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第29話 アスム・ヒストリー「無双」

 アスムは素早く両腰から出刃包丁を抜き逆手で身構えた。

 獲物を狙う猛獣のような低姿勢の独特なフォーム。

 そして黒瞳が赤く染まり微かな魔法陣が浮かび上がる。


 四天王の一人、玄武のダドラは隆々とした腕に巻かれる大蛇こと〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉を放った。


 シャアァァァ!


 大蛇は全身を撓らせ音速に近い速度で、アスムへと迫って来る。


「その攻撃、さっき見て覚えた――」


 アスムは俊敏に躱し、伸ばされた大蛇にカウンターの斬撃を与え首ごと斬り離した。

 瞬く間に宙を飛ぶ頭部は、ダドラの足元に転がる。


「ぐっ、やるな! だがこれは躱せまい!」


 ダムドは素早く切り替え、逆側の大蛇の頭部を差し向ける。

 〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉は大口を開け猛毒の霧を吐いた。


「それも既に見切っている。吸わなければ問題ないことがわかった」


 言い切るアスム。

 両手の出刃包丁を手元で器用に回転させ発生した風圧により、毒霧攻撃を弾き完全に防ぎ切った。


「な、何だと!?」


「言っとくがお前の攻撃は全て見極めている――俺に二度同じ攻撃は通じない」


 アスムの言葉は一見するとカッコつけた決め台詞っぽいが、どこか違和感を覚え始める。

 それはダドラだけじゃなく、近くでユウヤの応急処置をしていたガルドも同様だった。


 ガルドは「ハッ!」と何かに気づく。


「アスム少年! 貴様、まさかユウヤ達の戦いをずっと観ていたのか!?」


「流石ガルド君、そのとおりだ。実はずっと兵士達の中に紛れ込んでいたのだ。前世の頃から影が薄いと罵られていたことが、この世界で初めて活かされたと言えるだろう」


 アスムはダドラの動きを牽制しながら答える。

 彼が言うには冒険者ギルドに寄った後、魔王軍の侵攻を知り急いで皆と合流したかったが既に出陣しており、ようやく追いつき兵士の中に紛れていたとか。

 そしてタイミングを見計らい、ニャンキーに頼み彼の固有スキル〈偽装誘引フォルス〉で敵軍を誘導し退かせたらしい。

 ちなみにそのニャンキーは憶病なので、今も兵士の中に紛れて隠れている。


 話を聞いたガルドは訝しく眉を顰めた。


「お、おまっ……何かそれ酷くないか!?」


「酷い? 何がだ?」


「つまり貴様は、ユウヤ達がやられるのを黙って傍観していたということだろーが! 仲間がピンチにもかかわらずになぁ!」


「言いがかりだぞ、ガルド君。だからこうして姿を見せじゃないか? それに一騎打ちを申し出たのは、雄哉君自身だ。現にガルド君だって手を出さず見守っていただろ?」


「うっぐ……それは騎士としてだな」


「わかっている。騎士道精神ってやつだな――フン!」


 不意に大蛇がアスムに襲い掛かってくる。

 それは先ほど切断した〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉の頭部だ。

 アスムは出刃包丁で簡単に弾いた。


「戦闘中に長話とは、ふざけた勇者めぇ!」


 ダドラは頭部を蹴り上げたと同時に駆け出していた。

 生存する側の大蛇の頭部が空を切りながら撓り迫ってくる。


「それはもう覚えた」


 アスムの赤く光る双眸が流線形の残像を描き攻撃を躱し、カウンターで〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉の首を刈り両断して飛ばした。

 そのままダムドの懐へと飛び込む。


「――〈肉筋斬ミートスラッシュ〉!」


 両手に握られた出刃包丁による連撃がダドラの肉体に叩き込む。

 まるで竜巻の如く強烈な斬撃の嵐、もはや視認することすら難しい。


 が、


 パキィン!


 二刀の出刃包丁がへし折れ砕かれてしまった。


「チィッ!」


「ハハハハハッ! 無駄だぁ、勇者よ! 我の肉体は強固な甲羅に覆われ、さらに〈完全鋼装甲フルメタルアーマー〉によって二重の絶対的防御力を誇る! そんな舐めた鈍ら包丁で斬れるものかぁぁぁ! 身の程を知れぇぇぇぇぇい!!!」


「……鈍らではない。この包丁は俺の大切な友から譲る受けたモノ……それと〈完全鋼装甲フルメタルアーマー〉だったか? その固有スキルは既に見極めているぞ」


「な、何だと――がはっ!」


 刹那、ダドラは吐血する。

 いつの間にか全身の至る箇所に斬撃を受け、そこから血飛沫が上がった。

 それは肉体の構造上、必須部位である関節可動域だ――。


「俺の固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉は物の性質を見極め看破する能力を持つ。ダドラ、お前の肉体は確かに絶対の防御力を誇るだろう。だが魔族とはいえ同じ脊椎動物である以上、各関節可動域は無防備の筈だ。でなければ、それほど自在に動ける筈がない。節足動物の蟹やカブト虫とて関節は脆いものだ」


