アスムがやらかした狂的事態に王城内は騒然となる。
魔王を一撃で斃せるかもしれない最強スキルを放棄し、勝手に一般の料理スキルと交換したからだ。
しかも禁忌とされている黒魔術の儀式を施されてまで……。
常軌を逸した内容に報告を受けた温厚で有名なノイス国王でさえ「なんじゃと! あのうつけ者が!」と驚愕し怒り心頭だったという。
そして次の日。
アスムは『玉座の間』に呼び出されていた。
今までにないほど重々しい雰囲気に包まれており、アスムは中央に立たされ槍を持った複数の兵士に囲まれている。
また左右側と後側周に重鎮達と一緒にガルドやハンナ、さらにはユウヤ達の姿もあった。
玉座に腰掛けるノイス国王が最初に口を開く。
「……勇者アスムよ、其方に幾つか問いたいことがある」
「王様、私の固有スキルの件でしょうか?」
基本、年上には相応の敬語で接する元社畜サラリーマンのアスム。
「そのとおりだ。聞けば其方は魔王を斃すほどの強大なスキルに覚醒したにもかかわらず、見知らぬ少年の料理スキルと勝手に交換したとか? 間違いないのだな?」
「はい、仰るとおりです」
包み隠さず堂々とした言葉に周囲はどよめく。
「なんと……」
「勇者が自らそのような真似を」
「奇妙奇天烈にも程がある」
重鎮達からこのような言葉が漏れている。
「まさか、あんな強力そうな固有スキルを捨てるなんて……明日夢君、いったい何を考えているの?」
「戦うのが怖くなっちゃったのかな? お姉さん達に相談してくれれば良かったのに……」
リンとナオがそう呟く中、ユウヤは「フン」と鼻を鳴らし口角を吊り上げる。
「最初っからワケがわからん奴だったからな。皆が言うように頭がイカれているのさ」
そう吐き捨てた。
国王の隣で座るマルーシア王妃が「静粛に」と告げ一気に静まり返った。
報告者であるガルドが前に出てくる。
「陛下、この件に関しては私の至らぬこと……如何なる責任も辞さない覚悟です!」
「いや、ガルド君は一切悪くない。無論ハンナもな。全ては私の自己責任です」
アスムは胸を張って言い切る。
本心では「王族や貴族も密かに利用してんだろ?」と頭に過ったが、下手をすれば交換に応じたマークや道具屋の店主も巻き込んでしまい兼ねないと判断し、全て自分の意志という形にした。
「では問う、何故そのような事をした?」
「私には必要不可欠だと思ったからです。勿論、魔王を斃す上でも」
「其方が交換した〈
「確かに。ですが戦闘面においても十分に能力を発揮します。それ実演してみせましょう――ガルド君、王様達の前で俺と模擬戦をしてくれないか?」
アスムの要求に、ガルドは「は? 陛下の御前で何を戯けたことを」と首を傾げる。
ノイス国王は「構わん、見せてみろ」と指示し、兵士達は慌てて準備に取り掛かった。
中央に一定の空間が作られ、勇者アスムと
ガルドは模擬戦用の刃がない大剣と大楯を両腕で携え、アスムの片手には木剣が握られていた。
「では始め!」
兵士の合図で模擬戦闘が開始される。
「ガルド君、俺をにっくき敵だと思って遠慮なく打ち込んでくれ」
「にっくき敵どころか、貴様は心底イカレ勇者だと思ってるよ――行くぞ!」
ガルドは踏み込み強烈な剣撃をアスムの頭上へと振り降ろす。
バキィ!
