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第26話 アスム・ヒストリー「変貌」

 アスムの言葉にハンナは唖然とした。


「モ、モンスター飯? 何ですか、それ?」


「よくぞ聞いてくれた! モンスター飯とは狩った魔物肉をどの種族でも美味しく食べられるよう味は勿論、見栄えや匂いに至るまで一般の料理、いやそれ以上の逸品として昇華させる究極のレシピだ。世界の至る箇所で数多くの魔物が蔓延っており、この物価高の食糧難の時代に合致していると思わないか?」


「まぁそう言われてはそうですけど……えーっ、なんか抵抗ありますぅ」


 アスムの熱意ある答弁も、忠実なハンナでさえ思いっきりドン引きした。


 これが本来の種族達の反応とも言える。

 誰も好き好んで魔物を食べる者はいないとされ、「寄食」や「ゲテモノ」として見られている証だ。

 アスムもそのことは理解しており「やはりそういう反応か……」と理解を示している。


「安心してくれハンナ、モンスター飯についてはまだ構想中の段階だ。まずは俺が試食を繰り返し、その完成品をキミとニャンキーに食べてもらう。それならいいだろ?」


「はい、わかりました(結局、食べさせられちゃうんだ……女神ユリファ様、どうかこの試練に耐える力をお与えください)」


 なんやかんやとゴリ押ししてくる勇者に、ハンナは心の中で信仰する女神に助力を請うのであった。


 ――当の私こと導きの女神ユリファは神界で寝っ転がりながら、仮想ポテチを食べていたけどね。


 それからアスムの冒険者としての活動が始まる。

 借金したギルドに命じられるままクエストを割り当てられ、それを着実にこなしていった。


 時に等級以上の難解かつ高額クエストを依頼されるが、元々潜在能力ポテンシャルが高いアスムは「上等だ」と気鋭し次々と達成していく。

 そうして借金を返済しつつ、残った報酬金をニャンキーのギャラとハンナの生活費に工面した。


「強力な魔物モンスターを狩れば狩るほど、報酬金だけではなく上質な素材を高額で売れ、さらに新鮮な魔物肉も手に入る――これこそ我が理想の職場! 超ホワイト企業とも言える、レッツ楽園パラダイスライフだ!」


 そう心を躍らせながら勢力的にクエストを達成させ、わずか一カ月弱で第七級から第四級の冒険者へと駆け上がり、最速ルーキーとしてレコードを叩き出した。


 やがてアスムの名はギルド内でも馳せるようになり、比例する形でフォルドナ王国に限らず他国でも高額クエストの依頼が舞い込んでくる。

 こうした好循環が機能したことで、わずか六カ月で1000万Gの借金を完済寸前まで届きつつあった。


 だが一方で。


「うぉぉぉ……は、腹が痛てぇ~っ!」


 冒険者を始めた当初、アスムは頻繁に腹痛に冒されていた。


「また『魔力抜き』に失敗したニャア? だからあれほど聖水の分量と浸す時間を間違えるなと言ったニャア!」


「アスム様の特性魔力は光属性なのに、あえて闇属性の魔物ばかり試食していますからね……普通なら死んでいます!」


 激痛で横たわるアスムに、ハンナは解毒魔法と回復魔法を施している。

 回復術士ヒーラーの彼女がいなければ当の前に死んでいても可笑しくないだろう。

 完治したアスムは起き上がり、自分で作り試食した料理を恨めしそうに見つめる。


「すまん、ニャンキー。ありがとうハンナ……俺の固有スキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉では問題ないとされていたが、おそらく何か方法が間違っていたのだろう。初見では完璧に見極められないのがこのスキルの弱点でもある。魔物肉によって『魔力抜き』の方法が異なっていたのか、あるいは浮いた魔力の灰汁抜きや水洗いを不足していた可能性も考えられる……完全な食肉に至るまで課題は山積みだ」


