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第16話 アスム・ヒストリー「宴会」

 転移者の三人が魔王討伐に向けてやる気を見せる中、アスムだけが冷静に思考を巡らせていた。

 っと言っても料理のことばかりだけど。


「すまんが厨房を見せてもらいたい」


「は? 勇者殿、唐突に何を申されますか?」


 国王との謁見後。

 アスムは部屋から出た途端、槍を持った兵士に詰め寄っていた。


「この世界の食材が気になって仕方ないんだ。俺としてことが女神ユリファから聞き忘れてしまってな……だから知りたい。頼む、見せてくれ!」


「いえ、まず先に勇者殿には騎士団長であるガルド様との話し合いがございます」


 すると廊下から「ハハハハッ!」と男の笑い声が響き渡る。

 分厚い装甲の白い鎧を全身に纏う、若い騎士が歩いてきた。

 大柄で筋骨隆々の男、長い赤色髪を後ろで束ねている。体つきの割に容貌は整っており品性と風格が溢れ出ている。


「其方らが勇者殿だな? なるほど姫様が仰るとおり見どころがあるようだ。特に勇者ユウヤ、其方のことは姫様から絶賛であったぞ」


 彼の名は、ガルド・ラスターク。

 フォルドナ王国きっての剣豪であり防御力に特化した至高騎士クルセイダーの称号を持つ騎士団長でもあった。


「私はガルドだ。陛下より勇者殿の教育係を命じられている。しばらくの間、よろしく頼む」


「堂上 雄哉です。よろしくお願いいたします」


 ユウヤに続きリンとナオも挨拶を交わした。


 一方で、


「頼む! 1分、いや30秒で構わん! 厨房を見せてくれ!」


 アスムだけはスルーし、未だ兵士に訴えていた。

 そんな彼にガルドは奇異の眼差しを向ける。


「……あのぷっくりした少年も勇者だよな?」


「ええ、そうみたいです。僕は彼のこと知りませんけど」


「彼、女神リエスタが召喚した子じゃないんじゃない?」


「見たところ年下の中学生っぽいし、私達は教室内でいきなり魔法陣に吸い込まれて召喚されたから、あの子が巻き込まれたってことはないよね……」


 ユウヤ、リン、ナオの三人はアスムのことを知らないと言う。

 当然よね、アスムは転生者であり彼らと接点がないのだから。


「ということは導きの女神ユリファ側の転生者か……」


 ガルドは呟き、アスムの方に歩み寄る。


「よろしく頼むぞ、勇者殿」


 声を掛けられた直後、アスムは動きを止めガルドに視線を向けた。


「……よろしくお願いします。失礼ながら貴方、歳はいくつですか?」


「25だが?」


「では俺が年上だ。敬語は不要だと判断する。ガルド君と言ったな、俺を厨房まで案内してくれ」


「何なのだ、この少年は……他国でも『導きの女神ユリファ』が転生させた勇者達は変わり者揃いだと聞いているが本当だな」


 嘘ッ、そんな噂が異世界ゼーノ中で流れているの!?

 やだぁ、もう恥ずかしい! てか大半はラノベ脳に侵された連中ばっかだからよ!

 私は悪くないわ!


「見た目はこうだが、前世では35歳の立派なサラリーマンだ。女神ユリファより、肉体を得た時に俺が望んだ時代の姿だと聞いた……んなことはどうでもいい! あんた、結構な立場なんだろ! なら俺を厨房まで案内してくれ、頼む!」


「別に構わんが後からでも……」


「今見たい! だから見せてくれ! 厨房を見せろ! 見せろ! 見せろ! みぃせぇろぉぉぉ!!!」


 両目を見開きギラギラさせたアスムの要求を前に、ガルドの額から青筋が浮かび上がる。


「ああ、うるさい! 貴様・ ・、本当に勇者なのか!? 年上と言い張るなら年上らしく空気を読め! 兵士、こいつを厨房まで案内しろ!」


 ガルドは鬱陶しいそうに指示する。しかもド正論だ。

 アスムは兵士に「勘弁してください!」と愚痴られて厨房へと向かった。


 その間、三人の勇者は教育係の騎士団長ガルドと別室で話合いを行う。


 ちなみに私は、アスムの話を聞いた内容を女神の力を使い脳内で処理し全ての背景をイメージ化させる〈第四の壁フォース・ウォール〉というスキルを使用しているわ。

 このスキルでアスムが話してないことや体験してないことを観客目線で知ることが可能となるのよ。


◇◆◇


「……見習い神官ハンナの報告だと、勇者アスムの適正魔力は光属性であり戦闘に関しては剣技が適しているとか。しかし潜在能力ポテンシャルは最も下位である『白色』とは……酷いな」


