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第31話 アスム・ヒストリー「蒲焼」

 勇者アスムが、魔王軍の四天王が一人『玄武のダドラ』を見事に討ち斃した。

 それにより残りの魔族兵が総崩れとなり、ガルド率いる同盟軍が殲滅し快勝を収める。

 しかも味方側の犠牲がない完全勝利だ!


 ――っと。


 多少の尾鰭がつくが、こうした話題がフォルドナ王国を中心に、劇的な快挙として大陸中に広められた。

 おかげで魔王に脅威を抱いている各国の士気力向上となり、誰もが勇者アスムの活躍に賛美し歓喜に沸いている。


 だが良いことばかりではなかった――。


 まずはアスムより先に転生した勇者達から不満が寄せられる。

 ラノベ脳に侵された彼らは魔王討伐には興味なく、我が道を行く者が大半だ。

 アスムの活躍により自由気ままに生きていた彼らにも期待の眼差しが向けらえるようになり、それは「レッツ、スローライフ!」や「ビバ、俺だけハーレム展開ッ!」などの精神に反する迷惑な話であった。


「――明日夢とかいう奴、なんかウザくね?」


「まったく面倒くせぇのが転生しちまったな……」


「せっかく異世界で有意義なセカンドライフを満喫してんのに邪魔すんなよ!」


 と不快感を露わにしていた。

 そんなクズ勇者らを導いてしまった私こと女神ユリファ曰く、


「――だったらあんた達も戦いなさいよ! セカンドライフなんて魔王を斃してからでもいいでしょ!」


っと怒鳴り散らしてやりたい。


 さらには、ダドラを討ち取った武勲がアスムだけの功績として広まったことだ。

 先に戦ったユウヤ達のことはほぼ触れられず、寧ろユウヤは敵将に命乞いをした「腰抜け勇者」として一部の兵士達から揶揄され広められつつある。


 そのことはユウヤ本人の耳にも入っており、地球でエリートとしてリア充を満喫していた彼にとって屈辱でしかない。

 怒りの矛先がアスムに向けられていたのは必然であった。


◇◆◇


「え!? 其方があの勇者アスム……嘘だろぉぉぉ!?」


「あの子豚が……いえ失礼、このような素敵な殿方に……信じられません」


「まぁ素敵ぃ! アスム様ぁ、よくぞ戻ってくださいましたわぁ!」


 玉座の間にて。

 帰還後、功労者のアスムはガルドに連れられ国王達と謁見していた。


 アスムの変わり果てた姿を見た途端、ノイス国王、マルーシア王妃は大口を開け驚愕したのは言うまでもない。

 ただしシーリア王女だけは赤面しながら妙なテンションを上げ、これまで無視し続けていた勇者を初めて「アスム様♡」と甘声で呼んでいる。


「陛下、この者は紛れもなく勇者アスムです。見た目こそこうですが、中身はまるで変っておりません……いえ寧ろ狂人化が進んでおります!」


「……酷いな、ガルド君。俺はディスられるために城へ来たわけじゃないぞ」


 ちなみにこの場にはユウヤの姿はなく、リンとナオだけがアスムの隣で跪いている。

 すると兵士が金袋をトレーに乗せて、ノイス国王の前に差し出してきた。

 それはアスムが事前に渡した30万Gの金貨が入った袋だ。


「アスムよ、これはなんだ?」


「はい、王様からお借りした30万Gです。利息はないとお聞きしたので、そのままお返ししようかと。おかげで有意義な一年間を過ごせて頂きました」


「わざわざ良いのに……其方流で言えば、これは余にとっての投資だ。そしてこの度の活躍で無駄ではなかったと確信しておる。勇者アスムよ、実に大義であった。勇者リンと勇者ナオも最前線で攻めてくる魔族共を駆逐したとか。よくやった、誉めて遣わす。余は其方ら勇者を誇りに思うぞ」


