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第30話 アスム・ヒストリー「狂人」

「明日夢君……だよね?」


 撤退の準備が始まる中、リンとナオが声をかけてくる。


「やぁ、二人とも無事で何よりだよ」


 気さくに微笑を浮かべるアスム。

 何故かリンとナオは頬を真っ赤に染めている。


「本当に明日夢君みたいね……すっかり見違えたわ」


「うん、別人みたい……たった一年間なのに変わり過ぎじゃない?」


「ああ、ちょっと食事を変えたら急に身長が伸びてしまったんだ。成長期だと思う。どうか気にしないでくれ」


 以前は見上げる立場だったが、今では見下ろす立場となっている。

 背丈もそうだが、リンとナオにとってはそれだけじゃない。


((気にするなと言われても……顔面偏差値、激ヤバ))


 年頃だけに、アスムのルックスに心を奪われそうになっていた。


「お前……ガチで、あの明日夢なのか?」


 回復を終えたユウヤがふらふらと歩いてくる。

 ハンナは「まだ動かないほうがいいです」と忠告するも聞く耳を持たない。


「そうだと何度も言っているが(気づけば雄哉君の身長を超えてしまったようだ……)。キミも無事で良かったよ」


「……ふざけるな! 僕は助けてくれとは言ってないぞ!」


「いや言ってたじゃないか? 誰か助けてくれって……がっつり聞こえてたぞ」


「何だと、この野郎ッ!」


 ユウヤはふらつきながらアスムに殴り掛かろうとするもあっさり躱されてしまう。

 結果バランスが取れず地面に転がった。


「もう、だからまだ安静にしてくださいって言ったじゃないですか!」


 ハンナが駆け寄るも、ユウヤは「触るな!」と怒鳴っている。


「雄哉君、キミが何に怒っているのか俺にはわからない……ダドラは斃したし、魔族兵達も殲滅した。おまけに味方側は戦死者がいないと聞く。どこに不満があるのだ?」


「うるせぇ! お前がダドラを斃したのも、僕らの戦いを遠くで傍観していたからだろ!? つまりお前は最初から僕達を利用していたってことじゃないか!?」


 ユウヤの主張に、アスムは頭を掻き「キミもガルド君と同じことを言う……」と溜息を吐く。


「こちらの諸事情は省くが、確かに当事者のキミら側からすればそう思えてしまっても仕方ない。だがこの勝利は俺だけじゃなく、キミ達と連携して掴んだ勝利だと思っている。そこは誤解しないでほしい」


「連携だと!?」


 ユウヤの問いにアスムは真っすぐ見つめ頷く。


「俺の固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉は一度見た攻撃を覚え看破する能力だ。雄哉君達が先に戦ってくれたからこそ、ダドラの能力を知り最適解で斃すことができた。これぞ勇者同士のチームプレイだと思わないか?」


「相変わらず口先だけは上手いな……だがそれは僕がお前を仲間だと認めた上での自己犠牲から成り立つことだ! 明日夢、僕はお前を認めていない! いくら見栄えが変わろうと、お前のような協調性がなく身勝手な野郎は絶対に認めないぞぉぉぉぉ!」