アスムは瞬時に反応し木剣で防ぐも真ん中辺りの剣身が折れてしまった。
さらに圧倒する威力により衝撃を受けたアスムは顔を顰める。
「うっぐ……流石はガルド君だ。以前の俺なら今の一撃で終わっていただろう――がっ、覚えたぞ」
「覚えただと!?」
ふとアスムの双眸が赤く発光し薄い魔法陣が浮かび上がる。
「〈
「その折れた剣で何ができる!? ふざけるのも大概にしろ!」
「ふざけてなどいない。俺はいつも本気だ――!」
今度はアスムが踏み込む。
折れた木剣にもかかわらず素早い撃ち込みを浴びせるも、ガルドの大楯が見事に防ぐ。
「フン! でかい口を叩く割にはその程度か!? 小太りにしては中々の剣撃だが、スピードが足らん! 所詮は太りすぎだ! 痩せろバカ者が!」
「なるほど、俺自身の課題でもある。それにあれだけの大楯も片腕で自在に使いこなすとは……だが覚えたぞ」
「覚えたからどうだと言うのだ!」
ガルドは盾を突き出し、タイミングを見計らい大剣で攻撃を仕掛けてくる。
鉄壁の守りと強力な剣撃を兼ね備えた攻防一体型の戦闘スタイルだ。
アスムは辛うじて躱すも、剣先が腹部を掠めている。
このままでは時間の問題、いずれ捉えられ一撃を食らうだろう。
そう誰もが思った。
が、
一向に攻撃がアスムに触れることはない。
それどころか巧みに回避し、カウンターを仕掛けてくる。
ガルドは大楯が振り払うも焦りを抱いていた。
「何だ!? 何故、攻撃が当たらん! アスム少年の動きが急に素早くなったぞ!?」
「素早さじゃない――タイミングだ。俺は既にガルド君の動きを全て見極めている」
「何だと!?」
「これこそが〈
「バ、バカな! 料理関係ないだろ!?」
「何事も使いようだよ、ガルド君……とはいえ、こちらも攻撃が通らない。キミの
「ふ、ふざけるな!」
ガルドは額に血管を浮き上がらせ、自ら大楯を捨てる。
大剣を両手に持ち替え、渾身の一撃をアスムに放った。
「おっ、これはチャンスだ!」
アスムはあえて懐に飛び込み、振り下ろした両腕を掴んだ。
そのまま勢いを利用し、見様見真似で覚えた一本背負いで投げ飛ばす。
ガルドの巨体は宙を舞い、激しく床に叩きつけられた。
思わぬ光景に周囲は大口を開け驚愕している。
「痛ぇな! この野郎!」
だがガルドは瞬時に立ち上がった。それほどダメージを受けた様子は見られない。
無駄マッチョ冒険者のゲイツとは異なり、タフネスさも兼ね備えているようだ。
「――そこまでだ。両者とも、もう良いだろう」
ノイス国王が玉座から立ち上がり二人を止めた。
アスムとガルドは緊張を解き、その場で跪き畏まる。
「勇者アスムよ。其方の戦いは、この目でしかと見定めさせてもらった。我が国屈強を誇るガルド相手にそこまで戦えるとは……しかも、その子豚のような身形にもかかわらず」
なんだか一言多いノイス国王。玉座に凭れかかり腰を下ろした。
「……それが其方の固有スキル能力と言われてしまえば認めざるを得ない。よって本件は不問とする」
「ありがとうございます王様。良かったな、ガルド君!」
「きぃざぁまぁがぁ言うぅぅぅなぁぁあッ!」
「――しかしだ」
ノイス国王は口を挟み、アスムを凝視する。
「勇者アスム、其方の行き過ぎた行動は目に余るぞ。聞けば勝手に王城を抜け出し冒険者登録するわ、ギルドに借金もしているとか? そこはどう考えておる?」
割とド正論を突いてきた。
だがアスムは平然と首肯する。
「私的にはどれも必要な投資だと思っております。ですがガルド君を始め、ハンナにも迷惑を掛けてしまったことは事実です。そこはこの場をお借りして素直にお詫びいたします」
「へ~え、貴様からそんな言葉が聞ける日が訪れるとは世も末だな! ついに魔王軍でも攻めて来るのかぁ、おい!」
「ガルド、やめい」
「ハッ、陛下……失礼しました」
軽く咎めたノイス国王は「こほん」と咳払いをする。
「では勇者アスムよ。これからは振る舞いを正し、少しは勇者らしく……」
「――王様、私からご提案とお願いごとがあるのですが」
アスムは国王の言葉を遮り言い出した。
「何だ? 申してみよ」
「はい。一年ほど、私にお暇を頂きたく存じます」
「ひ、暇?」
「はい。それと……30万Gほどお借りしていただければと、現金で」
「30万G? 何だそれは?」
ノイス国王の問いにアスムは包み隠さず正直に説明する。
それは以下の二つだった。
一つは一年間ほど冒険者として活動し戦闘の実績を積むこと。
もう一つは
しかしアスムの説明でノイス国王は絶句し、ガルドが「はぁぁぁぁ!?」と声を荒げたのは言うまでもない。