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第28話 アスム・ヒストリー「絶叫」

 勇者ユウヤと魔王軍の四天王が一人、玄武のダドラが対峙する。

 一騎打ちである以上、ガルドは手を出すことはできない。

 両名から距離を取り助言するしか術を持たなかった。


「ユウヤ、油断をするな! 相手は仮にも四天王だ! まず能力を見極めて戦うんだぞ!」


「はい(……何を言っているんだ、ガルド先生? この僕が負けるわけがないじゃないか。速攻で決めてやるぞ!)」


 ここでもユウヤの悪癖が出てしまう。

 優秀すぎるが故、相手を軽んじ見下すところだ。

 しかしそれが通じるのは、あくまで地球の学校生活における勉強やスポーツにおいてだ。


 ここは異世界であり戦場、しかも相手は最上位魔族。

 どう見てもピントがズレた自信過剰感が否めない。


「行くぞ――〈至高の剣撃波シュプリーム・ソードウェーブ〉!」


 最初に動いたのはユウヤの方だ。

 ナオの身体強化も相俟って、暴風のような剣撃波がダドラを襲う。


 しかし、


「効かんな。勇者よ、その程度か?」


「何だと!?」


 ユウヤが放った剣撃波は、確実にダドラを捉えヒットしていた。

 が、その亀の甲羅に似た肉体の前に弾かれてしまい、致命的なダメージに至らない。


「失望したぞ、小僧ッ!」


 ダドラの身体に巻きついていた大蛇が隆々とした右腕へと移動する。

 そのまま右腕を振るうと共に巨大な鞭となり、ユウヤに襲い掛かった。


「なっ、ぐわぁぁぁ!」


 大蛇の頭突きがユウヤの剣を持つ両腕ごと鎧の胸部へとめり込み鈍い音が響き渡る。


 ユウヤは悲鳴を上げ吹き飛ばされた。

 胸部の装甲部分は激しく歪まれており、両腕は明後日の方向を向いている。

 相当な重傷であり戦闘不能なのは明らかだ。


「ふむ、支援補助魔法のおかげで即死ではなかったか……だが脆い! 貧弱すぎるぞ、勇者! その程度で我が魔王軍に楯突くとは片腹痛いわ!」


 ダドラはユウヤに近づく。


「痛でぇぇぇ! く、来るなぁぁぁ!」


 ユウヤは逃げようとするも重傷のため起き上がることすらできない。


「やめろ、勝負はついた!」


 ガルドが間に入ろうとした瞬間、部下の魔族兵達が素早く彼の周り囲み始める。

 その数は10人ほど。動きからして相当な手練れだと判断する。

 フォルドナ王国最強の至高騎士クルセイダーでも安易に突破するのは不可能だ。


「くっ、そこをどけぇ!」


「騎士よ、一騎打ちとは相手が死ぬまで終わらないものだろ? そして勇者よ、貴様も戦士ならば潔く散り失せるがいい!」


「ひ、ひぃぃぃぃい、だぁ誰かぁぁぁぁ! 誰か助けてくれぇぇぇ!」


 ユウヤの心が折れてしまった。

 恐怖のあまり、端整な顔を歪ませて慟哭している。


 ダドラは鼻を鳴らし「情けない奴め!」と罵った瞬間だ。

 背後から高出力の光粒子レーザーが直撃する。

 しかし不意打ちにもかかわらず、ダドラは前方へとのけ反るだけでありほぼ無傷だ。


「……他の勇者か? そこだな」


 ダドラは右腕に巻き付いた大蛇を鞭代わりに何もない箇所へと振るう。

 すると何かに接触し、地面を転がる二人の少女が姿を見せる。


「「きゃあ!」」


 それはリンとナオだ。


「ふむ、最上級の支援補助魔法により完全に姿と気配を断っての奇襲攻撃か。実に見事な作戦だが、しかし我には通じんぞ。この強固な甲羅型の肉体もそうだが、我の固有スキル〈完全鋼装甲フルメタルアーマー〉は如何なる攻撃を弾き飛ばす!」


「つ、強すぎる……」


「私達じゃ歯が立たないよぉ……」


 リンとナオは、ダドラの圧倒的な強さを前に絶望する。


「そして我が半身である〈双頭の猛毒大蛇アンフィスバエナ〉は猛毒を吐く能力が備わっている」


 大蛇は口からドス黒い霧を吐き、リンとナオに降り注がれていく。

 全身の肌がドス紫色に染まり、二人は毒に侵されてしまった。


「が、く、苦しい……」


「だ、助けて……」


「凛! 奈緒! やめろぉぉぉぉ!」


「ほう、男の勇者よ。ならば貴様から先に死ぬか?」


「嫌だぁ、僕は死にたくなぁぁぁぁいぃぃぃ! 殺さないでくれぇぇぇ!」


 ユウヤは顔中を涙と鼻汁塗れとなり命乞いをする。


「駄目だ。貴様ら『異界の勇者』は問答無用で殺せと魔王様から命じられている。三人とも死ぬがいい!」


「ユウヤ! リン! ナオ! くそぉ! どけぇ貴様らぁぁぁ!」


 三人の教え子のピンチを前に、ガルドは大剣と大楯を魔族兵達に振るう。

 ようやく半数を斃したが、とても間に合いそうにない。


 絶体絶命のピンチ!