「雄哉、それは言い過ぎよ!」


「そうだよ! 明日夢君は約束どおり駆けつけてくれたじゃない!」


「凛、奈緒、……なんだよ、二人とも! すっかり雌の顔しやがって! そんなに明日夢のルックスにしてやられたってのか!?」


「「え? いや……私達は別に」」


「してやられてんじゃねーか! クソォォォ!」


「はははっ、相変わらずキミらは仲が良いなぁ(35歳オッさん目線)」


「明日夢ゥ、お前が言うんじゃねぇぇぇぇ!!!」


 ユウヤは涙目となり吠える。

 すっかり乙女チックとなり赤面する幼馴染のリンとナオ。

 おまけに空気を読まない狂人アスム。

 よって先程からユウヤの怒りは空回り状態となっていた。


「こらこらこら、其方ら何してんのぅ……って前にもあったシチュエーションだな?」


 残党軍の討伐を終えて撤退準備を終わらせた、ガルドが近づいて来た。


「やぁガルド君。実はキミに折り入って頼みたいことがある」


「あっ! アスム貴様ァ! よくも我が家宝の剣を包丁に作り替えやがったな! 忘れてねーぞ、コラァ!」


「もう堂々巡りだな……まぁいい。それよりダドラの遺体はどうした?」


「……ああ、埋葬したよ。奴は宿敵の魔族だが、戦いぶりは正々堂々とした立派な武人だったからな。それがどうした?」


「それで奴の体に巻き付いていた〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉という大蛇は?」


「あれは得体が知れないからな……兵士達が焼き払おうと今準備に取り掛かっている」


「駄目だ! すぐに止めさせろ! てかそれを俺にっくれぇぇぇ! 頼むぅぅぅぅぅ!!!」


「ええええぇぇーっ、いきなり何ぃぃい!?」


 突如、豹変して訴えてくるアスム。

 やたら目を血走らせた双眸に、ガルドは酷く困惑した。

 全てを知るハンナは溜息を吐き、そっとガルドに耳打ちする。


 束の間。


「――大蛇を料理して食うだと!? バッカじゃねーの!」


「バカとはなんだ、ガルド君! 流石に聞き捨てならんぞ!」


「あのなぁ、アスム! 普通、魔物なんて食わねぇんだよ! 実際、腹壊して死んだ奴だっているんだからな!」


「フン! 無知とは罪だな……ニャンキー! 師匠として、わからず屋に説明してやってくれ!」


 アスムが呼びかけると、どこからか「はいニャア!」と声が響きニャンキーが現れる。

 その愛らしい猫の姿にリンとナオは「かわいい~!」と、さらにテンションを上げた。

 ニャンキーはガルド達に魔物肉について説明した。


「――そういうことニャア」


「……なるほど、それが『モンスター飯』か。その失敗過程を繰り返した結果、アスム貴様がそのような身形へと変貌を遂げたというわけか? てか呪われてんじゃねーか!」


「失敗は成功の糧とも言う。それに呪われなどいない。今は余程の未知の食材でない限りほぼ成功している! 蛇型は問題なく『魔力抜き』ができて完璧に捌ける! だから大蛇を俺に譲ってくれ、ガルド君ッ! なッ、なッ、なッ、なッ、なァァァァァッ!」


「わ、わかった! 『なッ』を連呼するな! 中身はガチで変わってねーな、こいつ! おい誰か、この狂人勇者に大蛇の亡骸を渡してやれ!」


 ガルドの指示でアスムに大蛇の亡骸が渡される。

 両方の頭部が斬り離され、まるで丸太のような形となっていた。


「ありがとう。誰か長剣ロングソード短剣ダガーを貸してくれないか? 包丁を失い捌くことができないんだ」


 アスムの要望に、ガルドは「好きにさせてやれ」と告げ兵士達から武器を受け取る。

 その場で器用に捌き始めた。


「――幸い両頭部は俺が予め切断しておいたからな。あとは皮を剥ぎ臓器を取り出し、身から骨を取り出せばいい。捌く自体はそう難しくない」


 他所から見ればグロく、下手をすれば狂気でサイコパスの光景だ。

 先程まで乙女チックに頬を染めたリンとナオの顔面が蒼白となり、あれだけ文句を言っていたユウヤでさえ「うげぇ」とドン引きしている。

 それでもアスムは意に介さず下処理を続けていた。


「アスムよ、随分と手慣れているようだが……考えてみれば、そいつには猛毒があるだろ?」


「いや、猛毒があるのは牙のみだ。牙には噴出孔が備わっており、角度を変えて毒霧状に噴射させる機能がある。そこさえ排除すれば問題ない」


 いったい何が問題ないのか、訊いたガルドには謎であった。

 アスムはニャンキーが用意したマナ板の上に、取り出した肉を乗せて均等にカットしていく。


「思った以上に肉質が硬い……竜と同様、強靭な筋肉繊維があるのだろう。このまま口で噛み切るのは困難だ――〈肉筋斬ミートスラッシュ〉!」


 アスムは短剣ダガーを用いて、先程ダドラ戦で披露した連撃技を披露する。

 ただし切断せず細かい切れ目を入れているだけに見えた。


「こうして筋肉繊維を断つことで肉質が柔らかくなる。さらに切れ目を入れることで隅々まで聖水が浸透し、失敗なく『魔力抜き』が行える……それが〈肉筋斬ミートスラッシュ〉という、俺が編み出した調理技法だ」


「マジかよ……ってことは、ダドラは料理技で斃されたのか?」


 アスムのうんちくに、ガルドは宿敵の敗因を哀れんだ。


 それからニャンキーが用意した大きな鍋に小分けにした魔物肉を投入する。

 瓶に入った聖水を水と合わせ混ぜ、鍋の中に注ぎ込み漬け始めた。


「よし、大まかの下処理は終わったぞ。あとは〈アイテムボックス〉に入れて一端持ち帰る。これだけのサイズだと一時間ほどで不純物の魔力が浄化されるだろう――では待たせな、諸君。さぁ帰還だ!」


 爽やかに微笑むアスムだが、既に周囲は凍りついている。


((な、萎えたわ……明日夢君))


 特にリンとナオは、アスムの狂人ぶりに夢から覚めた表情だった。


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