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第23話 アスム・ヒストリー「儀式」

 途方にくれるアスム達。

 不意に誰かが声を掛けてきた。


「アスム、元気かニャア!」


 ニャンキーである。

 近くには彼を雇った他の冒険者達もいる。


「きゃあ、ミーア族ですぅ!」


「始めて見たぁ、超可愛い!」


 その愛くるしい猫の姿にハンナとローラは互いに手を取り合って盛り上がっている。


「ああ、ニャンキーか……その節はどうも」


「珍しく元気ないニャア? 食あたりか?」


「違うが、そのぅ……色々あってな」


 アスムはニャンキーにこれまでの事を説明した。


「にゃるほど、つまり金が必要ニャア?」


「そうだ。あんたを雇う30万Gは当てがなくもない……が、流石に1000万Gを用意するのは至難の業だ。金を借りるにしても俺には担保がない」


「ひとつ方法がある――ギルトなら借してくれるニャア」


「え? 本当か!?」


「うにゃ。その代わりギルドが指定したクエストをまめに行い、その報酬から差し引きされる仕組むだニャア」


「おお~っ、流石は我が心の師。まさかそんな裏技あったとは……って、なんでゲイツは知らないんだ?」


「知ってるっすよ……けどギルドに足下見られ、体よく使いっパシリになるのがオチっす。とてもアスムさんにお勧めできないっす」


 ゲイツなりにアスムの安否を気にかけていたようだ。

 だが狂人のアスムが気にする筈がなく、寧ろ上等だと思っていた。


「構わない。それじゃギルドに借金してスキル交換だ! ありがとう、ニャンキー!」


「うにゃ。けどボクを雇う際は、あくまで現金のみだニャア。それ以外は駄目だニャア」


「……了解した」


 それからアスムは受付場に行き、率直に「金を貸してくれ」と頼んだ。

 受付嬢の案内で誓約書を書かされ、ようやく念願の1000万Gを手に入れる。

 その一部始終をマーク、ローラ、ハンナの三人が奇異の眼差しで見つめていた。

 アスムは不思議そうに首を傾げる。


「どうした、三人とも? ゲイツ達が外で待っている。早く行くぞ」


「いやぁ、アスム……あんた、相当狂っているよな?」


「最早、狂気じみて怖いくらいよ……」


「きっとこれは世界のため! 平和のため! そう私は信じていますぅ!」


 マークとローラが戦々恐々と身を震わす隣で、ハンナは神官服の裾を握り何度も自分に言い聞かせている。


「まぁいい、行くぞ」


 アスムは気にすることなく、外で待機するゲイツ達と合流した。


 裏通りは何処も薄暗く、表通りとは違った賑わいを見せている。

 見たことのない種族と、さもワケありっぽい恰好をした怪しい連中が往来していた。

 まだ強面のゲイツ達の方が可愛く見えるほどだ。


 堂々と歩くアスムの背後で、マーク達はビクビクと身を縮めてついて行く。

 ゲイツ達は手分けをして情報を集めると、アスムに知らせた。


「あそこの店で裏稼業としてやっているみたいっすよ」


「ありがとうゲイツ、皆もな。あとは俺の方で対応するから、キミらは帰っていいぞ」


「わかったっす。んじゃアスムさん、また――」


 ゲイツ達は足早に去って行く。ついでに大人の店に立ち寄るとか。

 アスムは気に留めず情報があった店へと足を運ばせた。


 そこは一見して古びた道具屋のようだ。

 しかしわざわざ裏通りに面しているのが胡散臭い。


(明らかに偽装された店だ。おそらく固有スキルの交換や提供が主な収入源だろう)


 などと観察しながらアスムは扉をノックし開けて入った。


「失礼する」


 店内に入ると棚にびっしりと薬草や回復薬ポーションの類が置かれ並べられている。

 そしてカウンターには、ごく普通で恰幅の良い中年男が立っていた。


「らっしゃい。ゆっくり見てってくれ」


「悪いが店主、俺は道具を買いに来たわけじゃない――俺と彼の固有スキルと交換してほしい」


 アスムが言った途端、男の雰囲気が一変する。


「……お客さん、何の話です?」


「とぼけないで頂きたい。この店が貴族の御用達で、そういう稼業で成り立っていることは既に知っているんだ。金は1000万Gあるぞ。これで足りるか?」


 アスムはカウンターに大金が入ったバックを置き中身の金貨を見せる。


「おいおい、だから何の話だって……」


「早く交換してくれ。今すぐ交換してくれ。出来る筈だ。もうわかっている。だったらやってくれ。てかやれ。即行でやれ。やれよ。やるんだ! ほらどうした! ばっちこぉぉぉいぃぃぃい!!!」


