いつの間にか城の
ちゃっかり料理人の制服まで着用していた。
よく見ると、アスムが入って来た扉の方で下着姿の中年男が身を震わせながら恨めしそうに凝視している。
あれは本物の料理長だとガルドは悟った。
思いも寄らない珍事ぶりに、ノイス国王は疎かユウヤ達も「え? え?」と首を傾げ戸惑っている。
唯一ガルドだけは正気を保ち、アスムの腕を掴むと「貴様、ちょっと来い!」と半ば強引に廊下へと連れ出した。
近くには悲壮感を漂わせる本物の料理長が佇んでいる。
アスムは何食わぬ顔で平然としていた。
「やぁガルド君、その節は世話になった。おかげでこの世界の真理に到達することができたよ」
「そりゃよかったな……って言うわけないだろ! アスム少年、貴様は何をしている!? 何故、料理人の恰好をしているのだ!?」
「……ガルド様、その少年変なんです! いきなり厨房に入って来たと思ったら、怒鳴り散らして私から制服を奪うと同時に料理長の座まで……助けてください!」
下着姿の料理長が泣きついてきた。
だがアスムは悪びれず両腕を組み「フン!」と鼻を鳴らす。
「俺は一切悪くない。この男が料理を侮辱していたから俺は喝を入れ、こいつの代わりに場を仕切っただけだ」
「侮辱だと? どういうことだ?」
「最初に俺が厨房に訪れた時、調理場はとにかく不衛生だった。例えるなら昔、妹と見た某アニメの海賊船の台所並みに荒れ果ていただろう……まずそれが許せなかった」
「……なるほど、某アニメなんちゃらはわからないが、とても陛下達や客人に料理を振る舞ってはいけない環境だったので貴様は怒ったわけだな?」
「そのとおりだ。さらにその男、最初は俺を小バカにした態度で力づくで厨房から追い出そうとしたが、勇者の俺に敵うわけがない。コック達全員を屈服させ、まずは掃除を徹底させた」
「それでしばらく戻って来なかったのか……てか、そういう時だけ勇者を持ち出すのは、なんかズルくないか? まぁ教育係として、そこそこ強い点は安心しているが」
「確かに俺もやりすぎただろう。だが料理は愛情とも言う、愛なき者に包丁を握る資格はない。ましてやプロなら尚更じゃないか?」
「ま、まぁ、そうだな……うん」
「しかもいざ作らせたら、この男も含め
「(没頭するとやたら早口だな、こいつ)わかった。しかし何故、貴様が
「今日から俺がこの城の
「いや貴様は勇者だからな! 何、
「ガルド君……料理とは厳しい世界でもある。個人で食べる分なら自己責任だ。しかし他人に腕を振る舞う以上はプロとしての自覚と意識を持たねばならない……ただ甘やかすだけでは優秀な人材は育たない。ケーキとて食べ過ぎると胸ヤケするとの同じだ。だから俺は苦く渋く、あえて厳しくしたのだ。その男とて、いちコックだった頃は志が高かった筈だ」
「すまん。ケーキ辺りのくだりから、何を言っているのかさっぱりわからん……まぁアスム少年が怒る気持ちはわかった。だがこれはやりすぎだ。教育係の私に一言相談があっても良かったのではないか?」
「ぬるいな。ガルド君に頼っている間、貴重な食材がますます腐敗してしまう。俺にはそれが我慢ならない。この国も魔王の侵攻が影響で、いつ食糧難に陥っても可笑しくない状況なのだろ?」
「ぐっ、それはそうだが……しかし程度というものが」
すると、傍にいた本物の料理長がグスグスと鼻を鳴らして涙を零し始める。
「う、ううう……アスム
「えええーっ!?」
突如、蹲り号泣する料理長を前にガルドは驚愕した。
アスムは料理長に近づくと優しく肩に触れる。
「わかってくれればいい。この制服はあんたに返そう……これからは胸を張って美味しい料理を作ってくれ」
「はい、アスムさん! 一から出直す気持ちで頑張ります!」
見た目は14歳の少年に上から目線で悟られる中年男の料理長。
その奇妙な絵面にガルドは絶句した。
アスムは制服を脱ぎ料理長に返却する。
しばらくアスムがコック達に料理を指導する形で話は収束した。
「ではアスムさん! また明日!」
「ああ、王城の料理番に恥じぬよう、みっちり鍛えてやるからな」
「はい!」
料理長は満面な笑顔で手を振って去って行った。
(な、なんだこの少年……実は凄い奴なのか?)
