ギルドに行っていたアスムは王城に戻ると、教育係のガルドから雷が落ちた。
「アスム少年、貴様は何を考えている!? 勝手に城内を出て行くなど非常識ではないか!?」
「すまん、ガルド君。そこは大いに反省している……だが早速訓練の成果もあった。そこは俺のためにプログラムを立ててくれたキミに感謝しているんだ」
「え? そうなの、照れちゃうなぁ……って言うと思ったか! 貴様、三日後の『スキル覚醒儀式』まで城外は疎か敷地に出ることすら許さないからな! 訓練の参加も認めん! 城内で反省しておけ!」
「わかったガルド君、従おう……それと言いにくいのだが、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「何だ?」
するとアスムはぽっちゃりした身体をくねらせ、頬を赤く染める。
「金貸してくれ、30万Gほど……」
「誰が貸すか! とっとと部屋に戻れ!」
そうしてアスムはしばらく王城で軟禁されることになった。
だが彼は少しもめげてなく、書物庫でありったけの「モンスターに関する知識」を読みまくり知識を吸収していく。
傍から見れば、モンスターと戦うために学習していると思われるだろう。
しかし、それは大いなる勘違いであった。
(
戦闘狂ならぬ料理狂。
もう誰一人として、この男を止められる者はいない――。
◇◆◇
そして三日後。
アスムは同じ勇者であるユウヤ、リン、ナオの三人と共に大聖堂へと集まっていた。
彼らの傍には教育係のガルドと数名の兵士、さらに見習い神官のハンナ少女もいる。
ハンナは何故かアスムと仲が良く(秘密を共有しているので)、暴走しがちな彼の監視役として抜擢された経緯があった。
それにガルドには思うところもあるようだ。
「本日の『スキル覚醒儀式』で諸君らが如何なる勇者となり得るかが決定されると言ってもいいだろう。だがどのような固有スキルに目覚めようと諸君らが勇者であり、資質に溢れていることに変わりない。だからどうかリラックスしてくれ……が、アスム少年だけは、ちょっとは緊張感を持てよ」
「大丈夫だ、ガルド君。俺は料理の時は常に緊張感を持ち全集中している」
「それ以外にも緊張感を持てと言っているんだよ! ブレねーな、貴様は!」
などとツッコミを入れるも、ガルドは内心アスムに注目している。
あの荒行である特別訓練をいとも容易くクリアした少年。
やられた騎士の話では、ぽっちゃりとした見た目に反し修得の速さと俊敏な動きを見せていたと聞く。
しかも相手の動きを先読みし見切る能力が尋常ではなかったと話している。
(鑑定祭器を壊したハンナからは、他の三人に比べ見劣りする
そう考え見定めるため立ち合いに来たと言っても良いだろう。
大聖堂は召喚儀式で行われた神殿とは異なり、固有スキル覚醒儀式のため設置された公共施設であり教会であった。
ここでも『導きの女神ユリファ』と『召喚の女神リエスタ』の二極女神が信仰され、普段より多くの巡礼者が訪れていた。
施設内の上部にあるステンドグラスからは沢山の光が差し込み、この内部全体が幻想的で澄んだ空気で満たされる荘厳な美しさと雰囲気を宿している。
またアスム達の外にも10代くらいの少年と少女が50人ほど待ち構えていた。
「他の人達も『スキル覚醒儀式』に参加するのですか?」
ユウヤがガルドに訊いている。
「そうだ。各々の諸事情で年齢はバラバラだが、フォルドナ王国では10歳から18歳の間で儀式を行うよう義務付けられている。今ここにいる皆はそういう子達だ」
何でも年に1回行われる通過儀式のような行事らしい。
なので勇者関係なく該当する者全員が参加している。
「アスム様、どうか頑張ってください! 私、女神ユリファに祈っております!」
