種族達は主にスプーンで掬って食べている。


「――おっ、これはうめぇ! 超いけるっすよ、アスムさん!」


「本当ですね! 最初は魔物肉と聞いて逃げ出したくなったけど、臭みもないし盛りつけも綺麗だから抵抗なく食べれます!」


 ゲイツと仲間達、ギルドの受付嬢も美味しそうに食べている。

 おそらく料理が出てくるまで相当な葛藤があった筈だろう。

 ハンナとニャンキーも「美味しい!」とご満悦であった。


「しばらく聖水に漬けることで臭みや不純物を取り除いている。どうか安心して食べてほしい」


 アスムが説明する中、ガルドだけが両目に涙を溜めて「う、ううう」と声を震わせて食している。


「どうしたガルド君? 口に合わなかったか?」


「……違う! 私は悔しいんだ! 『魔物肉なんぞ』と否定してやりたいのに……この舌が次々とこの味を求めているのだ! こんな屈辱的なことはないぞ、アスムゥゥゥ!」


「そ、そうか……おかわりもあるから沢山食べてくれ(褒めているのか怒っているのか、ようわからんぞ)」


 などと団欒を深め、全員が完食した。

 最後はアスムの食事マナーに則り「ごちそうさま」と手を合わせる。


「しかしイラつくほど美味かったな……白米を食べたのも久しぶりだ」


「今の情勢では米も物価高で庶民の口に入りにくいと聞いている。しかし魔物肉はただ同然だ。なので米代さえ工面すれば、こういった料理が食べられるのも『モンスター飯』のメリットと言えるだろう」


 アスムのうんちくで、ガルドは「なるほど」と頷く。


「ところで、ハンナは一年間もずっと魔物肉を食べさせられていたのか?」


 ガルドの問いに、ハンナは「いえ」と頭を左右に振る。


「……私が実食するようになったのは、つい最近です。それまでアスム様が自ら実験台となり嘔吐を繰り返していました」


「それは以前にも聞いた。そうして今の変わり果てた容姿となったのだろ? よく死ななかったものだ」


「成長期だからな」


「んなわけあるか! 現に嘔吐繰り返していたんだろうが!? この狂人め!」


 アスムの問いにガルドは鋭く指摘する。


「確かにハンナが言うとおり、実食に至ったのはつい最近だ。これから『モンスター飯』のレシピを増やすため、未知の魔物を求めて探究したいと思っている」


「いや勇者の使命は? 貴様、四天王の一人を斃したからって全て終わったと思うなよ!」


「わかっている。勿論、勇者も頑張るつもりだが……俺の包丁が粉々に壊れてしまった。なぁ、ガルド君……他に家宝の剣はないのか?」


「貴様は何、私の家宝を当てにしているんだ? そういやアスム、私が餞別で渡した剣を独断で包丁に改造した件、まだ終わってなかったな?」


「……仕方ない。ニャンキーの情報を頼りに新しい包丁を探すしかあるまい」


「聞けよ、貴様。何スルーしょうとしているんだ? させねーよ」


 こうしてガルドの追及にアスムはだんまりを決め込み解散となった。



 次の日。

 フォルドナ王国中が大盛況となる。

 魔王軍との戦に勝利した者達を称える凱旋パレードだ。


 王都の表通りにて大勢の民達が見守り声援と紙吹雪が飛び交う中、自国の兵士達が行進してガルドと騎士達が騎馬に跨り敬礼しながら移動している。

 中央に華やかに装飾されたフロート車が牽引されており、高々とした台車の上には最も活躍した勇者達が立っていた。


 アスム、リン、ナオの三人。

 そして何故かシーリア王女がいる。


 王女はアスムの腕を組み、満面な笑みで声援を送る民達に手を振っている。

 まるで「わたくし達、付き合っていまーす」アピールに見えた。

 シーリア王女のあざとすぎる姿に、リンとナオは(こいつウザぇ……)と訝しげな表情を浮かべていた。


 そして、ユウヤの姿は見られない。

 なんでも未だ部屋に閉じこもったまま出てくる気配がないとか。

 おそらく四天王のダドラとの一騎打ちに敗れ、みっともなく命乞いをしたことが悪評となり流れていることが原因だろう。

 ノイス国王からも「心の傷が癒えるまで放っておきなさい」と配慮され、ガルドも無理強いせず距離を置くことにした。


「あ、あのお方が勇者アスム様?」


「うわぁ……カッコイイ、足長っ」


「なんて素敵な方なのでしょう……」


「ほんと超美形……エルフの男性以上じゃない?」


「シーリア王女、あんなイケメンと羨ましい……」


 多くの女子達から羨望の眼差しが、アスムに注がれている。

 なかには目があっただけで失神する女子もいた。

 しかもシーリア王女の「彼女アピール」ぶりに嫉妬も含まれているようだ。


 一方で当のアスムといえば、


(何としてでも新しい包丁を手に入れなければならない……下手な武器では駄目だ。もっと良質で特殊な素材を使用されたモノでなければ……やはり『あそこ』に行くしかあるまい)


 女子達云々より、新たな出刃包丁を手に入れるためのプランを練っていた。

 アスムにとって他人の目よりも『モンスター飯』前提の思考であるのは、もはや言うまでもない。


 凱旋パレードが終わり、アスム達は王城に戻り会議室でノイス国王と今後について話し合いが行われていた。

 囲むように並べられたテーブル席に各々が用意された椅子に座る。

 その場には見習い神官ハンナとミーア族の支援役サポーターニャンキーも同席していた。

 当然ながらユウヤは見られない。


 最初に中央の席に座るノイス国王が口を開いた。


「皆の者。今後についてだが、まず勇者アスムから話があるとか?」


 名指しされたアスムは「はい」と椅子から立ち上がる。


「――新しい武器(包丁)を手に入れるため、また情報収集(未知のモンスターを狩る)のために、私はしばらく旅に出たいと考えています」


 その言葉に同席する重鎮達から「おおっ、まさか自ら赴いて魔王を討つというのか?」や「流石は真の勇者だ。行動力が早い」と感嘆する声が聞かれていた。

 皆、勘違いしているようだが、この男の目的はあくまで『モンスター飯』であり、魔王討伐は二の次である。


「うむ、其方の武器は前回の死闘で損失したと聞く」


「はい。私が旅立つ前にガルド君から業物で気に入っていたのですが……」


「――陛下! こやつは私が以前に陛下から頂いたミスリル製の宝剣を無断で出刃包丁に作り変えた性悪狂人です! 何卒、お叱りの言葉を!」


 ガルドはここぞとばかりにチクり、アスムは「チッ」と軽く舌打ちをした。


「まぁ、ガルドよ。結果として勇者アスムはダドラを討ち取っている。そう思えば安いモノではないか?」


「は、はぁ……陛下がそう仰るのであれば」


「して、勇者アスムよ。ミスリルの金属はそう簡単に手に入らんぞ。何処か当てがあるというのか?」


 ノイス国王の問いに、アスムは首肯する。


「はい、『聖剣の里』に行きたいと思っています――」


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