「そこのあんた! すまんがその肉を俺に見せてくれないか!?」
我慢できずアスムはカウンターから離れ、ニャンキーに歩み寄る。
「何だ、いきなりアンタ!? この干し肉はボクのだミャア!」
「別に奪おうなんて思っちゃいない! ただ気になるんだ! その肉はなんの動物なんだ!?」
「動物? 違うニャア、これは魔物の肉。つまりモンスターだニャア」
「モ、モンスター!? 今モンスターって言ったのか!? 魔物って食えるのか!?」
「んだぁ、この小太りはぁ!?」
詰め寄るアスムにゲイツは苛立ち声を荒げた。
『暴風』という異名を持つ、ゲイツ。
厳つい強面の短髪で、リーダー格であるだけに仲間達の中で一番の巨漢であり筋肉も血管が浮き出るほど隆々としている。
その広い背中で装備している巨大な戦斧は、単身で陸竜ことアースドラゴンの頭部を一撃で砕き葬ったという逸話があった。
だが如何に凄まれようと、アスムは意に介さない。
「……すまんが後にしてくれ。なぁ猫さん、なんの魔物でどの部位の肉なんだ?」
「テメェ、無視すんじゃねぇ!」
激昂したゲイツはニャンキーが持っていた干し肉を払い除けた。
アスムの目には、飛ばされた干し肉がスローモーションのように床へと落ちていく。
「小太りのガキがぁ! オレを舐めるとどうなるか思い知らせてやるぜぇぇ!」
「――え」
アスムは俯いたまま何かを呟く。
「あっ?」
「拾えと言っている」
顔を上げ鋭い眼光でゲイツを睨みつけた。
その異様な威圧感にゲイツは一瞬だけ戸惑いを見せるも矜持の方が上回る。
額に血管を浮かび上がらせ鼻をひくつかせた。
「テメェ、ブッ殺す!」
丸太のような腕を上げ掲げ、アスムに向けて拳を突き出してくる。
アスムは瞬時に反応し、迫ってきた拳を回避しながら手首を握った。
そのまま抱えるように柔道技である一本背負いで巨漢のゲイツを投げ飛ばす。
「ぐぇ!?」
床に叩きつけられたゲイツ。
自分が何をされたのかわからず醜い悲鳴を上げた。
だが幸い背中の戦斧によって衝撃が和らげられているようだ。
「見様見真似でやってみた技だが思いの外キマったな。これもガルド君が俺のために作ってくれた特別訓練の成果だろう」
アスムは小声で呟き、ゲイツの目の前で床に落ちた干し肉に向けて指先を向ける。
「拾えよ」
「ふ、ふざけるな……オレは負けてねぇぞ! 暴風のゲイツ様の実力を見せてやるぜぇぇぇ!!!」
ゲイツは勢いよく立ち上がり、背中の戦斧を取り出した。
その光景に他の冒険者達から「うわぁ!」と戦慄の叫び声が響き渡る。
「おい、やめろゲイツ! ギルド内だぞ!」
「うるせぇ、こいつだけばブッ殺す!」
流石の仲間も制止を呼びかけるも、ゲイツは聞く耳持たず振り切る。
アスムの頭上に向けて容赦なく戦斧を振り下ろしてきた。
だが彼は至極冷静だった。
「うむ、これも特別訓練で学んだことが活かされる――」
アスムは回避せず寧ろ突進して攻撃を掻い潜り、ゲイツの懐に飛び込んだ。
ぽっちゃりしているとは思えない素早い瞬発力とドンピシャの踏み込み。
「何だと!?」
「特に大振りの攻撃は肩の初動で見極めろと教わったぞ」
アスムは腰に携えていた訓練用の片腕剣を抜いた。
その剣は刃がなく先端も丸みを帯びており本来なら突き刺すことが不可能だ。
懐に入ったアスムは切っ先をゲイツの喉元に向けて打突した。
「ぐぇぇぇ!!!」
ゲイツは無様な悲鳴を上げ物凄い勢いで吹き飛ばされる。
そのまま床を滑りながら倒れ、喉元を抑えて激しく咳き込み苦しそうに悶えていた。
完全に勝負ありだ。
しかしいくら教えられたからとはいえ、いきなりの実戦でやり切れることではない。
アスムはこの時から既に冷静沈着で強かったということ――!