「あーっ、うっせーな! 話聞けよ! テメェは何なんだ!?」


 やたらと早口でまくし立てるアスムに、店主の男がブチギレる。


「俺は明日夢だ。一応、この国の勇者だ。だからお願いだ。頼む、頼む、頼む、頼む、頼む、頼む――」


「わかったって! いちいち連呼すんなよ! 勇者? 嘘だろ!? んな目が血走った勇者なんているものか!」


 店主の言葉に、アスムは口をピタっと止めた。


「ならやってくれるのか、店主?」


「ああ、金もあるようだしな……『固有スキル交換儀式スキル・コンバージョン』でいいんだな?」


「そうだ、是非に頼む! やったな、マーク!」


「あ、ああ、うん……(本当に勇者なのか? ヤバすぎるほどイカれている……けど行動力は目を見張るモノがあるぞ)」


 アスムを狂人と思いながら認めるところは認めてしまうマーク。


 それから店主の案内でアスムとマークの二人は隠し部屋へと通された。

 全体が真っ黒に塗りつぶされた室内だ。


 床には幾何学模様の魔法陣が白く描かれており、天井には異形の姿をした魔物らしき死骸や骨が幾つもぶら吊るされ、奇怪なオブジェが置かれていた。

 聖職者であるハンナが見たら絶叫しかねない禍々しい魔力で満ち溢れている。

 王城で三日間ほど書物を読み漁っていたアスムは、ここは黒魔術で構成された儀式用の部屋であると理解した。


 アスムとマークは店主の指示で、各々に用意された台座の上に寝そべりっている。


「――待たせたな、始めるぞ」


 着替えを済ませた店主らしき男が入ってきた。

 全身が黒装束の姿で、顔には角の生えた何かの動物の頭蓋骨を仮面として装着している。

 マークは「ひぃい!」と恐怖で喉を鳴らす傍ら、アスムは「早くやってくれ!」と催促していた。



 数時間後。


 アスムとマークは部屋から出てくる。


「アスム様ぁ!」


「マーク、大丈夫!?」


 ハンナとローラが駆けつけ二人の身を安否した。


「ああ、俺は大丈夫だよ」


 マークが頭を押えて微笑む一方で、アスムは俯き何故か両肩を小刻みに振るわせている。


「ククク……ついにやった! やったぞぉぉぉ! 俺は〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉を手に入れたぞ! 馴染む! 実によく馴染むぅぅぅ、ハハハハハハッ!!!」


 身体を仰け反らせ喜悦する、アスム。

 勇者なのに、まるで魔王を観ているかのように不気味な高笑いだ。


(((いや料理スキルじゃん……)))


 そう三人が無言でドン引きしていたのは言うまでもない。


「――世話になったマーク、それにローラ。なんて言ったらいいのか……二人には感謝しきれない」


 表通りまで戻ってきたアスムは、二人に向けてお辞儀をしている。


「そうか? 世話になったのは俺の方なんだけど……けど本当に良かったのか?」


「構わん。〈極限光輝の爆撃滅殺マキシマム・バーストエンド〉の欠点については教えたからな。冒険者になっても安易に使うなよ」


「わかった、これからローラと二人で冒険者として頑張るよ!」


「……私は何もしてないけどね。けどアスム、彼方の執念と行動力は勉強になったわ。こちらこそありがうね!」


 マークとローラは晴れ晴れとした笑顔で手を振り帰って行く。


「アスム様、これぞ終わり良ければ全てよしですね……けど、あれ? 何か間違っているような……あれ?」


 ハンナだけは首を傾げながら延々と自問自答を繰り返していた。



 そして夜。

 王城に戻ったアスムは、これらの事を教育係のガルドに報告した。


 刹那、


「はぁぁぁぁ!? 〈極限光輝の爆撃滅殺マキシマム・バーストエンド〉を料理スキルと交換しただとぉぉぉ!?」


「そうだ! ガルド君、これで俺はより理想に近づいたと言えるだろう! どうか喜んでくれ!」


「喜べるかァッ!」


 両目に涙を浮かべたガルドの愛と怒りと悲しみを乗せた拳骨が飛ぶ。

 アスムの黒瞳が瞬時に赤く染まり、双眸から半透明の魔法陣が浮かび上がった。


 今度は見事に躱し切る。


「か、回避した!?」


「――なるほど。拳骨の軌道が変化したのは肩甲骨による回旋運動だったのか……武道の達人ほど器用に動かすことが可能だと聞く」


「だったら何だよ!?」


「どうだ、ガルド君! これが俺のスキル〈調理材料の慧眼イングレディエント・キーンアイ〉の能力だ! 完全に見切ったからな! もう当たらんぞ!」


「どうでもいいわ! バカ野郎ォォォッ!!!」

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