 ――だが刹那、ダドラはある異変に気づく。


「何だ? 我が軍の様子が可笑しいぞ?」


 後方で待機していた魔族兵が次第に距離を取り離れて行く。

 まるで別の何かを追い始めているかのように見えた。


「貴様らぁぁぁ! 誰が撤退しても良いと言ったぁぁぁ! 戻ってこぉぉぉい!」


 ダドラがいくら大声で叫んでも兵士達は誰一人として聞く耳を持たない。

 戦線離脱し姿を消してしまった。


「バ、バカな……いったい何が?」


「――〈偽装誘引フォルス〉という固有スキルだ。大軍だろうと対象を任意の場所へと誘導させる能力を持つ。一時間は戻って来ないだろう」


 何処からか男が一人歩いて来た。

 すらりと背が高く引き締まった肉体、艶やかな黒い前髪からは鋭い眼光を覗かせている。

 神秘的なほど整った凛々しい容貌を持つ好青年。


((カ、カッコイイ……))


 リンとナオは毒に侵されながらも息を飲む。

 だがその青年は装備らしいモノが見られず軽装の冒険者っぽい服装だ。

 首には赤いスカーフが巻かれ、両腰には二本の出刃包丁が短剣ダガーのように携帯している。


「誰だ、貴様!? (こいつ、いつから居た!?)」


「ハンナ、三人の勇者の手当を頼む。まず毒状態の凛さんと奈緒さんからだ」


「はい!」


 青年の背後から神官服を纏った小柄な少女が現れ、リンとナオの下へと駆け寄る。


「ハンナか!? じゃあ、あの男は……え? だ、誰?」


 ガルドは敵を薙ぎ倒しながら首を傾げる。


「貴様、無視するな! 名を名乗れと言っている!」


 ダドラはイラつき声を荒げる。


「失礼した――俺は『日野 明日夢』、魔王を斃すため転生された異界の勇者だ」



 えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――……!!!



 それは、ガルドや三人の勇者だけじゃない。

 以前のアスムを知る騎士や兵士達による魂の叫びであった。

 その場に居合わせた誰もが、彼の変貌ぶりに驚愕し絶叫したのだ。


「な、何だ? 随分と敵陣が騒がしいではないか?」


「気にするな。一年ぶりに訪れた自国の冒険者ギルドでも受け付嬢に悲鳴を上げられた」


「貴様、ふざけているのか?」


 ダドラは警戒し身構える。

 同時にガルドはようやく手練れの魔族兵を全て討ち斃すも、アスムのところではなく何故かハンナの方へと向かった。


「おい、ハンナ!」


「ガルド様、今リン様とナオ様の解毒中です。話かけないでもらえます?」


「す、すまん……だが気になって仕方ないんだ。あの好青年が本当にアスム少年なのか?」


「はい、正真正銘のアスム様ご本人です!」


「うっそだぁ~っ!」


「嘘ではありません! 私も最初は驚きましたが、気づけばああなっちゃったんですぅ!」


 マジかよ……っとガルドは思った。

 わずか一年で30㎝以上も身長が伸びたりするか? 顔つきだって髪色と声質以外は原形すらねーじゃん。


「子豚が王子様になれるのか? アヒルが白鳥になるれるのか? おとぎ話じゃあるまいし……高度な禁忌魔法を駆使したって肉体を入れ替えない限り不可能だろ?」


「あーっ、もう、うるさいですぅ! 治療中ですよ! リン様とナオ様が死んじゃってもよろしいのですか!? ガルド様はユウヤ様の介抱をお願いしますぅ!」


「す、すまん」


 ガルドはとぼとぼとユウヤに近づき介抱に当たる。


「……ったく、ガルド君は相変わらず失礼だな。彼が俺のことをどう思っていたのか、よくわかったぞ……」


「勇者アスムと言ったな!? 貴様、やはりふざけているのか!?」


 ダドラの問いに、アスムは真顔で首を横に振るう。


「いや、俺はいつでも本気だ。四天王のダドラだったな……お前こそ、今ならまだ間に合う。このまま逃げるなら俺は何もしない」


「舐めるなよ! 敵を前にして逃げる武人がいるものか! 貴様こそ臆しているのか! だが勇者である以上、殺すぅぅぅ!」


 闘志を漲らせ、ダドラはじりじりとアスムとの距離を詰める。


「なるほど、警告はしたぞ……」


 アスムは静かな口調で言いながら両腕を広げ大きく掲げた。


 パァン!


 鋭い音と共に合掌する。


「――では、お命いただきます!」

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