 ノイス国王の言葉に、アスム達は「ありがとうございます」と頭を下げる。

 結局30万Gは後に支給される褒美金に上乗せして与えられることになった。


「アスム様ぁ、なんて麗しい……はぁ」


 隣で見ているシーリア王女は事あるごとにキュン声を上げている。


「――してガルドよ。勇者ユウヤはどうしたのだ?」


 ノイス国王の問いに、ガルドは言いづらそうに顔を顰める。


「……は、はぁ。勇者ユウヤの負傷は完治しているのですが……そのぅ、精神的な傷が深いようでして、まだ自室で休んでおります」


「なるほど。兵士達からも報告を受けておる……敵将との一騎打ちで深手を負い、相当取り乱したとな。初陣であれば仕方なきこと。その旨を勇者ユウヤに伝えてほしい」


「ハッ、陛下のお心遣い必ずや伝えましょう」


「うむ。皆、今日は疲れただろう。どうかゆっくり休んでほしい。明日、凱旋パレードを行い今後のことについて話し合おう」


 ノイス国王に労われ、その場は解散となった。


 アスム達が廊下に出ると、シーリア王女が近づいて来る。

 何気にアスムの手を握ってきた。


「アスム様ぁ! 今夜はわたくしとお食事など如何でしょうかぁ!?」


「(初めてまともに声を掛けられた気がする……)いえ先約があるので、また今度」


「そうですか……明日の凱旋パレード、わたくしも参加しますのでよろしくお願いしますわぁ!」


 言いたいことだけ述べ、シーリア王女は手を振って戻って行った。

 傍で見ていたリンとナオは凝視し頬を膨らませている。


「……あのお姫様、調子いいわね! 以前は雄哉にべったりだった癖に!」


「絶対、明日夢君に乗り換えたよね! ユウちゃん可哀想! 明日夢君、あんな子に惑わされちゃ駄目だからね!」


 それは嫉妬とは違う、幼馴染を弄ばれた憤りが含まれていた。

 しかしこの男には関係ない――。


「そんな事より、みんな腹減ってないか? これからギルドに行ってみんなに手料理を振る舞おうと思っているんだが?」


「手料理だと? アスム……まさかそれって話していたアレか?」


 ガルドの問いに、アスムはフッと微笑む。


「ああ、双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナを食材とした、モンスター飯だ!」


 そう、アスムにとって色恋沙汰よりも『モンスター飯』オンリーだ。


「マジかよ……私は嫌だ! 断る! 魔物なんぞ食えるか!」


 思いっきりドン引きし嫌がるガルドの一方で、


「あの大蛇でしょ? いいわね! 死ぬ目に遭わされムカついているから、ここぞとばかり食べ尽くしてやるわ!」


「私、沖縄で海蛇食べたことあるから大丈夫だよぉ!」


 意外にもリンとナオはその気になる。

 これが異世界人と現役女子高生のノリの差だろうか。


「あとは雄哉君にも声をかけたいのだが……」


 ぼそっと呟くアスムに、リンとナオは「今はそっとしてあげて」と念を押される。

 ちなみに、この男は自分が嫌われているという自覚がない。


 それから王城を出て、冒険者ギルドに向かう。

 ギルドの酒場にはハンナとニャンキー、それに受付嬢とゲイツ達の姿もあった。


「……ほっ、ハンナもいたのか? なら安心だ。万一、食あたりを起こしたら、あの子に治癒してもらえれば死ぬことはないだろう」


 ちゃっかり付いて来て安堵する、ガルド。

 あれだけ嫌がっていたのに、「教え子達ばかりに不憫な思いはさせられん!」と謎の師弟愛からついて来た。


「……やれやれ、ガルド君は相変わらずだ。店主、しばらく厨房を借りるぞ」


 アスムは不満を漏らし、奥の調理場へと入って行く。

 まな板の上には聖水に漬けて下ごしらえ済みの魔物肉がごっそりと置かれている。

 予めニャンキーが準備したものだ。


「よし、作るぞ!」


 アスムは包丁を振るい調理を始める。



双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナの蒲焼丼】

《材料》

双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ

・長ネギ(白い部分)

・白ご飯


《調味料》

・謎の酒

・自家製の醤油

・みりん

・砂糖


《手順》

1.均等に捌いた大蛇肉を縦三等分に並ばせ、三本の竹串を刺して揃えます。

2.準備した煉瓦の焼き器の上に食材を乗せ両面を焼き上げていく。

3.焼き上げた大蛇肉の表面に浮いた余分な脂を水でさっと洗い流します。

4.蒸し器に入れ10分ほど待ちます(肉質を柔らかくするためです)。

5.蒸し上がった大蛇肉を取り出し壺に入った醤油タレにどっぷりと漬けます(家庭では刷毛で直接塗っても良いでしょう)。

6.醤油タレにくぐらせて焼くことを3回繰り返します。

7.タレを染み込ませた白ご飯の上に焼いた大蛇肉を乗せて長ネギを添えれば出来上がり!



「――完成! 双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナの蒲焼丼だ!」


 木製の椀にほかほかのご飯が盛られ、その上に紅樺色に焼かれた大蛇肉と長ネギがよそわれている。

 各テーブルに並べられたそれらからは、醤油タレの甘く香ばしい匂いが立ち込め鼻腔から脳へと心地好く刺激した。


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