「き、貴様は一目でそれを見抜いたというのか? しかも精密に斬るなど……」


「不可能でない。これも数多くの魔物を狩ることで得た技だ。生体を知り肉体構造を熟知することで、何処が弱点で絶命に至るのかを見極め最適解の攻撃を与えることを可能とする……とはいえ流石は四天王だ。固有スキルの影響もあり関節部位も硬かったか……せっかくの業物の包丁が台無しだ。すまん、ガルド君」


「ぐっ、ま、まさか……これほどの勇者が存在していたとは……ぐはっ! だがまだ死なん! 勇者アスム、貴様も道連れだぁぁぁ!」


 ダドラは再び吐血し全身が血塗れになりながらも、アスムに襲い掛かる。

 今の彼は丸腰だ。


 しかしアスムは動じていない。

 その双眸は既に活路を見出していた。


「無駄だ。もうお前の弱点は見抜いている」


 アスムは断言し疾走する。

 素早い動きでダドラの片腕を掴み取りそのまま捻った。


 バキッ


 腕の関節が折れる音。


「ぐぅ!?」


「身体が硬い奴ほど関節は脆いものだ」


 アスムはさらに、もう片方の腕を取り同様に関節技を極めてへし折り破壊する。


「ク、クソォォォッ!」


「一騎打ちとは、どちらかが死ぬまで終わらない。お前が発した言葉だぞ――」


 冷たく言い放つアスム。

 身を屈めて腕を振りかぶり、柔軟な筋力を活かした強烈な掌底をダドラの顎へと食らわせる。

 ゴォンっという鈍い音と共に頭部は一回転した。


「ぐふ」


 ダムドは頸椎を砕かれ両膝が崩れ落ちる。

 うつ伏せに倒れて絶命した。


 わあぁぁぁぁぁぁ!!!


 同時に味方陣営から大歓声が湧き上がる。

 兵士達は一斉に駆け寄り、勇者アスムの勝利を称え歓喜した。


 ハンナはリンとナオの治療を終え、ガルドに代わってユウヤの治療を行っている。

 手の空いたガルドもアスムの下に駆け寄った。


「アスム少年……いや青年か?」


「好きなように呼んでくれ。それよりガルド君、まだ戦いは終わっていない。今すぐ〈偽装誘引フォルス〉で惑わされている残りの魔族兵を討ち取るんだ」


「わかった……ところで貴様、さっき私に謝罪していたよな? どういう意味だ?」


 ガルドの問いに、アスムは地面に落ちている出刃包丁の欠片を拾って見せてきた。


「ああ、キミに餞別として譲って貰った業物の剣だったのに……こうして粉々に壊れてしまった。こうなってしまったら復元は難しい……すまない」


「ん? 業物の剣? あれ? それって包丁だったよね――って、テメェやりやがったなぁ!? 私の剣を改造して作り変えやがったのかぁぁぁぁぁ!?」


「どうして額に青筋を立てるんだ、ガルド君? キミが俺に譲ってくれたってことは、それは俺の所有物だ。自分のモノに使いやすく加工して何が悪い?」


「そーゆーつもりで渡したんじゃんねぇぇぇ! 私が至高騎士クルセイダーに昇進した際に陛下から頂いた家宝といえる超高価なミスリル製の剣を包丁なんぞにぃぃぃ!! 貴様という奴はぁぁぁぁ!!!」


 ガルドは怒りに身を任せアスムに殴り掛かるも、彼はひょいひょいと躱し切る。


「キミの拳は既に見切っている。もう当たらないぞ」


「やかましいぃ、イカレ勇者が! 貴様ぁ、外見変わっても中身はまんまじゃねーか!」


「あ、あのぅ……ガルド団長、お戯れのところ失礼ですが残党軍を追わなくてよろしいのでしょうか?」


 副騎士団長が見るに見兼ねて呼びかけている。


「チッ、すまない……よぉぉぉし、出陣だ! 皆の者、我らは残党の魔族共を追うぞ! 一匹たりとも逃がすなぁぁぁ! あとアスムゥ、貴様はあとで覚えていろぉぉぉぉ!!!」


 ガルドは兵を引き連れて残党軍を追跡する。最後にアスムに向けて恨み節を叫びながら……。

 大将を失った魔族兵は非常に脆く、数が勝っていた同盟軍は誰一人失うことなく殲滅していったという。


 こうして勇者アスムが魔王軍の四天王こと『玄武のダドラ』を討ち斃し、戦いは完全なる勝利として幕を閉じた。


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