「「……」」


「どうした二人とも? 何故、そんな目で俺を見る?」


「……いえ、アスム様。この一カ月で随分と痩せられましたね?」


「……それに背も10㎝くらい急激に伸びているニャア?」


 ハンナとニャンキーに指摘され、アスムは自分の身形を確認する。


「そうか? 言われてみればかな……まぁモンスター飯の試食ばかりで食って吐いての連続だからな。あと肉体は14歳だから育ち盛りでもあるのだろう」


 アスムは軽く捉えていた。


 そんな荒行とも言える無茶ぶりを何度も繰り返している内に、彼の身に異変が起こる。


「……ん? 何だ? 体が変だぞ?」


 野営していた就寝中の出来事だ。

 突如、アスムは全身に謎の高熱を発しまい、さらに激痛に襲われてしまう。


「ぐうっ!? 痛ぅ、がぁ、があああああああああああああああ――……」


 体内を駆け巡る何かが蝕みさらに浄化されていく。

 ギギギッと全身の骨が軋み、筋肉が壊され造り変えられていく感覚と痛み。

 謎の現象に喉が絞られ、声すらまともに出せなくなってきた。


「……うにゃ。アスム、こんな夜中にどうしたのニャ……って。にゃんだぁ、こりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 焚火の番をしていたニャンキーがアスムの異変に気づき、テントを覗いた途端に悲鳴を上げる。


「あ――」


 ついにアスムは意識を失った。



 翌朝。


「おはようございます、アスム様!」


 アスムが顔を洗っている中、別のテントで寝ていたハンナが元気よく挨拶して近づく。


「おはよう、ハンナ……昨晩は酷い目に遭ったよ。けど起きたら妙に清々しい気分だ。そう、まるで賢者になった気分だ」


 顔をタオルで拭き、アスムは振り返る。


 刹那


「だぁ、誰ですかぁぁぁ! 貴方はぁぁぁ!?」


 ハンナは唐突に声を荒げ始める。


「え? 誰って? 何のことだ?」


「すっとぼけてぇ! そうか、貴方は魔族ですね!? 特にデーモン族は見た目だけはカッコよくイケメン揃いと聞きます!」


 そう言いだすと彼女の主力武器である戦棍メイスを取り出し威嚇してきた。

 するとテントからニャンキーが全身の毛が逆立つほど警戒した様子で出て来る。


「……ハンナ、違うニャア。そいつは間違いなくアスムだニャア……」


「え? ニャンキーさん、今なんて……この怪しい痩せマッチョのイケメンが、アスム様ぁぁぁぁぁ!?」


「ったく、朝から何だと言うんだ? 確かに少し顔がシュッとしたような……あと、また身長が伸びたようだ。まぁ、これも成長期だろう」


「「成長期じゃねーよ!」」


 無頓着なアスムに対し、ニャンキーとハンナは自分のキャラを忘れるほど強烈にツッコんだという。


 これはあくまで彼の話を元にした、私こと女神ユリファの憶測になるけど――。


 アスムは失敗した『モンスター飯』を繰り返し食べていたことで少しずつ体質が変化し蓄積され、ある時を境に骨格や肉体さらには細胞レベルに至るまで、良い意味でも悪い意味でも急激に変貌を遂げたかもしれない。


 ――つまり突然変異でカッコよくなったイケメンってやつよ!

 って、自分で言っておいて変だけど……イケメンの突然変異って何?


「――前世では人の見た目は9割だと言う輩もいるが俺は気にしない。これで固有スキルを失い弱体化したら本末転倒だが、今のところは問題なさそうだ。寧ろ頗る絶好調だぞ」


 朝食時、アスムはご二人にそう説明する。

 この時だけは師匠であるニャンキーから「しばらくの間、モンスター飯禁止だニャア!」とキツく指示を受けた。


「……そうかもしれにゃいが、あまりにも変わりすぎだニャア」


「まさか魔物を食べ過ぎて呪われたのでは?」


「だったらミーア族だって、とっくの前に呪われているだろ? なぁ、ニャンキー」


「ん~っ、確かに……まっいっか、ニャア!」


「ええーっ、ニャンキーさん! いいんですかぁぁぁ!?」


 ミーア族ならではの気まぐれと拘りの無さに、ハンナは愕然とする。

 この時、アスム自身は気づかなかったが肉体が変化したことで、実はマイナスの部分も生じている。


 ――それは魔力を体内から放出できなくなっていたことだ。

 はっきり言うと魔法が一切使えなくなっていた。


 原因として『魔力抜き』に失敗した闇属性の魔物肉が影響し、光属性の魔力がメインだったアスムは闇属性の特性を同時に宿してしまったようだ。

 相反する魔力属性を同時に宿すことは非常に稀であり、特に『光』と『闇』の相性は最悪な組み合わせである。


 次第にそのことに気づいたアスムは、後ほど仲間となる魔法術士ソーサラーに頼み、全身に禁忌魔法である『魔道刺青マジックタトゥー』を刻むことで、その欠点を克服した経緯があったのだ。



 こうして一年間が経過していく。


 約束どおりアスムはフォルドナ王国に戻ろうとした時、緊急事態が発生した。


 ――魔王軍の襲来である。


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