呆然とするガルドに、アスムは振り返りフッと微笑む。
「――ではガルド君、俺達も頑張ろうか?」
「……頑張るって何に?」
「決まっているだろ? 勇者として魔王を斃すためだ。俺は料理人を目指すと共に勇者としても頑張る! この世界の住人達を飢えさせないためにも、元凶である魔王を斃す!」
「お、おおお……!」
ガルドの目にはアスムが輝いて見えた。
ぽっちゃりだけど決意に秘めた眼光は本物だと理解する。
(この少年……いやこの男ならやるかもしれん! ひょっとしたらとんでもない逸材になるのではないか!?)
「幸い
「あ、ああ……(信じていいんだよな? 病気じゃないよな?)」
ガルドが思うとおり、これからアスムはとんでもない逸材ぶりを発揮する。
いい意味でも悪い意味でも――。
◇◆◇
早朝。
本日から勇者としての訓練が開始されようとしている。
制服ではなく訓練着姿の四人の勇者達は何やら揉めていた。
「明日夢、どういう意味だ? 僕達と一緒に訓練に参加しないなんて!」
「雄哉君と言ったね。呼び捨てはやめてもらおう。昨日も説明したが、俺は転生者で実年齢は35歳だ。キミより一回りほど大人だということを忘れないでほしい」
「でも雄哉の言うことは最もよ。魔王と戦う上でも訓練は大切でしょ。キミだってその若さで死にたくないでしょ?」
「そっだよ。ここはお兄さんとお姉さんの言うこと聞こう、ね?」
リンとナオのあくまで年下扱いをしてくる言動に、アスムは溜息を吐く。
その態度がユウヤの勘に触った。
「おい、聞いているのか!?」
「こらこらこら、其方ら何してんのぅ?」
掴みかかろうとした寸前に、ガルドが割って入ってくる。
「ガルド教官、明日夢が僕達と一緒に訓練するのを拒んでいるんです!」
「どうした、アスム少年……貴様、昨日は勇者頑張るって私に言ったよなぁ?」
「ガルド君まで……ここは幼稚園か? 確かに頑張ると言った。だが俺のやり方で頑張ると言ったんだ。悪いが彼らとは一線を引かせてもらう。勘違いするな、別に彼らのことが好き嫌いとかではないぞ。俺は俺のペースで効率よく鍛えたい……逆にZ世代の彼らならわかってくれる筈だ」
「ゼ、ゼット? なんだスキルか?」
当然ガルドが知るワードではない。
「それと協調性の無さは関係ないだろ?」
「まったく身勝手な子、親の顔が見たいわ」
「お姉さん達、できなくてもキミを笑ったりしないのに……」
ユウヤ、リン、ナオが呆れ返り、アスムも「ほら見ろ、こうだろ?」と訴えていた。
教育係のガルドは頭を掻きながら「ああ、もう!」と声を荒げる。
「わかった、わかった! ならアスム少年! 貴様には私が用意した特別訓練を与えてやる! それがクリアできなかったら貴様もユウヤ達と一緒に訓練すること! いいな!?」
「了解したガルド君。上等だ――」
アスムは不敵の笑みを浮かべる。
しかしどうして、そこまでユウヤ達と一緒にいることを拒むのか。
それはアスムなりの配慮と優しさがあったようだ。