「――当時、見習い神官だったハンナ伝手に俺は規格外だと知っていたからな……俺が
アスムは火を愛でながら、五年前のことを語っている。
何気に「こいつ自分のイケメンには無頓着なのに、他人に対する美的感覚はあるんだ……」と思った。
「リア充って意味ね? けどアスムと一緒なら寧ろ成長の促進になるんじゃない?」
「いやユリ、それは彼らが俺を受け入れてくれていたらの話だ。ここまで話したとおり、ユウヤ達は俺を転生者だという認識が薄かった。見た目で何かと年下扱いされていたからな……下に見られている以上、そういう奴に抜かれたらどう思う?」
「傷つくわね」
「だろ? 日本で務めていた会社でも後輩に抜かれるたことで挫折し退職した奴は沢山見てきている……ましてや同じ地球生まれの若い転移者達だ。俺は彼らの邪魔にならないよう、一線を引くべきだと思った」
この辺がラノベ脳の侵された他の転生者とは違う、アスムの優しさね。
あの辺の連中なんて「え? こんなのできて当然しょ?」とか「俺、何かしちゃいましたか?」など無自覚系を装い、マウント取りながら相手の矜持を搾取してイキリ散らかしたがるからね。
アスムもしれっとしているけど、誰かを見下すことは決してしないわ。
「――ユウヤ達を召喚した女神リエスタは、一度に数名の転移者達を
「……酷い話だ。なら本来は俺が間引かれる側だったのだろう」
「けどリエスタの思惑が大きく外れた――それでアスムは訓練とかしたの?」
「勿論したぞ。俺だって強くならなきゃならないからな。同時に料理の腕も磨いたものさ」
うん、料理は余計だけどね。
そうしてアスムは話を続けた。
◇◆◇
ガルドがアスムに用意した特別訓練。
それは実戦以上に過酷なものであった。
まず始めに剣や槍、弓や盾など武器の使い方を一通り学ばせる。
そしてガルドが用意したフォルドナ王国きっての精鋭達100人を相手に一人ずつ対戦しなければならない。
例えるなら空手の百人組手並みの荒行とも言える。
過去にこの訓練を達成できた者はただ一人。
「やぁ、はぁ!」
「いいぞ、ユウヤ! もっと速さを活かし剣に力を込めろ!」
勇者ユウヤの剣術訓練をガルドが直々に行っている。
その手には身の丈ほどの大剣を右腕だけで軽々と振り回し、左手には大盾を掲げている。
一方のユウヤも初めてとは思えない剣さばきを見せ、スピードで勝負を挑むもガルドの防御力を突破することができない。
「よし、ここまでだ。休憩しよう!」
「はい! はぁはぁはぁ」
汗だくのユウヤに比べ、ガルドは汗一つ掻いていない。
口先だけでなく歴戦の猛者である証拠だ。
「ユウヤ、お前には勇者としての才能がある。いずれ私を優に超える日がくるだろう。それまで鍛錬を怠るなよ」
「……わかりました(鬼強ぇ)」
ガルドは「うむ」と頷き踵を返しある場所へと向かう。
やはり彼のことが気になって仕方ない。
(……アスム少年。いくら料理人達を制圧できても、我が鍛え抜かれた騎士達が相手であれば、ぐうの音も出まい。大怪我する前にやめさせるべきか……)
そう考え別の訓練広場へと足を運ばせた。
が、
「あ、あれ? え? どゆこと?」
――アスムはそこにいなかった。
ただ100名の騎士達がその場に倒れ項垂れている。
「た、隊長……申し訳ありません」
一人の騎士が震える手を伸ばしてきた。
ガルドは慌てて駆け寄る。
「おい、どうした! 何があった!? アスム少年は……?」
「ふ、不覚にも全員、彼にやられてしまいました」
「は? 誰に?」
「……勇者アスムです」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 嘘だろぉぉぉ!!!」
「嘘ではございません! 彼は最初に教えた手ほどきで全ての武器を完璧に覚えました……そして組み手もほぼ敵なしで……あの少年は怪物です! 最後は本人の希望により20人がかりで挑みましたが……私も含めて全員この有様でして」