 ガルドは溜息を吐き、「あの少年、態度と実力が伴っていない」と漏らしている。


「では彼は戦力外とでも?」


「いやユウヤ殿、そこまでは言っていない。彼が転生者である以上、これから覚醒する固有スキルで化ける可能性がある。だがその前に勇者殿らには、我がフォルドナ王国で文化を学びつつ、適性に沿った戦闘訓練を受けてもらいたい」


「「「わかりました」」」


 三人の勇者は素直に応じた。

 一見すると素直で純粋無垢の高校生達。

 けどこの従順さには理由がある。


 玉座の間でユウヤが言っていたとおり、彼らは召喚される前に女神リエスタから「魔王を討伐するまで元の世界には帰れない」趣旨を伝えられていた。

 だから従い共闘するしか選択肢がないわけだ。

 リンが「利害が一致した」と言っていた部分がここにある。

 これも転移者達に有無を言わせない、リエスタのやり方ね。


 対する転生者にはそういった縛りがない。

 彼らは主軸世界地球で既に死んだ身なので、転生した世界で寿命が尽きるまで生きなければならない。

 だから余計に前世で果たせなかった「セカンドライフ」を求めてしまう傾向があるのよね……。


 けど利点もあるわ。

 転生者は魂の想念が強い分、強力な固有スキルを宿す傾向がある。

 ガルドが言っていた「固有スキル次第で化ける」と言った点もここのあるのよ。


 それからユウヤ達の教育プランが練られる。

 まずユウヤの魔力は火属性で剣技に才があり、当面はガルドが直々に鍛えていくとはしゃいでいた。

 リンの魔力は風属性で弓術に才があり、そっち方面で鍛錬に励むという。

 ナオは全属性の魔力が備わっており、一方で武器に対しては適性が低いため勇者であるが魔法術士ソーサラーとして知識を高めていくことになった。


(……問題はアスム少年、彼だけはどう扱って良いのかさっぱりだ。しょうがない、まずは肉体を鍛えてダイエットだな)


 ガルドは頭を悩ませつつ、そう思った。


 その日の夜。

 勇者達を歓迎する宴会が行われた。


 本来なら大勢の貴族を招きダンスなどを楽しむ社交場となる筈だろう。

 しかし魔王の侵略により各地の景気が悪化し天候不良が続き、食糧難が懸念されているご時世だ。


 宴会場は縮小され、会場には主役である勇者達を始めとする王族と重鎮達の姿しかない。

 ノイス国王の話によると「王族として威厳を保つため身形はこうだが、それ以外の贅沢は控えるのうにしている。ささやかですまない」と詫び、ユウヤ達も「祖国の某政治家よりマシなお考えです」と感心を寄せた。


 ――そして結局、アスムは戻って来ない。


 親交の薄いユウヤ達は勿論、王族や同席するガルドもアスムの存在を忘れていた。


 各テーブルに数々の料理が並べられている。

 どれも地球で見慣れた献立ばかりだ。

 洋風から中華風、おまけに和食まである。


「す、凄ぇ……異世界とは思えない料理だ」


「なんだか私達が食べてきたのと変わりないわ……」


「とてもいい香り……凄く美味しそう!」


 思わぬご馳走に転移者の三人は生唾を飲む。


「はて? 美味そうではあるが、見たことない料理も含まれているようだが……」


「そうですわね。どういうことでしょうか?」


「きっと勇者様を歓迎するため、シェフの卿が乗ったのかもしれませんわ」


 ノイス国王とマルーシア王妃とシーリア王女といった地元の王族達でさえ首を傾げている。

 同席していたガルドも怪しく思ったのか、兵士に「毒味はしているのか?」と訊ねていた。

 とりあえず怪しくないと判明すると、ノイス国王から「では頂こう!」と告げ各々が食事に手をつける。


 束の間


「美味い! とても美味いですよ、これ!」


「ええ! 凄く美味しいわ! 日本で食べてた物と変わりない、いえそれ以上かも!」


「うん! どれも繊細で食材の旨味が引き出されている料理ばかりだよぉ!」


 ユウヤ、リン、ナオの三人は夢中で料理を頬張る。

 王族や重鎮達も同様で、皆が賑わいながら料理を楽しんだ。

 そうして祝賀会は終わりを告げようとした頃。


「うむ、実に美味であった! 料理長シェフを呼べ! 褒めてつかわすぞ!」


 ノイス国王が機嫌よく手を叩いて賞賛した。

 間もなくして扉が開き、料理長らしき男がゆっくりとした足取りで歩いて来る。

 身長が低くぽっちゃりとした少年だ。


 ん? ぽっちゃり? 少年?


「――お褒めに預かり光栄です、陛下」


 何故かアスムがしれっと出てきたのだ。


「なんでぇ貴様がァァァ!?」


 ガルドは真っ先に声を荒げた。

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