「おい、ゲイツとか言ったな? あれを拾え」
「わ、わかりましゅた……ごほっ」
すっかり戦意喪失したゲイツ。
四つん這いで干し肉を掴み、アスムに手渡した。
受け取った彼はそれをニャンキーに差し出す。
「……すまん、猫さん。貴重な肉を汚してしまった。気になるなら俺が食べよう、いや是非に食わせてくれ!」
「アンタ、変わっているニャア……ボクはニャンキー。その干し肉はアンタにあげるニャア」
「本当か!? 俺は明日夢、ちなみに猫は大好きだ!」
「あ、あのぅ、アスムさん。貴方のギルドカードができたのですが……これは何の騒ぎですか?」
同時に、受付嬢がギルドカードを持ってきた。
「……すっかり忘れていた。ありがとう」
アスムはギルドカードを受け取り翳すように眺めた。
カードには彼の名前と拇印の指紋が刻まれており「第七等級」と書かれている。
この等級が「第一等級」に近づくほど冒険者として上位ランクを意味するという。
騒動が収束し、ゲイツと仲間達はアスムに「すみませんでした!」と素直に謝罪した。
「俺は何もされていない。ただ食べ物を粗末にする奴が許せなかっただけだ。これからは大事にしろよ」
アスムはそう告げ彼らを許した。
それからゲイツ達は背中を小さく屈めてギルドを去って行く。
この一件から二度と大きな態度を見せなくなったという。
ニャンキーはゲイツ達に雇われた
「あいつら金払いが悪い癖に傲慢だニャア! 二度と関わりたくないから、せいせいだニャア!」
ギルド敷地内のテラスにて、そう愚痴を漏らしていた。
アスムは興味無さそうに聞き流し、水で洗った干し肉をずっと眺めている。
「……なぁニャンキー、これは
「バラ肉だニャア。体が人族並みにデカいくせに、そこしか干し肉にできる部分がないニャア」
ニャンキーが言うには、数日前にゲッツ達がダンジョンを探索した際に襲撃され返り討ちにしたモンスターだと言う。
それをニャンキーが素材と共に回収し、干し肉として加工したそうだ。
「ふ~ん、水で洗ったからか臭いは特にないようだが……どれ」
アスムはぱくりと干し肉を口に入れる。
途端、眉を顰めた。
「……すまん、ニャンキー。頂いておいて言うのも失礼かもしれんが素直な感想を述べていいか?」
「構わないニャア」
「では――クソッ不味ッ! 一瞬、豚肉っぽい風味かと思ったら噛めば噛むほどケモノ臭が口に広がっていくじゃないか! なんだこれ!? 公園の便所みたいな……アンモニア臭か!?」
「基本、魔物の肉はどれも不味いニャア。ミーア族も飢えをしのぐため仕方なく『魔力抜き』して食べる場合がある程度ニャア……けどタンパク質は豊富だニャア」
「……体には良いのか。ところで魔力抜きとはなんだ?」
アスムの問いにニャンキーは惜しむことなく説明する。
彼は瞳をキラキラと輝かせながら聞き入っていた。
束の間。
「なるほど! つまり死肉に宿る魔力さえ抜けば普通の食材と同様に食べられるわけだな!?」
「そういうことだニャア」
「だとしたら調理次第ということか……ハッ! ということは巷で起こりつつある食料難問題が解決するじゃないか!?」
「まぁ国を出れば、その辺にうじゃうじゃいる連中だニャア。けど人族は疎か他の種族も食べる者はいない筈だニャア。大抵、魔物肉は『寄食』だの『ゲテモノ』と揶揄はされているニャア」
「そりゃ下ごしらえしないでこのまま出されたら、そう思われても仕方ない。どうせ見栄えも気にせずグロいまま食べているんだろ? だが俺なら……ひと手間もふた手間も加え最高の逸品に化けさせることができる……いや、必ずそうしてみせる!」
「アスム、なんか燃えているニャア」
「まぁな! なぁニャンキー、俺の仲間になってくれないか!? 俺にはあんたの知識が必要不可欠だ!」
「別にいいけど、ボクを雇うなら月30万Gが必要だニャア」
ニャンキーの言葉に高揚していたアスムの様子がサーッと一変する。
急に現実に戻されたのか、やたらと目が泳いでいた。
「……金か。うん、当然だよな……わかった、なんとかしよう」
「わかったニャア。ボクは次の先約があるから、しばらくこの国で滞在するニャア。次は一週間後ここで待っているニャア」
「ああ勿論だ。それまで必ず30万Gを用意する……だから約束だぞ!」
ちなみに30万Gは日本円で30万円くらいの対価となる。
こうしてアスムは戦犯ニャンコからモンスターが食べられることを知り衝撃を受けた。
いよいよ『モンスター飯』に魅了された狂人勇者となっていくわけである。