「挑むって何!? お前ら立場逆転されてんですけど! それでアスム少年はどこに行ったのだ!?」
「そ、それがどこで聞いたのか……『腕を磨くなら実戦に限る。というわけで冒険者ギルドに行って登録してくる』と告げ、城から出て行きました」
「何だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ガルドは喉が張り裂けんばかりに絶叫した。
◇◆◇
その頃、アスムは冒険者ギルドに訪れていた。
朝、料理指導のため厨房の料理長から聞いた情報である。
料理長も嘗てギルドに登録した冒険者であり紆余曲折で辞めて料理の道に入ったとか。
「俺のような余所者でも簡単に登録させてくれると聞いたが……」
アスムは煉瓦造りの大きい堅牢な建造物の前に立っていた。
なんでも来るべき魔王軍との戦闘に備え、腕の立つ冒険者が多く集っているとか。
扉を開け建物内へと入る。
そこは城内とは異なる景色で広がっていた。
様々な防具で固めた冒険者達が混在し、中には見たことのない種族達もいる。
喧騒に包まれ、かなりの大盛況だ。
ギルドの1階はクエストの受注および達成報告をする受付と酒場が併設されており、まだ午前中もかかわらず辺りは香ばしい肉の焼けた香りや酒の匂いが満ちている。
ちなみに施設の収益構造は、クエストの依頼主から受け取る手数料と冒険者が持ち込む様々な素材の買い取り及び転売所があり、2階~3階は宿屋と飲食スペースの収益によって成り立っているとか。
アスムは種族達を掻き分けて受付場へと向かった。
「すまない。冒険者登録をしたいのだが?」
「はい、ではこの用紙に記入をお願いします」
若く綺麗な受付嬢は愛想よくカウンターの上に用紙を置いた。
アスムは用紙に目を通す。
(……字が読める。なるほど、これが転移者との違いか)
そう転生者は肉体を蘇生される際、異世界ゼーノに存在する共通文字は勿論、種族言語や文字を全て習得している。
帰還前提の転移者達と異なり、その地で一生を終えなければならないための配慮と恩恵を与えられているのだ。
「ちなみに俺は住所不特定者だ。種族も年齢も曖昧、さらに連帯保証人もいないが大丈夫か?」
「はい。大抵の方はワケあり冒険者が多いので問題ありません。ただお名前と拇印を押して頂けるだけで十分です。発行されたギルドカードさえ所持すれば今から貴方は立派な冒険者扱いとなります」
「なるほど便利だな……(ならば個人情報の管理はどうなっているんだ?)」
基本ラノベ脳に侵されていないアスムは首を傾げながらも、言われるがまま名前を書き拇印を押した。
「ギルドカードが発行されるまで、しばしお待ちください」
受付嬢は記載した用紙を持ってその場を離れる。
「オラァどけぇ!」
直後、どこからか男の怒号が響き渡る。
アスムが視線を向けた先に、五人の男達がズカズカと歩いてきた。
どいつも筋肉隆々の巨漢ばかりであり、重そうな鎧と大型の武器を携えている。
さも歴戦の戦士といった装いだ。
「暴風のゲイツだ……タチ悪」
どこからかそんな声が囁かれている。
後で知ることになるが、そいつらはゲイツというリーダーを中心に組まれた冒険者パーティで全員が上位ランクの猛者ばかりだとか。
高い攻撃力を武器に数々の戦果を上げ、この国の冒険者ギルドで彼らにたてつく者はいないらしい。
なので常日頃から、こういった横暴な態度のようだ。
アスムは興味なさそうにゲイツ達をチラ見すると、あるところに視線が止まる。
ゲイツ達の背後に大きなリュックを背負った直立する猫の姿があった。
――そう当時のニャンキーだ。
けどアスムは彼には注目していない。
ガン見していたのはニャンキーが手にしている『串焼き肉』のような物体だ。
(な、何だあれは!? 何の肉だ!? 色つき形と見たことがない肉だぞ! 超気になるぅぅぅ!!!)
アスムの『狂気的グルメ志向』が疼きに疼いていた。