ハンナは大きな瞳を輝かせ応援している。明らかに何かを期待した眼差しだ。
「頑張るも何も……内に秘めた力を任意で引き出すとかだろ? 頑張りようがないのだが……」
アスムは正直、自分の固有スキルに興味がなかった。
心の中では「どうか料理が上手くなるスキルでありますように……あっでも安易に料理や食材とか出てくる系はやめてほしいな。ましてやスーパーごとなど論外」など、あくまで『狂気的グルメ志向』オンリーで考えている。
最初に他の少年達が儀式を行うことになった。
アスム達は最後の方だと説明を受ける。
少年少女らは一列に並び、間もなくして司祭が現れた。
牧杖を握りしめ身体を震わせて歩くのがままならない老人、双眸を細め柔らかい微笑を称えている。
「あの司祭様が代々受け継ぐ〈
アスムは聖職者であるハンナから説明を受ける。
「ん? 可笑しくないか?」
「何がです、アスム様?」
「固有スキルが継承されるなんてあるのか? 書物で読んだが、固有スキルとは個人の内に秘めた無二の才能なんだろ? 仮に親子間とはいえ、そう都合よく能力が被ることがあるのか? 実は固有スキルとは遺伝性とかそんな類か?」
やたら早口で問うアスムに、ハンナは「え? えっと……」と言葉を詰まらせる。
「……言われてみればです。先代の司祭様は確か血の繋がりはなかったかと……」
「キナ臭いなぁ……何かカラクリがあるに違いない」
料理とは関係ない事にもかかわらず、アスムの瞳がキュピーンと光らせた。
そんな司教の手が淡く発光し、跪く少年の頭部に触れる。
不意に細めていた双眸がカッと大きく見開く。
「……来る、きっと来る、やって来る、来る来る来る来るゥゥゥ、来たァァァァァァ! ハアァァァァイ!」
奇声を上げる司祭が突如ピタッと動きが止まる。
「出ましたぞ、目覚めし固有スキル――〈
そう告げられたと同時に周囲から、どよめきく声が発せられた。
「……あれ、俺もやらなきゃ駄目か? 黒歴史になりそうなのだが……」
「勿論です、アスム様! どうか頑張ってください!」
こうして次々と少年少女達の固有スキルが目覚めていく。
丁度、中盤あたりに差し掛かっただろうか。
「目覚めし固有スキル――〈
「なんだってぇぇぇ! 嘘だろーっ!?」
覚醒したスキルを告げられた少年が大声を発して項垂れている。
前髪が長い茶髪で純朴そうな少年だった。
再び周囲から、どよめきが発生する。
「おい、マークの奴……マジかよ」
「あいつ、ずっと冒険者を目指していたよな?」
「ああ、〈
(――料理人スキルだと?)
少年達の何気ない会話をアスムは反応して聞き耳を立てる。
なんでも食材や料理道具を目利きする能力だとか。
「しかもマークの実家って大工よね? 料理人スキルなんて関係ないじゃない」
「……完全に外れスキルだな。可哀想に」
周りから同情の声が漏れ始める。
すると一人の少女がマークという少年に寄り添う。
金髪を綺麗に三つ編みにした綺麗な顔立ちをした美少女だ。
彼女はローラという名前でマークの幼馴染みらしい。
一緒に冒険者を目指し頑張ってきた間柄であった。
「マ、マーク……大丈夫?」
「ああ、ローラ……お、俺ぇ、どうしょう……」
今にも泣きそうな、マーク。
無理もない。冒険者を目指す彼にとっては何の役にも立たない固有スキルだ。
しかも実家は大工なので跡継ぎにもなれず活かしようがないときている。
ハズレだと絶望しても仕方ないことだ。
が、
アスムは猛スピードで駆け出し、そんなマーク少年の胸ぐらを強引に掴んだ。
「バッキャロー! テメェ、大当たりじゃねぇぇぇかぁぁぁぁ!! 羨ましいなぁ、コンチクショウゥゥゥ!!!」
「ええぇぇーっ、アスム様ぁぁぁ!?」
ハンナはいきなりブチギレ暴徒と化した勇者を前に大口を開けて驚愕した。